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第35話 早朝散歩と井戸端会議

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「グルゥァァァァァァ!」
「ん……朝か……」

 聞き慣れたヒュドラの雄叫びで目が覚める。
 この叫び方は、確か……次女のニーハオちゃん、だったかな?
 魔界での生活にある程度慣れ、朝の雄叫びにも随分慣れたなぁ……なんて考えながら、ベッドから体を起こす。

「あれ……カリナさんは?」

 いつも隣で寝ているはずの、カリナさんの姿が見当たらない事に気付く。
 カリナさんが寝ていたはず場所の奥には、マリーちゃんが起きて目をこすっている。

「……どうしたんだろう……?」
「ふわ~じゃ……ん? どうしたのじゃ、ユウヤパパ。難しい顔をして?」
「いや、起きたらカリナさんがいなくてさ。どこに行ったのか考えてたんだ」
「本当じゃ……」

 大きなあくびと伸びをして、目を覚ましたマリーちゃんは、俺の顔を見て首を傾げた。
 それに答えながら、マリーちゃんと俺の間にある空間を示すと、マリーちゃんもカリナさんがいない事に気付いた。

「……トイレとか?」
「じゃが、それにしては何も気配を感じないじゃ」
「じゃあ、どこにいったんだろう?」

 俺達が起きる前に、トイレに目が覚めて……と考えたけど、マリーちゃん曰くカリナさんの気配は近くにないらしい。
 俺達どころか、ヒュドラ姉妹の雄叫びよりも早く起きて、どこへ行ったんだろう?

「……ふむ、婆やに聞いてみるじゃ?」
「婆やさんに?」
「うむ、じゃ。婆やは城の管理もしているのじゃ。カリナが部屋を出て行ったのも、知っているはずじゃ」
「成る程。わかった、聞いてみよう」
「婆やー!」
「お呼びですかな、マリー様?」

 城を管理しているらしい婆やさんに聞けば、カリナさんがどこへ行ったのかわかると考え、マリーちゃんが叫んで婆やさんを呼んだ。
 ……魔法で移動してるのは知ってるけど、わざわざ天蓋の上から、覗き込むように現れなくても良いのでは?

「婆や、カリナがどこに行ったのか知っておるかじゃ?」
「ええ、存じておりますよ」
「どこに行ったんですか?」
「カリナ様は、早くに目が覚めたとかで……城を出て、城下町を散歩して来ると言っておられました」
「城下町を……」
「朝の散歩、というわけじゃな」

 朝早く起きたから、カリナさんは朝の新鮮な空気を吸いに行きたかったのかもしれない。
 まぁ、朝だろうと昼だろうと暗い魔界だから、朝日はないが。
 俺とマリーちゃんを起こしてしまわないよう、そっと出て行ったんだろうな。

「ふむ……カリナがいないと、朝食がないのじゃ」
「……それはいけないな……カリナさんの手料理が食べられないなんて……呼びに行こう」
「わかったじゃ。マリーとユウヤパパも散歩じゃな?」

 散歩のつもりはないんだが、マリーちゃんはそのつもりらしい。
 まぁ、カリナさんを外に呼びに行くだけだから、散歩気分で楽しむのも良いかもしれないな。
 朝食……というよりもカリナさんの手料理を頂くために、俺とマリーちゃんはすぐに支度をして城を出た。

「どこにいるのじゃ……カリナママは?」
「そうだな……どこだろう?」

 城を出て、まずは一番大きな通りに出る。
 まだ時間が早いためか、店の準備をしている魔物達はいるが、お客などの姿はほとんどなく、閑散としていていつもよりさらに通りが大きく見える。
 こういういつもの場所でも、違った発見があるんだなぁ。

「お、マリー様じゃないですか。こんな早い時間にどうしたんですか?」
「実はじゃな……」

 声をかけて来たのは、以前ここの案内をされた時、マリーちゃんを店に誘った狼男。
 マリーちゃんがその狼男に、事情を説明した。

「カリナ様ですか? それなら確か、公園の方へ行くと言っていましたよ?」
「そうなのかじゃ。ありがとうじゃ、行ってみるのじゃ」
「公園かぁ、朝の散歩には良いかもな」

 狼男さんは、カリナさんが散歩している時に偶然話しをしたらしい。
 その時、カリナさんが公園に行く事を言っていたと教えてくれた。
 狼男さんに感謝しながら、俺達は公園へと足を向ける。
 ……狼男さんも、カリナさんの事を様付けで呼んでたから、マリーちゃんの親代わりになった事って、結構知れ渡ってるのかもなぁ。

