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第一章
31.裏の顔④
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初めて見るカシスの一面に戸惑いを隠せないのと同時に、ズキッと頭が痛む。
脳裏を過ったのは、今まで思い出せなかった前世で私が死ぬ前の記憶だった。
『何これ……えっと』
それは書店で続編の小説を購入した後、チェックしていたSNSで続編を読んだ人が呟いていたネタバレを見てしまった時のものだ。
その呟きには『続編読んでる途中だけど、衝撃の展開すぎて! ヒロインを攫った人物の正体がまさかまさかの!! ドキドキしすぎて続きが読めない! あのキャラが生きていたなんて!』と記載があり、私は気になりすぎて急いで家に帰ろうとした。
その直後事故に遭い──というのが最期の記憶だった。
(そうだ、続編……この小説の続編が発売されたんだった。それでネタバレを……待って、あのキャラ?)
そのネタバレを今の状況と重ねてみる。
もし小説でも処刑されるはずだったカシスが替え玉を用意し、別人として生きていたら。
叔父とジェランダ公爵家に対するフリップ様の復讐劇を高みの見物で楽しみ、直接フリップ様と関わりたくなってヒロインを攫い、フリップ様の前に現れたのだとしたら……!
この衝撃は思わず妄想せずにはいられない。
『ど、どうして……どうして兄上がここにいるんだ⁉︎ 処刑されたはずじゃ……』
『よく公爵家を取り戻したね、フリップ。さすがは俺の弟だ』
ヒロインを人質にとりながら、フリップ様の前に現れるカシス。
家族の復讐のために闇堕ちしたフリップ様が、本当に倒すべき黒幕が心から慕っていた兄だと気づいた時……果たして何を思ったのか。
(よ、読みたい……! 今だけ前世に戻って続編を読みたい! そんなのあり⁉︎ 作者様は天才なの⁉︎)
つい興奮してしまい、その場で崩れ落ちそうになった私の腰に手を回したカシスが支えてくれる。
「大丈夫? こんな俺を見てさすがに引いた?」
作者様が天才だと褒め称えていました、とは口が裂けても言えない。
「まあそれも君に止められたけれど。あんな風に俺を頼ってお願いされたら、聞くしかないよね。覚えてる? 君は俺に『簡単に人を信じるな』って言っていたのに、あの時君は俺に『信じて欲しい』って言ってさ、本当に矛盾している君も可愛いくて仕方がないよ」
先程までの恐怖が嘘のようになくなってしまう。
この高揚感はなんだろう。
「ようやく君が不安がっていた叔父上の一件も落ち着いて、あとは君が成人するのを待っているだけだと思っていたよ。母上から話を聞いていたのもあって、お互い口にはしてこなかったけれど、同じ気持ちだって信じていたのに」
私の腰に添えられたカシスの手に力がこもる。
「君の成人祝いの時には、君から好きと言われてしまって、俺が先に言いたかったのになあとか、俺から想いを告げる時は喜んでもらえるように準備しようとか、たくさん考えていたんだよ?」
これ以上は聞かない方がいいとわかっているのに、この胸の高鳴りが邪魔をして動けない。
「さすがの俺もそれが全て弟に向けてとは思わなかったな。君は弟を手に入れるため、俺に近づいて利用しようとしていたんだね」
カシスの穏やかな表情は依然として変わらなかったが、その瞳に光が宿っておらず、ゾクッとした。
「残念だけれど、手段を選ばずに手に入れようとするのは俺も同じだから。君が弟がいいと言っても、こんな俺が怖くて嫌だと泣いて拒否しても離してあげないよ。逃げようとしたら、何処へまででも追いかけて捕まえてあげるし、閉じ込めてしまうかもしれない。これから君は俺を受け入れるしかないんだ。どれだけ君が好きか、愛しているか、わかってくれるまで頑張るからね」
恍惚とした表情からは、どこか闇が感じられる。
「ああ、俺に愛されて可哀想に」
令嬢からたくさんの人気を集める紳士的な彼は、本当は大きな闇を抱えていて、深く病んでいた。
「ねえメアリー、俺はたとえ家族が死んでも何とも思わない人間なんだ。もし君が離れていこうとするなら、その衝動でたくさん悪いことをするかもしれない。だからね、君が俺の手綱を握って?」
なぜか不思議と恐怖を感じず、むしろ鼓動が速まって顔が熱くなるのがわかる。
「君の言うことなら俺、喜んで聞くよ」
ふと、また前世の記憶が蘇る。
それは友人にフリップ様について語っていた時だ。
『私の推しはもちろん見た目も中身も格好良いんだけれど、この復讐に燃える黒い感情を抱えているのがまたいいの! 闇のある感じが逆に萌えない⁉︎』
そうだ。私はフリップ様の闇が見え隠れしている姿に、心を射抜かれたのだ。
けれどこの世界ではフリップ様ではなく……目の前の彼が、闇を抱えている。
私はそんな一面を持つカシスを見て、尋常じゃないほど惹きつけられていた。
「本当に君は、いつも俺の予想を上回ってくるね。もっと怖がられると思ったけれど……どうして顔が赤くなってるの?」
「それ、は……あの、私、本当にカシスの気持ちを知らなくて……友人だと思ってて」
「そっか。じゃあこれからはよく見ておいてね。俺がどれだけ君を愛していて、君とどうなりたいのか。もう手加減なんてしてあげないから、覚悟しておくといいよ」
カシスに対して抱く初めての感情に、中々頭が追いつかない。
チラッとカシスと見上げれば、彼はいつものように優しく微笑んでいた。
《第一章 完》
脳裏を過ったのは、今まで思い出せなかった前世で私が死ぬ前の記憶だった。
『何これ……えっと』
それは書店で続編の小説を購入した後、チェックしていたSNSで続編を読んだ人が呟いていたネタバレを見てしまった時のものだ。
その呟きには『続編読んでる途中だけど、衝撃の展開すぎて! ヒロインを攫った人物の正体がまさかまさかの!! ドキドキしすぎて続きが読めない! あのキャラが生きていたなんて!』と記載があり、私は気になりすぎて急いで家に帰ろうとした。
その直後事故に遭い──というのが最期の記憶だった。
(そうだ、続編……この小説の続編が発売されたんだった。それでネタバレを……待って、あのキャラ?)
