8 / 86
第一章
8.建国祭①
しおりを挟む王都で開催される建国祭は、身分関係なくたくさんの人で溢れ返っていた。
「わあっ、とても賑やかですね……!」
「メアリー嬢は王都に来たのが初めてだと言っていたね。じゃあ建国祭も初めてかな」
「はい! 初めてです!」
この空気感……前世のお祭りを思い出してしまう。
食べ物の屋台だけではなく、物や花を売っていたり、王都の中心部では建国祭のために用意された演劇や演奏が行われているらしい。
そんな建国祭に友人と行けて嬉しい。カシス様には感謝である。
「はしゃぎすぎてはぐれないようにね。一応公爵家の護衛が見守ってくれているから、大丈夫だろうけれど」
てっきり二人だと思っていたが、私とカシス様はまだ未成年。
護衛がついて当然かと納得して周りを見渡す。
「あの、護衛の姿が見当たらない気がするのですが……」
「ああ、堂々と護衛がついていると君が気を遣うと思って、遠くから守ってくれているんだ。人混みに紛れ込んでいるだけだから安心して?」
「なるほど! レベルが高いのですね」
護衛がどこにいるのか全くわからない。
それだけ優秀なのだろう。
「本当は俺一人で君を守れるようになりたいんだけどね、まだまだ未熟だから」
「カシス様も鍛錬されているのですか?」
「もちろん。自分の身を守るためにも、体術と剣術は必要なんだ。それに……」
カシス様は私に対して柔らかく微笑んだ。
「君を守れるくらい強い男にならないと、恥ずかしくて隣に立てないからね」
「なるほど!」
ついにカシス様も思春期というものがやってきたのかもしれない。
異性の前では強くて格好良くありたいという欲が芽生えたのだろう。
「ですがカシス様はすでに格好良くて素敵な方ですよ」
正直、心優しいカシス様が誰かを傷つけるなんてできなさそうだ。
今も無理して鍛錬しているかもしれないと思うとフォローせずにはいられない。
「私の隣にいてくれるなんて、もったいないくらいです」
ちなみに小説の推しは復讐に燃え、血が滲むような努力を経て強くなったわけだけれど、メアリーのピンチを何度も救ってくれる姿は胸キュン必須だった。
しかし人には合う合わないがある。
カシス様は頭脳派な気がして、あまり強い姿が想像できない。
「俺に対してそう思ってくれていたんだ」
「カシス様は本当に優しくて、紳士的で立派なお方です。なのであまりご自分を思い詰めないでください」
もしカシス様の死を回避できれば、恐らく彼が公爵家を継ぐことになるはずだ。
その場合、この世界での推しはどうなるのだろうか。
一人娘の私と結ばれるため、伯爵位を継いで二人三脚で仕事を……なんて妄想しただけで頬の緩みが止まらない。
推しとの未来を考える時間が何より幸せだ。
「思い詰める……か」
カシス様の言葉にハッと我に返る。
何やら考え込んでいて、余計なことを言ってしまったのかと不安になった。
(もしかして違った……?)
