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2.契約内容
しおりを挟む「突然どうされたのですか?」
王室主催のパーティーにて、ラーニナはロイスと二人きりになることに成功し、一世一代のプロポーズを終えたところだった。
ロイスは一瞬驚きの表情を浮かべていたが、すぐに多くの女性たちを魅了する柔らかな笑みへと変わる。
ネイビーの髪に深い紫眼のロイスは、息を呑むほど美しかった。
「公爵様にとっても悪い話ではないと思うのです。周囲から早く身を固めろと仰られているようですね。ですが公爵様はそれをお望みではない、と」
「少し慎重になっているだけです。アメジスト公爵家の行く末が決まるのですから」
ロイスは顔色ひとつ変えず、話し相手が安心するような優しい表情で話している。
(ああ、ロイス様の穏やかな表情も素敵ね)
ロイスはよく微笑む。
それも感情の読めない、ただただ見る者を安心させるような笑みだ。
ラーニナもロイスの感情が読めなかったが、こうして会話をできたことだけでも嬉しさが爆発しそうだった。
「でしたら尚更、エメラルド公爵家という肩書を持つわたくしが魅力的ではないでしょうか」
「では逆に、貴女は私と結婚して何を得られるのでしょうか」
「駆け落ちの準備期間でございます」
「……ほう」
ラーニナの話に初めてロイスが興味を見せた。
「わたくしには心に決めた人がいるのです。ただ、身分が違っていて、とても一緒にはなれないのです。そんな中、両親がわたくしの結婚相手を探しているのを目にしました」
ラーニナは真実と嘘を混ぜながら話す。
そうすることで信憑性が増し、ロイスにこの結婚は互いにとって利益があるものだと思わせる。
「けれどまだわたくしたちには駆け落ちのできる状態ではありません。しかし時間は迫っていく一方で……どうか一年だけ、わたくしに時間を与えてくださいませんか?」
(ここで断られたら、わたくしは両親の決めた相手と結婚することになるでしょう……)
ラーニナは心の中で祈りを込めた時、ロイスがふっと笑みをこぼした。
「愛のない結婚、ですか。それは私にとっても好都合ですね」
これは好感触だとラーニナは思った。
ロイスは女性に興味がなく、過去に女性関係で噂されたことはない。
女性嫌いだとも言われていたが、どこまでか本当かはわからなかった。
「よろしければ場所を移動して詳しく話しませんか?」
「もちろんですわ」
あくまで冷静に。
ラーニナはロイスの誘いに乗り、場所を変える。
やってきたのは、アメジスト公爵家の紋章が入った馬車の前だった。
「あの……公爵様、これは」
「今から私の屋敷に向かいましょう」
(ろ、ロイス様と二人で馬車に乗るというの⁉︎)
ロイスはラーニナの手をとり、慣れた手つきでエスコートされる。
(ロイス様の逞しい手に触れてしまっているなんて!)
ロイスとは向かい合って座る。
興奮を隠すように外へと視線を移した。
「お相手は平民ですか?」
「え……」
「駆け落ちのお相手です」
「は、はい。そうです」
曖昧な人物像では怪しまれてしまう。
そのため、ラーニナは実際に駆け落ち相手を用意していた。
相手には事情を話し、渋々ではあったが了承をもらっていた。
その相手とどうやって出会ったのか、仲を深めていったのかまで事実と嘘を織り交ぜながら事細かに考え、すぐに答えられるようにしていたが、ロイスから追及されることはなかった。
「それほど相手のことを想っているのですね」
(相手……わたくしにとってその相手とは、目の前にいるロイス様のこと)
ロイスの言葉に、ラーニナは深く頷いた。
「はい。心からお慕いしております」
まるで告白しているようで、ラーニナは恥ずかしさのあまり顔を赤らめる。
「私に契約結婚を持ちかけるくらいですからね」
「それで、あの……受け入れていただけるのでしょうか?」
「私の条件も呑んでいただけるのであれば、お受けしたいと思っています」
「本当ですか?良かった……」
ロイスの言葉に、ラーニナはホッと胸を撫で下ろす。
ひとまず契約結婚は成立目前まで来ていた。
「公爵様の条件とはいったい、なんでしょうか」
「簡単ですよ。貴女とお相手の子を私たちの子として後継者に立て、駆け落ちした後も離縁はせずに、貴女の名前を借りるだけです」
「……え」
ラーニナは危うく驚きの感情が顔に出そうになったが、必死でそれを押し殺す。
「正直子供を奪うのは気が引けますが、それがなければ私にとってこの結婚は意味がないも同然ですから」
「それを一年以内に……」
「ああ、受け入れてくれるのであれば期間は設定いたしません。一年以内は酷でしょうし、重圧を感じては上手くいかないことの方が多いでしょう。好きなだけいてくださって構いません」
「私の名を借りるというのは」
「貴女は病に臥せっていることにして、離縁はしないということです。そうすれば、後妻を迎える必要もありません」
ラーニナは無理だと拒否したくなったが、そうすれば結婚話がなくなってしまう。
(やはりロイス様を堕とせなければ、大人しく領地へ帰りましょう)
ここはロイスの条件を受け入れることにした。
このチャンスを逃す方がラーニナにとって痛い。
「ああ、もちろん子を残さずに駆け落ちしようものなら、どんな手を使ってでも捕まえて契約違反の代償を払っていただきますのでお忘れなく」
「……もちろんですわ」
(どうしよう。わたくし、生きて帰れるかしら)
もしロイスを騙していることがバレれば、タダでは済まない。
両親にも迷惑をかけてしまうかもしれないと思うと、ラーニナには一つの選択肢しか残っていなかった。
それは……ロイス・アメジストを堕とすこと。
(弱気になってはいけない!ロイス様への想いは、生半可なものではないのだから)
ラーニナは心を強く持ち、覚悟を決めた。
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