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第一章
29.裏の顔②
しおりを挟む「あの、フリップ様……?」
「もう俺に関わるな……」
「いったい何があったのですか?」
何かに怯える様子に違和感を覚える。
いつもと明らかに様子が違う。
「フリップ様、どうか私に話してくださいませんか?」
「……せいで」
「フリップ様?」
「お前のせいで兄上が変わったんだ!」
カシス?
どうしてここでカシスの名前が出てくるのだろう。
話の意図が読めず、続きを待つ。
「聞いたんだ……兄上が伯爵家を、没落させる気でいるって……嘘だと信じたかったのに、しばらくして伯爵家が事業に失敗して多額の借金を背負った話を耳にして……」
(どういう、こと?)
確か事業に失敗してのは、相手に騙されたからだと言っていた。
そこにカシスが関わっている……?
「そんな、何かの間違いでは……」
「兄上はこんな、悪いことをするような人じゃなかった! メアリー嬢の……お前のせいで……」
「フリップ様、落ち着いてください」
「落ち着けるわけないだろ! 兄上が、裏で手を回して……人を脅して」
心臓が嫌な音を立てる中、フリップの話に耳を傾けていると──
「二人で何を話しているの?」
背後から私のよく知る柔らかな声が聞こえてきた。
いつもは心が落ち着くはずなのに、今日はビクッと肩が跳ね、つい驚いてしまう。
「……カシス」
「離れたところからも声が聞こえていたけれど、何かあった?」
カシスはチラッとフリップ様に視線を向ける。
途端にフリップ様は怯えた様子で一歩後ろに退いた。
「お、俺は……ただ」
「フリップ。侍従が君を探していたけれど、行かなくて大丈夫?」
その言葉を聞いたフリップ様は、逃げるようにしてその場を後にしてしまう。
明らかにカシスを恐れていた。
見てはいけないものを見てしまった気がする。
「メアリー、今日は待たせてごめんね。早く部屋に戻ろう?」
どこから話を聞いていたのだろう。
声が聞こえていたということは、全て聞いていた?
「カシス……本当、なの?」
部屋に戻り、私の手を引いてソファに向かって歩くカシスに躊躇いながら尋ねた。
聞いてしまったからには、確認しなければならない。
どうか否定して欲しい。そう願っていたけれど。
「うん、本当だよ」
立ち止まり、ゆっくりと振り返ったカシスはそれを認めた。
あまりに柔らかな表情で肯定していたため、聞き間違いかと思った私は、もう一度尋ねる。
「嘘、だよね……? どうして、そんなこと」
「知らない方が良かっただろうに」
嫌な汗が流れる。
先ほどから心臓の音がうるさい。
「君が悪いんだよ? 俺を弄んで、簡単に捨てようとするから」
「そ、そんなこと……!」
この状況ですら動じず、微笑んでいるカシスの感情が全く読めない。
けれど声のトーンはいつもより落ち、冷たさすら感じられた。
私の知るカシスじゃないようで怖い。
「やっぱり君は何も知らなかったんだね」
「……え」
「周りと同じで、俺のことを穏やかで優しい、紳士的な男だって信じていたんだ?」
まるで違うとでも言いたげな様子だったが、長い間一緒にいたからわかる。
カシスは誰よりも優しくて温かい人だって。
「覚えてる? 俺たちが初めて会った日」
それはもちろんだ。忘れるはずがない。
カシスをクローゼットに押し込んだという失態を犯してしまったのだ。
「俺はあの日、君との出会いが本当に衝撃的で……ずっと忘れられないよ。今でも昨日のことのように思い出せる。なぜかスパイの存在を知っていたし、君が会ったことのない叔父上を不審に思い、疑うよう俺に仕向けていたよね?」
「あれは、本当にたまたまで」
「偶然? 盗み聞きする使用人を公爵家を狙うスパイだと決めつけるなんて、普通は考えられないと思うなあ。それも部屋に引き籠もりがちだった子供の君が」
いつからだろう。
いつから、カシスは私のことを怪しんでいた?
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