 そんな事を考えながら、マリーちゃんと手を繋いで公園へと歩く。
 子供って体温が高いと思っていたけど、マリーちゃんの手はひんやりしている。
 種族特有なのかな?
 ともあれ、こうして娘と朝に散歩をするっていうのも、ほのぼのしてて良いな。

「お、ユウヤパパ。カリナママがいたのじゃ」
「本当だ。狼男さんの言うように、公園に来てたね」

 公園に入ってすぐ、マリーちゃんがカリナさんを見つける。
 カリナさんは、公園の真ん中……井戸がある場所で、数人の魔物と楽しそうに談笑しているようだった。

「カリナママー!」
「あら、マリーちゃん? どうしたの?」
「起きたらカリナさんがいなかったから、探しに来たんだよ。朝食も作らないといけないしね」
「あらあらまぁまぁ、そうだったわね。話に夢中で時間を忘れてたわ。ごめんなさいね、マリーちゃん?」
「大丈夫なのじゃ。それより、どんな話をしてたのじゃ?」
「あらあら、マリー様。マリー様が気になさる程の事は話してませんよ?」
「そうですよぉ、マリー様。私達はここで世間話をしていただけすからねぇ」
「そうそう。旦那の愚痴を言ったりねぇ?」
「カリナさんの旦那さんは、しっかりしてそうで、羨ましいわぁ」

 話に夢中で時間を忘れてたカリナさん。
 何を話してたのか気になったマリーちゃんだが、周りにいる魔物達には何でもない事と言われてるな。
 ……もしかして、ここにいる魔物達って、全員主婦なのかな?
 井戸端会議が開かれてたのかもしれないな……カリナさん、順応早いなぁ……俺はまだ、四天王の皆さんと城にいる魔物達くらいしか知り合いがいないのに……。

 それにしても、旦那の愚痴か……井戸端会議ではお決まりのテーマらしいけど、俺の悪口とかは言われて無さそうで良かった。
 カリナさんに愚痴が出る程の不満がなかったようで、少し安心した。
 まぁ、いつかは言われてしまうことかもしれないけどな……こればっかりは仕方ない。

「それじゃ、帰りましょうか、マリーちゃん」
「うむ、じゃ」
「それでは奥様方、また……」
「はーい」
「良い奥様ねぇ」
「旦那さんも、良さそうな人ね……」

 カリナさんが奥様方に挨拶をして、井戸から離れる。
 奥様方の話って結構とめどが無い事が多いから、残った奥様達はこれからまた、色々と話すんだろうな。

「カリナママ、手を繋ぐのじゃ!」
「あらあら、ここまでユウヤさんと手を繋いで来たの?」
「手を繋いで、のんびりと歩いて来たよ」
「そうなのね。それじゃ、私も……」
「繋いだのじゃ。マリーが真ん中なのじゃ」
「ははは」
「あらあら」

 朝の新鮮な空気の中、マリーちゃんを真ん中にして手を繋ぐ俺達。
 なんだか本当の親子になった気分で、すごく微笑ましいな。
 真ん中で手を繋いだまま、はしゃぐ様子を見せるマリーちゃんに、俺とカリナさんが微笑みかけながら、ゆっくりと歩いて城に戻った。
 ……たまには、家族でゆっくりこういう時間も良い物だな……と実感した。


「美味しかったのじゃ、カリナママ!」
「あらあら。でも、ごめんなさいね? 時間を忘れてたせいで、あまり手の込んだ物を用意できなくて……」
「たまには、こういうのも良いんじゃないかな? カリナさんも毎日しっかりした朝食を作るんじゃなくてさ?」
「そうかしら? でも、朝食は大事だし……」
「今日のだって、立派な朝食だよ? いつも美味しい食事をありがとう、カリナさん」
「ユウヤさん……こちらこそありがとう。いつも美味しそうに食べてくれて。……これは、マリーちゃんにもね」
「カリナママの料理は美味しいのじゃ。何で美味しいのか、調理の姿を見ると不思議じゃが……」

 城に戻り、ササっと料理を済ませて、俺達に朝食を振る舞ってくれるカリナさん。
 いつもと違って、今日はパンを焼いた物と、洗った野菜を適当に切ってドレッシングをかけた簡単な物だけど、十分美味しいからね。
 戻った時、お腹を空かせたまま、俺達がいない事で泣きそうになっていたクラリッサさんも加えて、皆満足な朝食だったようだ。
 ……クラリッサさんは、俺達がクラリッサさんの事を忘れて、どこかへ行ったのだと勘違いしてたらしい。
 うん、忘れてなんてなかったよ……うん。

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