そのネタバレを今の状況と重ねてみる。
もし小説でも処刑されるはずだったカシスが替え玉を用意し、別人として生きていたら。
叔父とジェランダ公爵家に対するフリップ様の復讐劇を高みの見物で楽しみ、直接フリップ様と関わりたくなってヒロインを攫い、フリップ様の前に現れたのだとしたら……!
この衝撃は思わず妄想せずにはいられない。
『ど、どうして……どうして兄上がここにいるんだ⁉︎ 処刑されたはずじゃ……』
『よく公爵家を取り戻したね、フリップ。さすがは俺の弟だ』
ヒロインを人質にとりながら、フリップ様の前に現れるカシス。
家族の復讐のために闇堕ちしたフリップ様が、本当に倒すべき黒幕が心から慕っていた兄だと気づいた時……果たして何を思ったのか。
(よ、読みたい……! 今だけ前世に戻って続編を読みたい! そんなのあり⁉︎ 作者様は天才なの⁉︎)
つい興奮してしまい、その場で崩れ落ちそうになった私の腰に手を回したカシスが支えてくれる。
「大丈夫? こんな俺を見てさすがに引いた?」
作者様が天才だと褒め称えていました、とは口が裂けても言えない。
「まあそれも君に止められたけれど。あんな風に俺を頼ってお願いされたら、聞くしかないよね。覚えてる? 君は俺に『簡単に人を信じるな』って言っていたのに、あの時君は俺に『信じて欲しい』って言ってさ、本当に矛盾している君も可愛いくて仕方がないよ」
先程までの恐怖が嘘のようになくなってしまう。
この高揚感はなんだろう。
「ようやく君が不安がっていた叔父上の一件も落ち着いて、あとは君が成人するのを待っているだけだと思っていたよ。母上から話を聞いていたのもあって、お互い口にはしてこなかったけれど、同じ気持ちだって信じていたのに」
私の腰に添えられたカシスの手に力がこもる。
「君の成人祝いの時には、君から好きと言われてしまって、俺が先に言いたかったのになあとか、俺から想いを告げる時は喜んでもらえるように準備しようとか、たくさん考えていたんだよ?」
これ以上は聞かない方がいいとわかっているのに、この胸の高鳴りが邪魔をして動けない。
「さすがの俺もそれが全て弟に向けてとは思わなかったな。君は弟を手に入れるため、俺に近づいて利用しようとしていたんだね」
カシスの穏やかな表情は依然として変わらなかったが、その瞳に光が宿っておらず、ゾクッとした。
「残念だけれど、手段を選ばずに手に入れようとするのは俺も同じだから。君が弟がいいと言っても、こんな俺が怖くて嫌だと泣いて拒否しても離してあげないよ。逃げようとしたら、何処へまででも追いかけて捕まえてあげるし、閉じ込めてしまうかもしれない。これから君は俺を受け入れるしかないんだ。どれだけ君が好きか、愛しているか、わかってくれるまで頑張るからね」
恍惚とした表情からは、どこか闇が感じられる。
「ああ、俺に愛されて可哀想に」
令嬢からたくさんの人気を集める紳士的な彼は、本当は大きな闇を抱えていて、深く病んでいた。
「ねえメアリー、俺はたとえ家族が死んでも何とも思わない人間なんだ。もし君が離れていこうとするなら、その衝動でたくさん悪いことをするかもしれない。だからね、君が俺の手綱を握って?」
なぜか不思議と恐怖を感じず、むしろ鼓動が速まって顔が熱くなるのがわかる。
「君の言うことなら俺、喜んで聞くよ」
ふと、また前世の記憶が蘇る。
それは友人にフリップ様について語っていた時だ。
『私の推しはもちろん見た目も中身も格好良いんだけれど、この復讐に燃える黒い感情を抱えているのがまたいいの! 闇のある感じが逆に萌えない⁉︎』
そうだ。私はフリップ様の闇が見え隠れしている姿に、心を射抜かれたのだ。
けれどこの世界ではフリップ様ではなく……目の前の彼が、闇を抱えている。
私はそんな一面を持つカシスを見て、尋常じゃないほど惹きつけられていた。
「本当に君は、いつも俺の予想を上回ってくるね。もっと怖がられると思ったけれど……どうして顔が赤くなってるの?」
「それ、は……あの、私、本当にカシスの気持ちを知らなくて……友人だと思ってて」
「そっか。じゃあこれからはよく見ておいてね。俺がどれだけ君を愛していて、君とどうなりたいのか。もう手加減なんてしてあげないから、覚悟しておくといいよ」
カシスに対して抱く初めての感情に、中々頭が追いつかない。
チラッとカシスと見上げれば、彼はいつものように優しく微笑んでいた。
《第一章 完》
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