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第二章
20.深い闇③
しおりを挟む「そんな俺にカシスは言ったよ。『助かりたいか?』って。いつもと様子の違うカシスを見て、夢かと思った。その時のあいつは薄らと笑みを浮かべて、俺に全てを話した。『殿下は今、まだこの国で流通していない毒に侵されている。このままゆっくりと殿下の体を蝕んでいき、死に至るだろう。助かるにはこの解毒剤を飲むしかない』と言って、解毒剤の入った瓶を見せてきた」
その時のことを思い出したのか、殿下は複雑な表情をしていた。
「もちろんすぐには信じられなかったが、俺は早く楽になりたくて、その言葉を信じるしかなかった。解毒剤を欲しがる俺に、カシスはこう言ったよ。助かりたいなら、君を婚約者候補から外せと」
(カシスは……それだけのために、殿下を……命の危機に晒した……)
これはあってはならないことだ。
もし公になれば、カシスの命だけでは済まない。
「俺はもちろん受け入れたが……全く、あいつは用意周到な人間だよ。すぐ解毒剤を俺に飲ませるのではなく、後日国中から集めた医師の一人が処方した薬が偶然効いて、治ったことにしやがった」
カシスは突発的に今回の件を引き起こしたのではなく、準備を徹底してから……絶対にバレないという自信があったのだろう。
「俺はすぐ父上に報告しようとしたよ。だが父上の部屋には、涙ぐむ父上と母上と話しているカシスがいたんだ。そして父上と母上は俺に言うんだ。『カシスはずっとお前の心配をしていて、何度も見舞いに訪れてくれた』って。それからカシスがヴィクシム公爵夫妻に頼み込み、王家と一緒に優秀な医師を国中から探す協力をしてくれたと。その光景を見てゾッとしたさ。誰もがカシスを聖人だと称え、信じきっているんだ」
殿下の気持ちが痛いほどわかる。
私も誰かにカシスのことを相談しようとしたが、誰もがカシスの外面を信じ切っていて、無駄だと悟ったのだ。
「俺も騙されていた一人だったが……その状況は極めて危険だと思った。だから俺は真っ先にヴィクシム公爵家について調べたよ。もしかしたら、公爵家自体が謀反を企てているのではないかって」
そう言って、殿下はふっと小さな笑みをもらす。
「結果は真っ白だったよ。ヴィクシム公爵家は王家に忠誠を誓い、国のために尽くしてくれている。カシスだけが異常だった。異常なほど君に執着していて、そのためなら王族の俺を殺そうとする。あまりにも人の命を軽視しすぎている」
表面上のカシスしか知らない人たちには、きっと殿下の言葉が信じられないだろう。
だが、私には殿下の言葉が理解できる。
(カシスは……楽しさや面白さを得られるなら、家族が死んでも構わない。家族の命すら駒のように扱う、実は誰よりも冷酷無慈悲な人だ)
最近のカシスからそのような一面が見られないため、その事実をすっかり忘れていた。
「今はカシスと上手くやれているが、今後はどうなるかわからない。正直今も、心のどこかであいつを恐れ、顔色を伺う自分が嫌になる」
殿下は将来、この国の王になる。
そんな殿下が家臣となるカシスを恐れる……というのは、耐え難いものがあるだろう。
「俺が王位を継承してカシスが当主になった時……俺はずっと、どちらかが死ぬことになるだろうと考えていた。あいつの暴走はいつかこの国を滅ぼすことになるかもしれない。だからこそ命を懸けて、あいつを止めなければいけないと」
「そんな……」
カシスか殿下が死ぬ……?
想像以上にカシスと殿下の間に溝があり、深刻な問題だった。
「だがその中にも希望が見えたんだ。それが君だよ、メアリー嬢」
「私、ですか……?」
「言っただろ? カシスの本来の姿を君が受け入れたことによって、あいつが変わりつつある。君の話をするカシスは本当に楽しそうで、その姿は素のように思えるんだ」
少し殿下の表情が和らぐ。
「だから君に頼みたい。どうかカシスが道を踏み外さないように、導いてやってくれないか? 君の声ならあいつに届くかもしれない」
「私が……カシスを」
いよいよ手綱を握るという言葉が現実味を帯びてきた。
「こんなこと君に頼むのは悪いと思っているが、カシスがこの国にとって脅威ではなく、手を取り合ってこの国を支えていけることを証明してほしい。そしたら俺も、安心してカシスにこの国を任せられる」
スケールが大きくなっている気がするが……私にそれができるだろうか。
「私にそのような力は……」
「難しいかもしれないが、あいつが悪いことに手を染めようとした時、正してやってほしいんだ。受けてくれないだろうか」
ここで私が断れば、カシスと殿下は対立して衝突し合うかもしれない。
それもカシスが悪役という立場で……そんなの嫌だ。
カシスは人に興味がなく、冷たい部分があるけれど、優しく温かなところもあるのだ。
このまま破滅の道を歩んでほしくない。
「お受けいたします。私が、カシスを導いてみせます」
最初からできないと弱音を吐いては何も変わらない。
できる限りのことはしてみようと思った。
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