6 / 11
6.一筋の不安
しおりを挟むいつから公爵様……いや、セピア様は私のことが好きだったのだろう。
過去を思い返しても、セピア様に働いた不敬ばかりが頭に浮かぶ。
「あの、セピア様」
「どうした?」
セピア様と婚約が結ばれてから一週間が経った。
セピア様は仕事が忙しいようで屋敷にいない時間が多かったが、それでも毎日必ず時間をとって私に会いに来てくれた。
「無理に時間を作って会いに来てくださらなくて大丈夫ですよ……? それよりもセピア様のお体が心配です」
セピア様が不在の時は、屋敷で何かをする……わけでもなく。
不安になるくらい、毎日自由に過ごさせてもらえていた。
「私の心配してくれるのは嬉しいが、君との時間が一番の安らぎだから」
そう言って私の肩を抱き寄せ、頭にキスされる。
日に日にセピア様のスキンシップが増していて、その度にドキドキしていた。
まさかここまで積極的な人とは思っていなかった。
「……どうかしたのか?」
一緒に過ごすことで、私の知らなかったセピア様の一面が増えていく。
今だって恥ずかしがる私の反応を見て楽しんでいて、意地悪な一面もあるのだなと思った。
そんなセピア様の積極的な姿に押され、一週間経った今でも婚約破棄に向けた良い案が全く思い付かないでいた。
それにこの屋敷での生活があまりにも快適すぎるのも、理由の一つだったりする。
使用人のみんなも優しくて、ご飯も美味しくて……幸せだなあって。
チラッとセピア様に視線を向けると、愛おしそうに私を見つめていた。
こんな風に誰かに愛されることは初めてで戸惑う部分もあるけれど……なんだかくすぐったい気持ちになる。
「いえ、なんでもありません」
それと同時に罪悪感が私を襲った。
私はセピア様に隠し事をしている。
それは私が本物の聖女である、ということだ。
セピア様を信じていないわけではない。実際に何度も話そうと思った。
けれど本当のことを話したところで、聖女として生きていくつもりはないのだとセピア様が知った時に幻滅されるかもしれないと思うと怖かった。
だってセピア様は国一番の魔導士として、この国を守るために動いている。力があるのに国のために動こうとしない自分が余計惨めに感じるのだ。
「怪我はどうだ?」
「え……あっ、はい。この通りほぼ完治しています!」
額に傷痕こそ残っているけれど、前髪で隠せるし何の問題もない。
そのため婚約破棄にしてくれて構わないのに。一度この話をしたら見事にスルーされてたけれど、改めて話したら考え直してくれるのでは──
「……っ、」
もしそれで本当に考え直してくれたら?
婚約が無事に破棄されたら?
そう考えると、なぜか言葉に詰まってしまう。
あれだけ婚約破棄を目指していたのに……と、今の自分にモヤモヤしていると、突然ふわっと全身が何かに包まれた。
「……え」
「すまない、苦しい思いをさせて」
どうやら私はセピア様に抱きしめられたようだ。
罪悪感に満ちた声で謝罪され、私が傷痕を気にしていると勘違いしているのだろう。
「セピア様! 私、怪我の痕を気にしているわけではありませんよ?」
「……無理をする必要はない」
やはりセピア様は勘違いしている。
罪悪感を煽ってしまって申し訳なかったけれど、これ以上何を言っても自分を責める気がして黙ることにした。
「だがこれだけは伝えさせてほしい。この傷も、私にとっては愛おしいのだと」
「なっ……」
セピア様は額にある私の傷にキスを落とす。
まさかあの堅い求婚から、ここまで甘い生活が待っているとは思っていなかった。
さらにセピア様のキスは続き、額の次はまぶたに、頬に、耳に……と場所を変えて繰り返される。
今日はいつも以上に攻めが続き、ドキドキしすぎて心臓が壊れてしまいそうだ。
「セピア様、もうこれ以上は……」
「もう限界なのか?」
セピア様はむしろ物足りなさそうにしているけれど、私の身が持ちそうにない。
「申し訳ありません……」
「まあ、時間などこれからいくらでもある。ゆっくり慣れていけばいい」
慣れていくって、セピア様のキスにってことだろうか?
絶対に慣れる気がしない。
「セピア様がここまで甘いって聞いてません……!」
「今まで我慢してきたんだ。多少のことは目を瞑ってくれ」
多少ってことは、セピア様にとって今のキスは軽いという判断なのだろうか。
つまり、今後もっとすごいことをされるということでは……。
その時は私の心臓が持たない気がする。
けれどセピア様の色っぽい笑みを前に、私は何も言えなかった。
135
お気に入りに追加
805
あなたにおすすめの小説

