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第一章
4.推しの兄③
しおりを挟む「俺はカシス・ヴィクシムだよ。それより、さっきは俺の方こそごめんね。突然話しかけてしまって……誰かに追われていた様子だったけれど、大丈夫?」
「恐らく今はもう大丈夫かと……実は、メイドが客間の前で聞き耳を立てていたので、怪しいなと思ったんです」
「聞き耳を? 確かに怪しいね」
カシス様にどこまで話そうかと悩んだが、あえて全てを話すことでヴィクシム公爵家を狙う敵を警戒してもらおうかと思った。
小説で推しの家族が殺されたのは、推しの叔父がヴィクシム公爵家を乗っ取り、実権を握るためだった。
叔父はヴィクシム公爵家を疎ましく思っていた他の公爵家と手を組み、殺したのである。
「とても信頼しているメイドだったので残念です。身近な人でも簡単に信じてはいけませんね……何が目的なのでしょうか」
まだ十歳の子供がここまで深く物事を考えるなんて怪しさ満載だったが、チャンスは活かすべきである。
なるべく自然に話を持っていきたいところ。
「もしかして、ヴィクシム公爵家を狙う者でしょうか……?」
「俺の家を?」
「はい。たとえばジョゼット伯爵家と仲が良いことを利用して、この家にスパイを忍ばせ、ヴィクシム公爵家に関する有力な情報を得ようとしているとか」
まるで名探偵になったような気分だ。
しかしここまでの推理をして、さすがに怪しまれるかなと心配する。
カシス様は私の話を聞いて目を丸くしていたかと思うと、納得したような表情へと変わった。
「なるほど。それは一大事だね」
まさかこれほど簡単に信じてくれるとは思わなかった。
とはいえこれはある意味チャンスだ。
このまま叔父を警戒してもらおうと、話を進める。
「ヴィクシム公爵家を狙っているような人が思い浮かんだりしませんか? 案外身近な人がヴィクシム公爵家を乗っ取ろうとしているかもしれません」
「身近な人……親戚辺りかな」
「警戒した方がいいかもしれません。私はあのメイドについて詳しく調べます。何かわかればヴィクシム公爵家にも報告しますね」
「わかった。俺の方でも探してみるね」
「ありがとうございます」
すぐに私の話を受け入れてくれたのは助かったが、それ以上に心配になってしまう。
普通、今日初めて会った私の言葉をここまで素直に聞くだろうか。
カシス様がこれほど純粋な方だったとは……だから叔父に利用され、濡れ衣を着せられてしまうのだ。
このままではいけない。
「ですがカシス様はもっと人を疑ってください。今日会ったばかりの私の話をどうしてすぐに信じられるのですか」
「それは君に悪意を感じられないから……」
「違います。悪意があっても人はそれを上手く隠し、相手を利用するのです。私だけではなく、カシス様やヴィクシム公爵家に近づく人のことを簡単に信用してはいけません。たとえ身近な人も、です」
あまりにも人が良すぎるカシス様は、まず警戒心を持ってもらうことが優先かもしれない。
「じゃあ君も、俺を利用しようとして近づいたの?」
「もしかしたら公爵家という肩書きに惹かれて、偶然を装いカシス様に近づいたかもしれませんよ。だからこそ人を疑い、ご自身で見極めてください」
高貴な立場である以上、より一層疑い深くなるべきだ。
「難しいかもしれませんが、カシス様が今後のために必要な力なのです」
叔父に騙されないためにも。
もしカシス様が叔父のことを疑って調べてくれたら、裏切りの証拠が出てくるかもしれない。
そうすれば、推しの家族の命が皆救われるのだ。
「どうして俺のためにそこまで言ってくれるの?」
しかしカシスは驚いたような、不思議そうな、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「カシス様には幸せに生き続けて欲しいのです」
そう、全ては推しのため。
カシス様には推しの支えになってほしい。
初対面とは思えない話をしてしまったが、幸いにもカシス様は私を怪しむことなく、むしろどこか嬉しそうだった。
「なんだろう、この気持ち……」
「カシス様?」
「ありがとう、メアリー嬢。これから楽しくなりそうだよ」
なぜお礼を言われたのかわからなかったが、カシス様のあどけない笑顔に、思わずキュンとしてしまう。
こうして私は推しの兄と接触に成功した。
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