離縁を前提に結婚してください

群青みどり

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1.始まり

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「離縁を前提にわたくしと結婚してくださいませんか?」


 ラーニナ・エメラルドは緊張が相手に伝わらないよう、平静を装うのに必死だった。
 心臓は大きく音を立て、冷や汗すらかいていたが、視線だけは相手から逸らさないように意識している。

 一方でラーニナの視線の先にいる人物……ロイス・アメジストは、彼女の言葉に目を丸くしていた。


(ロイス様の驚いた表情が見られるなんて……わたくし、運が良いわ)


 ラーニナは見たことのないロイスの表情に嬉々としていたが、悟られないように頬を引き締めた。



◇◇◇


 ラーニナは国を支える四大公爵家の一つである、エメラルド公爵の一人娘。
 桃髪翠眼の見目麗しい令嬢だが、社交界には滅多に顔を出さないことで有名だった。

 普段は両親と共に自然豊かな領地で過ごしていて、領民たちと共に穏やかな日々を送っていた。


「お父様、お母様。わたくし、政略結婚ではなくロイス様と結婚したいのです!」

 そのような日々に終止符を打たれることになったのは、ラーニナの決意を表した一言からだった。

 両親はラーニナの言葉をすぐには理解できず、数秒固まった後に戸惑いの色を浮かべた。


「ラーニナ、何を言っているんだい?突然ロイス卿に嫁ぎたいだなんて」

「わたくしはずっとロイス様をお慕いしていました。諦めようと思っていたこともありましたが、先日、お父様とお母様がわたくしの結婚について話されているのを耳にして、いてもたってもいられず……」


 ラーニナは結婚適齢期に入っており、多くの貴族から求婚状が届いていた。
 中にはラーニナと会ったこともない、エメラルド公爵の財産目当ての貴族も多くいたが、両親も結婚相手について真剣に考えようとしていた。

 やはり、信頼のおける人物の元にラーニナを嫁がせたい。

 両親の意見は見事に一致し、結婚相手の候補が決まった時の会話を偶然ラーニナは耳にしていた。


(やっぱりわたくしはロイス様と結婚したい)

 ラーニナはロイスを諦めきれず、両親に彼への恋心を打ち明けた。


「ラーニナ、わかっているの?ロイス・アメジスト様といえば、黒い噂しか聞かないわ。実の父親を手にかけて公爵家の当主の座を……」

「やめないか」


 母親がひどく心配そうに話していたが、父親はそれを遮った。

 ロイス・アメジストは、エメラルド公爵と同じ四大公爵家の当主。
 冷酷無慈悲で人を平気で手にかけるという黒い噂の絶えない人物だ。


 ロイスがアメジスト公爵家の当主になったのは最近の出来事で、前当主である父親を手にかけたのかどうかの真偽は不明だった。


(わたくしはロイス様が悪い人ではないって知っている)

 ラーニナは一度、社交界デビューの時に王室主催のパーティーに参加したことがある。

 しかし王宮で何者かに攫われそうになったところをロイスに助けられたのだった。


 それ以来ロイスのことが忘れられず、好きになってしまったのだと自覚するのに時間はかからなかった。


「お父様、お母様。お願いします……!わたくし、このまま何もしなかったらきっと後悔してしまいます」

「……ラーニナ。まずは顔をあげなさい」


 ラーニナが顔をあげると、父親は真剣な表情を浮かべていて、彼女は息を呑んだ。


(やっぱりダメなのかしら……)

 今の父親は、公爵家の当主の顔つきをしていて、ラーニナは覚悟をした。


「猶予は一年だ」
「……え」

「一年以内にロイス卿と結婚できなければ、その時は諦めて私たちが決めた相手と結婚してもらう。残念だが私たちはその結婚に反対だ。手は貸せないが、ラーニナ自身で結婚まで漕ぎ着けたのであれば、その時は認めよう」


 その言葉にラーニナは目を輝かせる。


「本当にそのような条件でよろしいのですか?」
「え……」

 父親はラーニナが諦めると思っていたのだろう、予想外の反応に困惑している。


「ラーニナ、わかっているのか?自分でロイス卿と掛け合わないといけないのだぞ」

「もちろんですわ、お父様。元々お父様のお力を借りたところで、ロイス様が結婚を受け入れてくださるとは思っていたかったので、わたくしなりに計画を立てていましたの」


 ラーニナは満面の笑みで話し始め、両親は呆気に取られていた。


「そ、その計画とは無謀なものではないだろうな?」

「もちろんです。ただロイス様とお話するだけですので」

「いつロイス卿と会うというのだ」

「王室主催のパーティーの招待状、届いていましたよね?その時にお話するつもりです」



 ラーニナはすでにロイスと結婚するための道筋を立てていて、あとは両親の了承をもらうだけだったのだ。


「そんな……」

「安心してください。わたくし、ロイス様と結婚できても、お心を手に入れることができなければ諦めるつもりです。その時はまたこの家に戻ってきてもいいですか?」

「そんなのもちろんよラーニナ」
「当然だ。私たちはいつでもお前の帰りを待っている」


 両親の言葉に安心したように、ラーニナは笑う。


(わたくしの計画は、ロイス様のお心を手に入れなければ成功とは言えないもの)


 ラーニナの計画。
 それは──


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