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第二章
4.失敗②
しおりを挟む「だってお兄様、きっと今日もカシス様にコテンパンにやられたんでしょう?」
「なっ……そんなこと、は……な、なあカシス! 俺たちいい勝負だったよな!」
「うん、そうだね」
焦るクラスタのお兄様を見て、どうやら実力はカシスが上回っているようだ。
「絶対に嘘ですね。カシス様の実力は、精鋭の騎士にも劣らないとお聞きしていますもの」
「それはさすがに誇張しすぎだと思うよ」
ベタ褒めのクラスタに対し、カシスは苦笑する。
「誇張じゃないだろ。実際、騎士団長直々に声かけられてたからな」
てっきりカシスは頭脳派だと思っていた私にとって、その事実は驚いた。
頭が良くて剣術にも秀でている……さすがは高スペックなだけある。
「なんで入らなかったんだ? 当主を継ぐまでの期限付きでいいって言われたんだろ?」
「今は経験を積むために、すでに当主の仕事をいくつか任されているから難しいんだ。それに、メアリーとの時間がなくなってしまうだろう?」
「これは後者が本音だな」
二人のやり取りを聞いて、クラスタは目を輝かせる。
きっとクラスタの目には、私を一途に愛しているカシスとして映っているのだろう。
「メアリーは俺の話をしていたの?」
カシスがクラスタのお兄様と話していたため、完全に油断していると、カシスに話しかけられてしまう。
「えっ……と、そうなの。カシスのことを熱弁しようと思って……」
「あら、そうだったのね。深刻そうな顔をしていたから何事かと思ったけれど……」
(クラスタ……! それ以上は何も言わないで!)
必死で目で訴えるが、クラスタが気づいてくれる様子はない。
「カシス様、良かったらメアリーを差し上げますよ。最近お会いできていないのでしたら、ぜひ今日一緒にお過ごしください」
まさかの展開になってしまった。
こうなることを見越して、カシスはさりげなく『最近私と会えていない』と言ったのだろうか。
「私はまだクラスタと話した……」
「何を言っているの! カシス様との時間が最優先に決まっているでしょう。ほら、私のことはいいから! また別の日に会いましょう」
カシスを全面的に推すクラスタは、私を帰るように促す。
「クラスタ嬢、気遣ってくれてありがとう。けれど俺のことは気にしないで? 二人の時間を邪魔するのは申し訳ないから」
「そんなことありません! メアリーもカシス様と会えて喜んでいるはずです。ね、メアリー⁉︎」
「え……う、うん。それはもちろん……」
そんなキラキラした目で見つめられたら、否定などできない。
「なので私のことはお気になさらず! ほら、メアリー早く行きなさい!」
「……はい」
クラスタの勢いに圧倒され、私はカシスと一緒に帰ることになった。
いつものように馬車に乗り、隣にはカシスが座っている。
今日も見事にゼロ距離だ。
「最近メアリーに会えていなかったから、一緒にいられて嬉しいな」
「あの、カシス……ちなみに今日会ったのは、偶然……だよね?」
チラッとカシスに視線を向けて尋ねる。
しかしカシスはニコッと微笑むだけで、それが肯定であることを表していた。
「わ、私ってつけられてるの⁉︎ それとも盗聴器でも仕掛けられているんじゃ」
「トウチョウキ?」
「あ、いや、なんでもないです!」
危ない。
賢いカシスのことだ、この世界に存在しない盗聴器のことを知れば、本当に作ってしまうかもしれない。
「ねえメアリー、知ってる? 最近、社交界では君が俺を誰にも奪われないように牽制してるって噂が流れているんだ」
その話を聞いてギクッとする。
どうやらすでにカシスの耳にも届いていたようだ。
「それって本当?」
「け、んせいしてるつもりは……ただ、カシスの幸せにしてくれる人を探していて……」
「ああ、それでたくさん招待を受けてご令嬢に声をかけているんだ? 結果的に俺たちの仲が確固たるものだと、周囲に勘違いされているみたいだよ」
「そんな……」
こんな呆気なく作戦が失敗に終わるだなんて。
噂というものは厄介である。
「空回っている君も愛おしくて、つい許してしまうんだよなあ」
「……っ、カシスはこのままでいいの⁉︎」
「このままって?」
「私なんかより、カシスのことを心から想ってくれる人がいるだろうし、そんな人からたくさんの愛を捧げられた方が絶対にカシスも幸せになるよ」
「ならないよ」
カシスは私の話をすぐに否定する。
「俺を幸せにできるのはメアリーだけ。だから早く一緒になろう?」
そんな可愛く首を傾けながらお願いされると、つい騙されそうになる。
「ダメだダメ……」
「何がダメなの?」
カシスは私の頬に手を添えながら、コツンと頭をくっつけてきた。
(う、わあ……顔が近い! 麗しすぎて直視できない……!)
ここ最近のカシスが積極的すぎる。
さすがの私もドキドキしてしまっていた。
(ダメなのに……このままカシスと一緒にいると、バッドエンドまっしぐらなのに……!)
カシスは私の反応を見て、楽しそうに小さく微笑む。
「メアリーってすぐ顔に出るんだね。また赤くなってるよ」
「カシス、あの……一旦離れていただきたいのですが」
「どうして?」
優しい口調だが、攻めの姿勢は変わらない。
「は、ずかしいから……」
「友人相手に恥ずかしがっているの?」
「それは……」
「ねえメアリー。そんな反応されると期待するよ? 早く諦めたらいいのに」
「……っ、ま、まだまだ方法はあるから! きっと!」
このままだとカシスに陥落されそうな気がして、私は咄嗟に諦めていない意思表示をした。
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