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第一章

8.建国祭①

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 王都で開催される建国祭は、身分関係なくたくさんの人で溢れ返っていた。

「わあっ、とても賑やかですね……!」
「メアリー嬢は王都に来たのが初めてだと言っていたね。じゃあ建国祭も初めてかな」
「はい! 初めてです!」

 この空気感……前世のお祭りを思い出してしまう。
 食べ物の屋台だけではなく、物や花を売っていたり、王都の中心部では建国祭のために用意された演劇や演奏が行われているらしい。
 そんな建国祭に友人と行けて嬉しい。カシス様には感謝である。

「はしゃぎすぎてはぐれないようにね。一応公爵家の護衛が見守ってくれているから、大丈夫だろうけれど」

 てっきり二人だと思っていたが、私とカシス様はまだ未成年。
 護衛がついて当然かと納得して周りを見渡す。

「あの、護衛の姿が見当たらない気がするのですが……」
「ああ、堂々と護衛がついていると君が気を遣うと思って、遠くから守ってくれているんだ。人混みに紛れ込んでいるだけだから安心して?」
「なるほど! レベルが高いのですね」

 護衛がどこにいるのか全くわからない。
 それだけ優秀なのだろう。

「本当は俺一人で君を守れるようになりたいんだけどね、まだまだ未熟だから」
「カシス様も鍛錬されているのですか?」
「もちろん。自分の身を守るためにも、体術と剣術は必要なんだ。それに……」

 カシス様は私に対して柔らかく微笑んだ。

「君を守れるくらい強い男にならないと、恥ずかしくて隣に立てないからね」
「なるほど!」

 ついにカシス様も思春期というものがやってきたのかもしれない。
 異性の前では強くて格好良くありたいという欲が芽生えたのだろう。

「ですがカシス様はすでに格好良くて素敵な方ですよ」

 正直、心優しいカシス様が誰かを傷つけるなんてできなさそうだ。
 今も無理して鍛錬しているかもしれないと思うとフォローせずにはいられない。

「私の隣にいてくれるなんて、もったいないくらいです」

 ちなみに小説の推しは復讐に燃え、血が滲むような努力を経て強くなったわけだけれど、メアリーのピンチを何度も救ってくれる姿は胸キュン必須だった。
 しかし人には合う合わないがある。
 カシス様は頭脳派な気がして、あまり強い姿が想像できない。

「俺に対してそう思ってくれていたんだ」
「カシス様は本当に優しくて、紳士的で立派なお方です。なのであまりご自分を思い詰めないでください」

 もしカシス様の死を回避できれば、恐らく彼が公爵家を継ぐことになるはずだ。
 その場合、この世界での推しはどうなるのだろうか。
 一人娘の私と結ばれるため、伯爵位を継いで二人三脚で仕事を……なんて妄想しただけで頬の緩みが止まらない。
 推しとの未来を考える時間が何より幸せだ。

「思い詰める……か」

 カシス様の言葉にハッと我に返る。
 何やら考え込んでいて、余計なことを言ってしまったのかと不安になった。

(もしかして違った……?)

 小説でカシス様についての描写はほとんどない。
 基本的に推しがカシス様について語った時の情報しかわからなかった。
 そのため、私が勝手にカシス様を判断して声をかけたのである。間違っていたなら恥ずかしい。

「ありがとう。君のおかげで気が楽になったよ」

 しかしカシス様は、そう言って微笑んでくれた。
 少しでも私の言葉で心が救われたのなら良かった。

「……メアリー」
「はい」
「君のこと、メアリーって呼んでもいい?」
「はい! もちろんです!」

 これは友人として気を許してくれたということだろうか。
 そうだとしたら嬉しい。
 推しとの恋愛にまた一歩近づけた気がする。

「じゃあメアリーも、俺のことを名前で呼んでほしいな」
「すでに呼んでいますが……カシス様と」

 そこでハッとする。
 もしかして、敬称はいらないということだろうか。

「呼び方ひとつで仲が深まると思わないか?」
「ですが、本当によろしいのですか? 身分も年齢も違いますし……」
「では君が慣れるまで、二人の時だけにしよう。それならどうかな?」

 カシス様が許可したわけだし別に構わないだろう。
 二人きりというのも、特別感があっていいかもしれない。

「わかりました! では……カシス」
「うん、よくできました」

 かっ……こいい。
 頭を撫でられ、不覚にもキュンとしてしまった。
 私に兄がいたのなら、こんな感じなのだろうか。
 未来のお義兄様になるのだから同じか。

「カシス! 早速あれを食べたいのですが……」
「いいね。行こう」

 こうして私は建国祭を存分に満喫する。
 食べ歩きなんて前世ぶりで、懐かしくて楽しい。
 他にも有名な音楽家の演奏を聴いたり、建国祭のための演劇を観たり……と楽しい一日だった。
 カシスは私が行きたいところに文句ひとつ言わず、ついてきてくれて本当に優しい人だ。

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