上 下
14 / 86
第一章

14.誕生日

しおりを挟む


 カシスの誕生日が近づく中、残念なことにいいプレゼントが思いつかなかった。

「お母様……ご令息へのプレゼントって何がいいと思いますか?」
「カシス様への、でしょう?」

 お母様は頭を悩ませている私を見て何やら嬉しそうに笑っている。

「そうです、カシスの……ですが絶対にカシスはたくさんプレゼントを貰うじゃないですか。何を買っても被るような気がして……!」

 何かいい案は……そう、前世の知識を使ってでも。

「ああ!」

 そうだ! と思いついた。
 プレゼントは別に物でなくてもいい。
 手作りの! お菓子というのはどうだろうかと!
 喜んでくれるかはわからないけれど、カシスなら何を渡しても笑顔でお礼を言ってくれるだろう。

「お母様、私決めました!」
「あら、それは良かった。何にするの?」
「お菓子を作ります! 手作りのお菓子です」

 私の答えが予想外だったのか、お母様は驚いていたが、怪我に気をつけることと料理長の付き添いを条件に、厨房使用の許可が降りた。
 この世界で初めてのお菓子作りということもあり、ここは無難にクッキーを選ぶ。

「甘いもの、苦手じゃないかな……聞いてから作るべきだった……?」

 誕生日当日。
 私はソワソワしながら公爵邸へと向かう。
 まだ社交界デビュー前ということもあり、カシスの誕生日パーティーは小規模らしく、ほぼ身内のみのようだ。
 それは良かったと心のどこかで安心するが、ふと疑問に思った。
 それはここ最近、交流の場で面倒くさい高貴な令嬢たちを見かけなくなったなと。
 社交的な彼女たちとの遭遇率が高かったけれど、会うどころか問題行動の話すら聞かない。
 むしろ何故か屋敷に籠っているらしいというおかしな噂もあった。
 一時的なものかもしれないけれど、このまま大人しくしてくれたらカシスとは友人ですと堂々と公開できるなと思ったり。

「カシス! お誕生日おめでとうございます!」
「メアリー、来てくれてありがとう」

 早速屋敷に到着するなり、私とカシスは親の計らいで二人きりになった。
 誰かに見られてこのプレゼントを渡すのは恥ずかしかったため、ちょうど良かった。

「あの、これ……喜んでもらえるかわからなくて、きっと他の方の贈り物の方が良いと思うのですが……プレゼント、もらってくれますか?」
「君からもらえるなんて俺は幸せ者だね」
「そんな、大袈裟です。物じゃないのであまり期待しないでほしいです……」

 恐る恐るクッキーの入った袋を差し出す。

「これは……」
「あ、安心してください! 私が作りましたが、料理長の助言もあったので……!」
「君が作ってくれたの?」

 カシスはなぜか嬉しそうに話し、早速食べてくれる。
 ドキドキしたけれど、彼は笑顔で「おいしい」と言ってくれて安心した。

「良かったあ……」
「本当に嬉しいよ。このまま取っておきたいくらいだ」
「それは腐ってしまうので食べてください……! それに、カシスのためならいつでも作ります」

 もしかして、私のお菓子って意外と好評?
 推しの胃袋掴む作戦でも良さそうな気が……と思った時、突然部屋のドアが開く。
 そこから現れたのはカシスと同じ銀髪に、瞳の色は赤い少年だった。
 そこには私がよく知り、大好きな推しの面影があり……すぐに推しのフリップ様だとわかる。

(お、お、お、推しがついに目の前に……! ま、まさかまさかの……ていうか超可愛いのだけれど! 待って! 心の準備が……)

 なかなか推しと会えなかった私は、最近では会えることすら諦めていた。
 そんな時に限ってこんな簡単に会えるだなんて!