小説でカシス様についての描写はほとんどない。
基本的に推しがカシス様について語った時の情報しかわからなかった。
そのため、私が勝手にカシス様を判断して声をかけたのである。間違っていたなら恥ずかしい。
「ありがとう。君のおかげで気が楽になったよ」
しかしカシス様は、そう言って微笑んでくれた。
少しでも私の言葉で心が救われたのなら良かった。
「……メアリー」
「はい」
「君のこと、メアリーって呼んでもいい?」
「はい! もちろんです!」
これは友人として気を許してくれたということだろうか。
そうだとしたら嬉しい。
推しとの恋愛にまた一歩近づけた気がする。
「じゃあメアリーも、俺のことを名前で呼んでほしいな」
「すでに呼んでいますが……カシス様と」
そこでハッとする。
もしかして、敬称はいらないということだろうか。
「呼び方ひとつで仲が深まると思わないか?」
「ですが、本当によろしいのですか? 身分も年齢も違いますし……」
「では君が慣れるまで、二人の時だけにしよう。それならどうかな?」
カシス様が許可したわけだし別に構わないだろう。
二人きりというのも、特別感があっていいかもしれない。
「わかりました! では……カシス」
「うん、よくできました」
かっ……こいい。
頭を撫でられ、不覚にもキュンとしてしまった。
私に兄がいたのなら、こんな感じなのだろうか。
未来のお義兄様になるのだから同じか。
「カシス! 早速あれを食べたいのですが……」
「いいね。行こう」
こうして私は建国祭を存分に満喫する。
食べ歩きなんて前世ぶりで、懐かしくて楽しい。
他にも有名な音楽家の演奏を聴いたり、建国祭のための演劇を観たり……と楽しい一日だった。
カシスは私が行きたいところに文句ひとつ言わず、ついてきてくれて本当に優しい人だ。
510
お気に入りに追加
1,506
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)
夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。
ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。
って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!
せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。
新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。
なんだかお兄様の様子がおかしい……?
※小説になろうさまでも掲載しています
※以前連載していたやつの長編版です
転生先が羞恥心的な意味で地獄なんだけどっ!!
高福あさひ
恋愛
とある日、自分が乙女ゲームの世界に転生したことを知ってしまったユーフェミア。そこは前世でハマっていたとはいえ、実際に生きるのにはとんでもなく痛々しい設定がモリモリな世界で羞恥心的な意味で地獄だった!!そんな世界で羞恥心さえ我慢すればモブとして平穏無事に生活できると思っていたのだけれど…?※カクヨム様、ムーンライトノベルズ様でも公開しています。不定期更新です。タイトル回収はだいぶ後半になると思います。前半はただのシリアスです。
執着系逆ハー乙女ゲームに転生したみたいだけど強ヒロインなら問題ない、よね?
陽海
恋愛
乙女ゲームのヒロインに転生したと気が付いたローズ・アメリア。
この乙女ゲームは攻略対象たちの執着がすごい逆ハーレムものの乙女ゲームだったはず。だけど肝心の執着の度合いが分からない。
執着逆ハーから身を守るために剣術や魔法を学ぶことにしたローズだったが、乙女ゲーム開始前からどんどん攻略対象たちに会ってしまう。最初こそ普通だけど少しずつ執着の兆しが見え始め......
剣術や魔法も最強、筋トレもする、そんな強ヒロインなら逆ハーにはならないと思っているローズは自分の行動がシナリオを変えてますます執着の度合いを釣り上げていることに気がつかない。
本編完結。マルチエンディング、おまけ話更新中です。
小説家になろう様でも掲載中です。
転生したので猫被ってたら気がつけば逆ハーレムを築いてました
市森 唯
恋愛
前世では極々平凡ながらも良くも悪くもそれなりな人生を送っていた私。
……しかしある日突然キラキラとしたファンタジー要素満載の異世界へ転生してしまう。
それも平凡とは程遠い美少女に!!しかも貴族?!私中身は超絶平凡な一般人ですけど?!
上手くやっていけるわけ……あれ?意外と上手く猫被れてる?
このままやっていけるんじゃ……へ?婚約者?社交界?いや、やっぱり無理です!!
※小説家になろう様でも投稿しています
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【R18】いくらチートな魔法騎士様だからって、時間停止中に××するのは反則です!
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
寡黙で無愛想だと思いきや実はヤンデレな幼馴染?帝国魔法騎士団団長オズワルドに、女上司から嫌がらせを受けていた落ちこぼれ魔術師文官エリーが秘書官に抜擢されたかと思いきや、時間停止の魔法をかけられて、タイムストップ中にエッチなことをされたりする話。
※ムーンライトノベルズで1万字数で完結の作品。
※ヒーローについて、時間停止中の自慰行為があったり、本人の合意なく暴走するので、無理な人はブラウザバック推奨。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる