上 下
1,596 / 1,807

感謝ばかりは気恥ずかしい

しおりを挟む


「まぁ一部はそうかもしれないな。喜んでいる声の方が多いが……」
「私達が話を聞く相手の多くが、肉を求める人だからでしょうね。冒険者、兵士など、まず食べ物と言えば肉! と叫びそうな人達ばかりです」
「ははは……なんとなく、想像はつくかなぁ」

 もちろん、冒険者さんや兵士さんの中にもベジタリアンとまで言わなくとも、野菜を好む人だっているだろう。
 けど、多くの人は肉を貪るように食べる人が多い……獅子亭のメニューも、注文される料理も、肉メインの物が多いし。
 それこそ、肉にかぶりつきながらお酒を飲むなんて、酒場ではよく見る光景だからね、男女問わず。
 時折、肉をつまみにお酒を飲んでいるのではなく、肉がメインでお酒を飲むという人だっている。

「そういえば、一部でリクに感謝する声が聞こえていたぞ? 魔物とは関係なくな」
「俺に? 魔物と関係ないって……どういう事?」

 ふと思い出したように、ソフィが言う。
 魔物を倒して感謝される、というのは慣れるくらいある事だけど……それ以外で感謝されるような事って、ないと思うんだけどなぁ。
 何かしたっけ? ではなく、何かやらかしたっけ? と考えてしまう自分がちょっと悲しい。

「ヘルサル農園があるだろう。あそこでの収穫が順次行われているようだ。あと、成長が早いのもな」
「その影響で、高くなったとしても不足するまでにはなっていないようですね。これも、リク様の功績と」
「そ、そうだったんだ。まぁ結界とかは張ったし、場所は整えたけど……元々は頼まれてやっただけなんだけどね」
「頼まれたとて、それをやれたのがリクしかいないからな。リクでなければ、それこそまだ魔力溜まりとして、冒険者ギルドに魔物の討伐依頼が来るだけで、放置されていた可能性が高い」

 魔力だまりの影響で作物の成長が早い農園があったから、野菜が高くなっても供給不足にはなっていないと……これは確かに、皆から感謝されるのもわからなくもない。
 エルサも、キューが食べられなくなる事はなくて、喜んでいるし。
 とはいえ、結界を張らなければ魔力溜まりのまま、というのはそもそも魔力溜まりができたのは俺のせいだから、という思いがあるからちょっとだけ微妙。
 まぁそもそも、魔力溜まりができるくらいの事をしなければ、今頃センテはなかったかもしれないんだけど。

「そ、そうだ。それよりも今日森でさ……」

 なんというか、このまま話を続けると褒められるばかりで、気恥ずかしくなってしまいそうだった……というか既に気恥ずかしいので強引に話を逸らす。

「リクはそろそろ、称えられる事に慣れた方がいいんじゃないかと思うぞ?」
「そこも、リク様が謙虚で素晴らしい人柄ゆえの事でしょう」

 話を逸らそうとしたのに、二人はくすくす笑っている。
 まぁ強引過ぎて、俺が逃げようとしているのがわかったんだろう……謙虚とか、そういうつもりは一切ないんだけどなぁ。
 それはともかく。

「……それはいいから。えっと、森での事なんだけど。二人は明日から入るんだよね?」

 少し真面目な雰囲気を作り出し、気恥ずかしさを隠して無理矢理話を変える。
 とはいえ、食事をしながらなので完全にシリアスな雰囲気にはならないんだけど。
 深刻にしすぎると、せっかくの料理がおいしく感じなくなってしまうから、ちょうどいいか。

「そうだな。私とフィネのコンビで入る予定だ」
「他の冒険者は、元々パーティを組んでいる人はそのまま。パーティがない人は即席で組んでというのが多いようです」
「センテの南で、視界がよく辺りを見渡せる場所で、一人でいても他の人から見られる可能性が高い場所とは違うからね。成る程」

 今朝行われていた講義の結果なのか、最初から考えられていたのかはわからないけど、森に入るのは最低二人以上、一人で入るのは禁止となっているみたいだ。
 以前なら一人でも入る人はいたし、それで俺も森に入ってエルサに出会ったんだけど、それはともかく。
 視界の悪い森、今日ラミアウネと戦闘した時のように、普段よりも数が多くなっているようだし、何かあった時に一人よりは二人以上でいる方が安全だからだろう。

「冒険者ギルドからも注意喚起があるはずだけど、先に伝えておくけど……今日、森の奥でレムレースが発生してた」
「レムレース!?」
「な……あんな森で発生したなんて!」

 なんて、冒険者ギルドでヤンさん達と話した時のように、ソフィーもフィネさんも驚くのは予想通り。
 ただちょっと言うタイミングが悪く、ソフィーの口から食べていた肉がこぼれていたのは、申し訳ない。
 ともかく、二人にも俺が森に入ってあった事を伝える。
 内容はヤンさん達に話した事と同じで、森の外側にオークやフォレストウルフなどが多く、奥ではラミアウネが大量発生している事や、シュリーガーラッテに関しても。

 木々が密林のようになっていて、開けた空間があまりない事など。
 それと、環境に適応したシュネーウルフのようなのもいるから、以前より森に入った事があるソフィーにも、見かけない魔物がいる可能性を伝える。
 あとレムレースに関しては重点的にソフィーとフィネさんから聞かれたけど、とりあえず発生状況から倒すまでを伝えておいた。
 ほとんどが、魔力を使った攻撃しか通じない事や、レムレースが使う魔法、魔力吸収に関してだけど。

「念のため、二人には気を付けて欲しいと思ってね。まぁレムレースはもう発生しないと思うけど、もし不審な何かを見つけたら無理しないように」
「あぁ、そんなリクにしか倒せないような魔物を相手にするつもりはないからな。注意しておこう」
「そうですね。魔力を使った攻撃は、多くは魔法なのでしょうけど、次善の一手なら多少効果はあると思いますが……相手にしようとは一切考えられません。あれはリク様以外討伐不可のままです。今の話を聞いたら尚更ですが」
「絶対俺だけかどうかはわからないけど……まぁそうだね」

 俺が剣や鞘に魔力を流して斬りかかるのが有効だったから、おそらく次善の一手もダメージを与えられるだろう。
 ただどれだけの魔力を流せば、どれだけのダメージを与えられるかとかまではわからない。
 多分、剣魔空斬も含めて俺がレムレースに対して使っていた魔力は、次善の一手を使う人達よりも多いだろうし。
 それでも、少しくらいしかレムレースにはダメージが与えられていなかったみたいだからね、無理して戦おうと考えちゃいけない。

 少しずつ削るように戦っても、魔力吸収なんてされたらひとたまりもないわけだし。
 というわけで、食事をしながらレムレースに関して、というより森に関する情報交換……一方的に俺からの情報提供をしておいた。
 ヤンさん達にも話している事が多いから、明日改めて冒険者ギルドから伝えられるとは思うけどね。

「しかし、リクが一人で森に行ったのなら、魔物だけでなく森その物がなくなるのではないか、と心配していたが」
「それは、心配の方向性が違うんじゃない? さすがに俺だって、森を吹き飛ばすなんて事……これまでを考えるとしない、とは言えないけど」

 今までの事というか、半分は既に意識を乗っ取られていたとはいえ、俺の力が原因で森が消失しているからね。

「できない、ではなくしない、というのがリクらしい」
「事実、リク様ならできるでしょうからね」
「いやいや、今はできないから。魔法が使えないし」

 多分、と心の中で付け加えておく。
 レムレースに放った魔力弾、あれを連発すればできるかもしれない、なんて考えが頭の片隅に浮かんだからだけど。
 いや、必要もないしやる意味もないからやらないよ?


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

令嬢達が海上で拉致されたら、スケスケドレスで余興をさせられました

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:802pt お気に入り:88

拾う神なんていない

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:422

私は何も知らなかった

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,448pt お気に入り:2,195

理科が分からないリカちゃん専用補習授業

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:553pt お気に入り:8

聖女には拳がある

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:2,401pt お気に入り:129

異世界生活物語

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:28pt お気に入り:1,413

王家の影である美貌の婚約者と婚姻は無理!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,789pt お気に入り:4,321

処理中です...