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第一章
26.婚約①
しおりを挟むあの一件後もカシスとの関係は変わらなかった。
互いの両親に勘違いさせたことを謝る私に、カシスは『気にしないで。母上と父上には俺から話してるから大丈夫』と言ってくれ、本当にカシスは優しくて温かい人だと思った。
誤解が無事に解け、私は社交界で貴族との交流を深めていき……数ヶ月が経った頃、とある事件が起きた。
「いったいどういうことてすか⁉︎」
夜の伯爵邸の廊下を歩いていると、お父様の執務室からお母様の叫ぶ声が聞こえてきた。
何事かと思い、つい盗み聞きしてしまう。
「共同事業の相手に逃げられたって……騙されたのですか⁉︎」
「いや、相手は何度か一緒に仕事をしている信頼のおける人だったんだ。なのにどうして……」
「きっとこの日のために旦那様をずっと騙してきたのでしょう! 資金も全て持って消えたのですから!」
「すまない……俺がもっと用心していれば……だがなぜ突然……くそっ」
「我が家はいったいどうなってしまうのですか……?」
「今回の事業には多額の投資をしていた。それに、他にも相手が関わっている仕事がいくつかあるから……損失は大きい。多額の借金も残るだろう」
「そんな……」
二人はやけに深刻な話をしている。
「もしどうしようもなくなった場合、ヴィクシム公爵に頼るのは……」
「そんなのダメです! 我が家の存続に関わるほどであるなら、キャロルたちにも迷惑がかかってしまいます」
「そうだよな……簡単に返せる額でもないし……」
その内容はこの家の存続に関わるものだった。
(こんな展開、小説ではなかった……)
考えられるとしたら私のせいだ。
私が小説とは違う未来にしてしまったせいで、本来起こるはずのなかったことが起きたのだとしたら。
(私が、原因で……)
心臓が嫌な音を立てた。
このままでは両親に迷惑をかけてしまう。
何か方法はないだろうかと思い、咄嗟にドアを開ける。
「メアリー⁉︎ もしかして話を聞いて……」
「も、申し訳ありません……お父様、お母様……」
推しの家族を助けることばかり考えていたせいで、私が二人を不幸にしてしまった。
今までずっと私を育ててくれた両親に、親孝行すらできないのか。
「メアリーのせいではない。俺の責任だ。俺がどうにかするから、メアリーは気にしなくていい」
「私も力にならせてください!」
「メアリー……」
こうなったら私が責任を取るべきだ。
私でお金を調達できる方法といえば一つしかないけれど。
「私、どこへでも嫁ぎます。借金を肩代わりしてくれそうな家を探して、そこに嫁げば……」
若い娘が好きな貴族でも商家でも構わない。
私のせいで両親が不幸になる方が見ていられず、罪悪感に押し潰されそうだ。
「貴女にそんな辛い思いをさせられないわ。どうにかするから、メアリーは安心して」
先程まで狼狽えていたお母様も、私の前では凛としていて胸が痛む。
「本当に無理そうだったら、私を使ってください。私にも責任があります」
むしろ私にしか責任がない。
一家存続に関わる危機が小説にもあったのなら、絶対に記載されているはずだ。
このまま没落して両親を不幸に……なんて嫌だ。
それから数週間、不安の中で過ごしていると、私は両親に呼び出された。
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