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4.近づく(2)
しおりを挟む暗かった屋敷内も、いつしか明かりや花瓶、絵画などの飾りも増えていき──
「これはいったい……」
「ろ、ロイス様⁉︎」
ある日。
使用人と廊下の飾り付けについて話していると、突然ロイスが屋敷に帰ってきた。
結婚後、しばらく家を空けていたため、屋敷の変わりように一番驚いていた。
(しまった……!わたくし、本来の目的をすっかり忘れて今の生活を楽しんでしまっていたわ!)
慌てて身なりを整え、ロイスに声をかける。
「ロイス様、お帰りなさいませ」
「……ああ、ただいま」
またすぐに冷静になり、柔らかな笑みを浮かべるロイス。
ラーニナは何とかして距離を縮めたかったが、すぐには方法が思いつかず、今は大人しくロイスを見つめることにした。
(はあ、今日もロイス様は美しい……久しぶりにお会いしたけれど、最後に会った時よりさらに磨きがかかっているわ)
心の中ではデレデレしつつ、顔に出ないよう作り笑いを浮かべるラーニナ。
「ラーニナ。少し私と話をしませんか?」
「ええ、もちろんです」
ロイスの誘いに乗り、ラーニナは彼の執務室へと足を運ぶ。
その時に、今日たまたま作っていたチョコレートトルテとコーヒーを持っていく。
「失礼いたします」
執務室に入ると、ロイスは休むことなく仕事をしていた。
高く積まれた書類を一つ一つ手に取り、処理していた。
「君が手に持っているのは何かな」
結婚後、ロイスはラーニナと二人きりになると口調が変わる。
敬語からタメ口へと変わり、それがまたラーニナの胸をときめかせていた。
「あ、こちらはわたくしが作ったもので……良かったら召し上がって」
「君が……?」
「あ、や、やっぱりわたくしが作ったものは気持ち悪いですよね!すぐに捨てますのでお構いなく」
「せっかく君が作ったのなら、いただこう。ちょうど何か食べたいと思っていたところなんだ」
ラーニナは躊躇いがちにロイスのテーブルへとお菓子とコーヒーを置く。
その言葉は本心なのかと不安に思っていたからだ。
「どうやらここの使用人たちと上手くやっているようだね」
「はい。みなさん、とても良くしてくださって感謝しています」
「君は私の妻だからね、当然だよ。この屋敷にいる限り、不当な扱いは受けさせないと誓おう」
「感謝いたします、ロイス様」
(いま、私の妻って言ったわよね?何という贅沢な一言かしら!)
ラーニナは貴婦人らしい上品な笑みを浮かべた。
考えていることが顔に出ないあたり、かなり手だれている。
「しかし私はどうやら、仕事があるからと言って、結婚後すぐに妻を置いて屋敷をあけてしまった妻不孝者らしい。名誉挽回するために協力してくれるかな?」
「ええ、もちろんです。わたくしは何をしたらよろしいでしょうか」
「最近は王都近くの港が栄えていると聞く。明日、そこはどうだろう」
「本当ですか?わたくし、一度行ってみたかったのです!」
つい子供らしい反応を見せるラーニナ。
今まで、ほとんど領地に籠りっきりだった彼女にとって、領地の外にたくさん憧れていた。
「では決まりだな」
「ふふっ、楽しみです。ではわたくしはこれで失礼いたします」
これ以上ボロが出ないよう、ラーニナは足早にその場を去った。
その日の夜。
ラーニナは部屋で明日のシミュレーションをし、備えようと思っていた。
しかし、部屋にミリアが入ってきて、衝撃の一言を告げられる。
「奥様、寝室へ移動しましょう」
案内された寝室には、すでにロイスの姿があった。
普段よりラフな格好は色っぽさが増していて、ラーニナは興奮のあまり声が出そうになる。
(ロッ、イス様の色気……!)
一方でロイスはラーニナに視線を向けるなり、ニコッと穏やかな笑みを浮かべた。
「契約相手と一緒の部屋にいるのは抵抗があると思うが、これも完璧な夫婦を演じるためだ。せめて同じ寝室で夜は過ごそう」
「ロイス様の仰る通りですわ。わたくしはソファで寝ますので、ロイス様はベッドをお使いになってくださいませ」
ロイスと同じ部屋で過ごすなど、ラーニナにとって緊急事態に等しかった。
普段よりもプライベートが垣間見えるロイスと共に過ごすのは、色々とリスクがあった。
(近くにロイス様が……もしかしてロイス様の寝顔が見られるかもしれない⁉︎)
逃げるようにソファで横になろうとしたが、それをロイスが制する。
「君は料理が得意なのだな」
「……え」
「君が作ったお菓子、とても美味しかったよ」
(ロイス様がわたくしの作ったお菓子を召し上がってくれたなんて……!美味しいとのお言葉までいただけて、ありがたき幸せ……)
まさか食べてくれるとは思っていなかったラーニナは、ロイスの言葉がサプライズのように感じた。
「ロイス様のお口にあって良かったです」
ラーニナは今の感情を全てこの一言に詰める。
お菓子を食べてくれた上に感想まで丁寧に伝えてくれたロイスに対し、誠実な方なのだなと思った。
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