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第三章
1.授業①
しおりを挟む雲ひとつない青空が広がり、お出かけ日和となった今日、私はヴィクシム公爵邸に来ていた。
「はい、それでは今から授業を始めたいと思います」
「すごく突然だね」
私はカシスの部屋で、度なしの眼鏡をかけながら先生面をしていた。
ちなみにカシスは生徒として座ってもらっている。
「何の授業をしてくれるの?」
今度は何をしてくれるのだとカシスに期待の眼差しを向けられるが、私は大真面目である。
「道徳の授業です」
「道徳……って?」
「いい質問です! 今からカシスには、この世に存在する命を大切にする心や善悪について学んでもらいます」
前世の道徳の授業では、なぜこのような当たり前のことを学ぶのだと思っていたが、今になってようやくその必要性がわかった。
「これはまた直球だね」
「言ったでしょう? カシスには真っ当に生きて欲しいから、私なりに頑張るって! 遠回しで言うより、こっちの方が絶対いいと思ったの!」
この日のためにちゃんと資料も用意してきたのだ。
「じゃあまず命の尊さについて説明していきます。大事なところはちゃんとメモしてください。あとでテストします」
「わかりました、メアリー先生」
先生口調でノリノリな私に気づいたのか、カシスも合わせてくれた。
「あっ、テストで良い点数が取れたら何かご褒美はありますか?」
目を輝かせながら求めるその可愛い姿……つい何でもしてあげると言いたくなった。
しかし相手はあのカシスだ。安易に『何でも』という言葉を口にしてはいけない。
「いい質問です。ご褒美はありませんが、もし一問でも間違えたら次の社交シーズンが始まるまでカシスと会ってあげません」
私の答えに、カシスは目を丸くしたかと思うと……誰が見てもわかるぐらいシュンと落ち込んでいた。
「そっか……メアリーは俺と会いたくないんだね……」
「う、嘘だよ嘘! 言いすぎた! 何がいい⁉︎」
あまりに胸が痛み、つい何がいいのか尋ねてしまう。
「俺が選んでいいの? じゃあ次の社交シーズンまで、メアリーと一緒に別荘に……」
「ストーップ!」
危ない。しっかりカシスに騙されてしまった。
私の質問を待っていたかのようにカシスはすぐ満面の笑顔を浮かべ、決めようとしため、慌ててそれを止める。
「どうして? メアリーが聞いてきたのに」
「なんだかすごく騙された気がする! のでやっぱりなしです! ご褒美は、勉強が終わったら今日帰るまで私の時間をカシスにあげます」
カシスは残念そうにしていたが、大人しく受け入れてくれた。
あのまま何も言わなければ、なんだかすごいことを求められていた気がする……やはり油断は禁物だ。
「じゃあ仕切り直して。まずは命の大切さについて……」
私はカシスに命の尊さや儚さ、不可逆性や死そのものについて……とにかく自分が持っている道徳に関する知識を全てカシスに教えた。
カシスは真剣な表情で聞いてくれていたため、つい私も熱く語ってしまう。
「じゃあカシス、これらを踏まえて命についてどう思ったか教えてください」
「命とはかけがえのないもので、生命あるものを畏れ、敬い、尊ぶべきだと思いました」
(うーん、それは私がカシスに教えた言葉をそのまま口にしただけだな……?)
まさにカシスの言ったことは、模範回答として用意していたものと同じである。
「それは私が教えた通りの言葉だから、カシスなりの言葉で教えて?」
「俺なりの?」
私の質問に、カシスは戸惑っていた。
きっとカシスは私が説明した言葉の本質を理解していないのだろう。
前途多難である。
「カシス、恐らく少しもわかってくれていませんね?」
「そんなことありません。先生が命についてどう思っているのか、よくわかりました」
「うーん、違うんだよねカシス……そうじゃなくて」
「メアリーと同じように、命を軽んじなければいいんだよね?」
やはりカシスは私基準で考えてしまう。
それだとカシスの気持ちは反映されていない。
「私基準じゃなくて、カシスの中でそれを作って欲しいの。私がいないと誰がカシスの基準を示してくれるの?」
「それほど変わるもの?」
「変わります!」
カシスはあまりしっくりきていない様子だった。
とはいえ一度の授業で上手くいくとは思っておらず、今日はここまでにする。
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