「メアリー? どうし……」
「兄上」
「……フリップ。部屋に入る時はノックはしないとダメだろう?」
「ご、ごめんなさい」

 カシスに注意され、しゅんと落ち込んでしまう私の愛おしい推し。
 いや可愛すぎる。これは鼻血ものだ。
 小説では復讐に燃え、鋭く恐ろしい目つきの推しのイラストが多かったため、こんな……こんな純真な姿に出会えるなんて!
 今すぐがっつきたいところだが、儚いヒロインに一目惚れしてもらわないといけないため、お淑やかな少女を演じる。

「えっと、カシス。その方は……?」

 興奮で声が震えてしまわないように、必死で平静を装う。

「紹介するよ。俺の弟のフリップだ」
「あっ。もしかして、この方が俺に会いたがってる人ですか?」

 私の存在が認知されている……? 推しに⁉︎
 そう考えると今すぐ空をも飛べそうだ。

「お初にお目にかかります。メアリー・ジョゼットと申します」

 ここは控えめな挨拶をするが、内心ドキドキして心臓が壊れてしまいそうだ。

「俺はフリップです。貴女が兄上の友人ですか?」

 可愛い。質問の仕方がもう可愛い。
 小説での格好いい姿からは想像できないほど可愛い。
 これが闇堕ちする前の推しなのかと思うと、永遠にこの可愛さを守りたい。

「はい、そうです。いつも仲良くしてもらっています」
「……いいなあ」

 ボソッと羨ましそうに吐いた後、再び推しはしゅんと落ち込んでしまう。
 苦しい、胸が苦しい……! こんな可愛い姿を見せられて平静を保つ方が難しい。

「フリップ様のお兄様は、友人のいない私に手を差し伸べてくれたんです。とても優しいお方ですね」
「……! そう! 兄上は誰にでも優しくて、いつも笑顔で、みんなに慕われているんです!」

 自慢の兄です! と公言しているようで、兄弟愛の強さに卒倒してしまいそうだ。

「はい、とても素敵な方です」
「あ、でも女の人の友人を見たのは初めてです」
「そうなんですか?」
「こら、フリップ。余計なことは言わない」

 軽く怒られる推し可愛い……萌えの塊だ。

「それより、ここには何の用で?」
「あ、母上たちが二人を待っていて……ゆっくりで構わないって言っていたけれど、兄上のためにたくさん準備してきたから……来て欲しいです」

 かーわいいのだが。
 こんな可愛くお願いされて聞かない人間なんていないだろう。

「もちろんです! すぐ行きますね! 行きましょう、カシス」
「……そうだね」

 私たちは推しの後をついていくように、会場へと向かった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしのヤンデレ吸引力が強すぎる件

こいなだ陽日
恋愛
病んだ男を引き寄せる凶相を持って生まれてしまったメーシャ。ある日、暴漢に襲われた彼女はアルと名乗る祭司の青年に助けられる。この事件と彼の言葉をきっかけにメーシャは祭司を目指した。そうして二年後、試験に合格した彼女は実家を離れ研修生活をはじめる。しかし、そこでも彼女はやはり病んだ麗しい青年たちに淫らに愛され、二人の恋人を持つことに……。しかも、そんな中でかつての恩人アルとも予想だにせぬ再会を果たして――!?

ヴァルプルギスの夜が明けたら~ひと目惚れの騎士と一夜を共にしたらガチの執着愛がついてきました~

天城
恋愛
まだ未熟な魔女であるシャナは、『ヴァルプルギスの夜』に一人の騎士と関係を持った。未婚で子を成さねばならない魔女は、年に一度のこの祭で気に入った男の子種を貰う。 処女だったシャナは、王都から来た美貌の騎士アズレトに一目惚れし『抱かれるならこの男がいい』と幻惑の術で彼と一夜を共にした。 しかし夜明けと共にさよならしたはずの騎士様になぜか追いかけられています? 魔女って忌み嫌われてて穢れの象徴でしたよね。 なんで追いかけてくるんですか!? ガチ執着愛の美形の圧に耐えきれない、小心者の人見知り魔女の恋愛奮闘記。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?

陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。 この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。 執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め...... 剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。 本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。 小説家になろう様でも掲載中です。

ヤンデレお兄様から、逃げられません!

夕立悠理
恋愛
──あなたも、私を愛していなかったくせに。 エルシーは、10歳のとき、木から落ちて前世の記憶を思い出した。どうやら、今世のエルシーは家族に全く愛されていないらしい。 それならそれで、魔法も剣もあるのだし、好きに生きよう。それなのに、エルシーが記憶を取り戻してから、義兄のクロードの様子がおかしい……?  ヤンデレな兄×少しだけ活発な妹

処理中です...