出来損ないと言われて、国を追い出されました。魔物避けの効果も失われるので、魔物が押し寄せてきますが、頑張って倒してくださいね
猿喰 森繁
恋愛
「婚約破棄だ!」
広間に高らかに響く声。
私の婚約者であり、この国の王子である。
「そうですか」
「貴様は、魔法の一つもろくに使えないと聞く。そんな出来損ないは、俺にふさわしくない」
「… … …」
「よって、婚約は破棄だ!」
私は、周りを見渡す。
私を見下し、気持ち悪そうに見ているもの、冷ややかな笑いを浮かべているもの、私を守ってくれそうな人は、いないようだ。
「王様も同じ意見ということで、よろしいでしょうか?」
私のその言葉に王は言葉を返すでもなく、ただ一つ頷いた。それを確認して、私はため息をついた。たしかに私は魔法を使えない。魔力というものを持っていないからだ。
なにやら勘違いしているようだが、聖女は魔法なんて使えませんよ。

【完結】小国の王太子に捨てられたけど、大国の王太子に溺愛されています。え?私って聖女なの?
如月ぐるぐる
恋愛
王太子との婚約を一方的に破棄され、王太子は伯爵令嬢マーテリーと婚約してしまう。
留学から帰ってきたマーテリーはすっかりあか抜けており、王太子はマーテリーに夢中。
政略結婚と割り切っていたが納得いかず、必死に説得するも、ありもしない罪をかぶせられ国外追放になる。
家族にも見捨てられ、頼れる人が居ない。
「こんな国、もう知らない!」
そんなある日、とある街で子供が怪我をしたため、術を使って治療を施す。
アトリアは弱いながらも治癒の力がある。
子供の怪我の治癒をした時、ある男性に目撃されて旅に付いて来てしまう。
それ以降も街で見かけた体調の悪い人を治癒の力で回復したが、気が付くとさっきの男性がずっとそばに付いて来る。
「ぜひ我が国へ来てほしい」
男性から誘いを受け、行く当てもないため付いて行く。が、着いた先は祖国ヴァルプールとは比較にならない大国メジェンヌ……の王城。
「……ん!?」

無能だと捨てられた王子を押し付けられた結果、溺愛されてます
佐崎咲
恋愛
「殿下にはもっとふさわしい人がいると思うんです。私は殿下の婚約者を辞退させていただきますわ」
いきなりそんなことを言い出したのは、私の姉ジュリエンヌ。
第二王子ウォルス殿下と私の婚約話が持ち上がったとき、お姉様は王家に嫁ぐのに相応しいのは自分だと父にねだりその座を勝ち取ったのに。
ウォルス殿下は穏やかで王位継承権を争うことを望んでいないと知り、他国の王太子に鞍替えしたのだ。
だが当人であるウォルス殿下は、淡々と受け入れてしまう。
それどころか、お姉様の代わりに婚約者となった私には、これまでとは打って変わって毎日花束を届けてくれ、ドレスをプレゼントしてくれる。
私は姉のやらかしにひたすら申し訳ないと思うばかりなのに、何やら殿下は生き生きとして見えて――
=========
お姉様のスピンオフ始めました。
「国を追い出された悪女は、隣国を立て直す」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/465693299/193448482
※無断転載・複写はお断りいたします。

はずれの聖女
おこめ
恋愛
この国に二人いる聖女。
一人は見目麗しく誰にでも優しいとされるリーア、もう一人は地味な容姿のせいで影で『はずれ』と呼ばれているシルク。
シルクは一部の人達から蔑まれており、軽く扱われている。
『はずれ』のシルクにも優しく接してくれる騎士団長のアーノルドにシルクは心を奪われており、日常で共に過ごせる時間を満喫していた。
だがある日、アーノルドに想い人がいると知り……
しかもその相手がもう一人の聖女であるリーアだと知りショックを受ける最中、更に心を傷付ける事態に見舞われる。
なんやかんやでさらっとハッピーエンドです。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!

召喚聖女に嫌われた召喚娘
ざっく
恋愛
闇に引きずり込まれてやってきた異世界。しかし、一緒に来た見覚えのない女の子が聖女だと言われ、亜優は放置される。それに文句を言えば、聖女に悲しげにされて、その場の全員に嫌われてしまう。
どうにか、仕事を探し出したものの、聖女に嫌われた娘として、亜優は魔物が闊歩するという森に捨てられてしまった。そこで出会った人に助けられて、亜優は安全な場所に帰る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる