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モフモフ普及事業

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「リク様、例の件ですが……」

 冒険者さんの確認作業をするヤンさんとは別に、一人のギルド職員さんが俺に近付いてきた。
 鋭い目つきをした女性の職員さん……副ギルドマスターのエレノールさんだ。

「あぁ、わかりました」
「……リクさん?」
「ごめん、モニカさん。ヤンさんにはリストも渡したし、こっちは任せるよ。全員エルサから降りたら、小さくなってもらって、衛兵さんがキューを持ってきたらおやつとして食べさせておいてくれると助かる」
「え、えぇ。それはいいけど、その人は?」

 戸惑いながら、俺とエレノールさんとの間で視線を行ったり来たりさせるモニカさん。
 何やら、訝し気だ。

「そういえば、モニカさんとは会った事がなかったっけ。まぁ俺も最近知り合ったばかりなんだけど、副ギルドマスターのエレノールさんだよ」
「ヘルサル支部でヤンギルドマスターの補佐を務めております、副ギルドマスターのエレノールと申します。モニカさん、ですね。お噂はかねがね」
「私の噂って……というか、リクさんとの用って一体なんなんですか?」

 目を細めて、エレノールさんを見るモニカさん。
 あれ? 副ギルドマスターなのになんでモニカさんが警戒しているんだろう……?
 あ、もしかして俺との仲を疑っているとか、そんな事だろうか? なんて、そうだったら嬉しいなという俺の願望が入っている気がするけど。
 エレノールさんは凛とした雰囲気の美人さんだけど、俺なんて相手にするわけないのになぁ。

 こうしている間にも、ヤンさんの方で確認作業のために並んでいる冒険者さんの数人が、エレノールさんを見て気にしている様子だ。
 ……結構、冒険者さんの間で人気なのかもしれない。
 それはともかく。

「えっとね、ちょっとエレノールさんと協賛というか、協力して作っている物があって……」

 簡単に、モニカさんにエレノールさんと協力関係にある事、その理由や資金援助の事を伝える。
 まぁエレノールさんが言っていた例の件というのもそれで、要は俺の要望も含めて、モフモフなぬいぐるみなどの作成についてだね。
 訝し気にしていたモニカさんだけど、事情を聞くにつれて呆れ顔になって溜め息を吐いていた。

「はぁ……そういう事ね。わかったわ。リクさんはまったくもう……存分に話してきていいわよ」
「うん、ありがとう」

 溜め息を吐かなくてもいいのになぁ、と思いつつこの場を任されてくれるモニカさんにお礼を言う。
 でも俺は知っているんだ、モニカさんもエルサのモフモフを楽しんでいる事があるのを……特別なモフモフ好きかどうかはともかくとして、商品というか実際の物ができたら絶対モニカさんも気に入ってくれると思う。
 ともあれ、少しだけ離れてエレノールさんと話し始める。
 話というのは大体、資金援助と現在の進捗についてだ。

 とはいえ、まだ話をしてから数日程度なので、実物は完成していない。
 センテの事や、これから予想される国としての動き……大体帝国との戦争を想定だけど。
 それらの準備のため、素材などが一部値上がりしているとかの話だね。
 エレノールさんは、怜悧な見た目に反して何度も頭を下げていた。

 最初の想定よりお金がかかってしまう事への謝罪だね。
 まぁ、余裕はあるし端金(はしたがね)なんて事を言う気はないけど、臨時の報酬……センテでの戦闘での報奨金などもあるから、問題ない。
 とはいえ今はお金の持ち合わせがないので、改めて冒険者ギルドを通して渡す事を約束。
 要は振り込みしますという約束を交わしたくらいだ。

 その際、何も成果を見せずに援助をされるのは、とエレノールさんが言って試作品として手のひらサイズのぬいぐるみ……じゃないな、編みぐるみのようなボールを渡された。
 あくまで、この素材を使う可能性を考えているという試作品で、どれだけモフモフかを試すための物らしい。

「うん、いいですね。手にしっくりとくると言いますか……握るとふんわり沈み込んで受け止めてくれる感じです」
「はい。ただ当初目指していたのとは、少し違う気もしているのです。このままでも進められるのですが……」
「確かに、これはモフモフというよりもフカフカという方が正しい気がしますね……さてどうするか」

 手に持っているのは、毛糸に似た素材で作ったボール。
 それに対して顔を突き合わせて考えている、俺とエレノールさん。
 傍から見ると何をしているのか不思議かもしれないが、俺達は真剣だ……モフモフの追及をする同志として、これは重要な事なんだ。

「おそらくこのままでも、大きくすればいい物になるとは思います。ですが……」
「俺や、エレノーラさん。それに同じような感覚の人が気に入るか、ですね」
「はい。完璧な物を作るとなるとこのままでは難しい気がしています。現状で、私もそうですがリク様も不満を感じているわけですから」
「不満、という程ではないんですけどね……」

 今のまま、モフモフのとはちょっと違うフカフカなボールでも、不満とかではなくなんとなくちょっと違うな、という感じでしかない。
 本当に感覚的な事で、どう違うのかと言葉では説明しづらいし、モフモフとフカフカは似たような物、同じような物じゃないかと言われれば、はっきりと否定できないんだけどね。
 エレノールさんの言うような、完璧な物というのは本当にエルサの毛を再現できれば、もしかしたら可能かもしれないけど……基本的に不可能だ。

 まぁ、エレノールさんが完璧主義なのかもしれないけど、ともかく好みは人それぞれなので、不平不満が出ない物というのは作れない。
 それはまぁそういうものとして。
 このままの素材で作っていけばいいのか、他の素材を探した方がいいのか……。

「俺は詳しくないんですけど、エレノールさんの方で何か他に素材の候補とかはないんですか?」
「そうですね……一つ、ない事はないかと。ただここ数年で出てきた素材で出回っている量が少ない事。そして、製造の問題で価格が高い事が挙げられます」
「新素材って事ですね?」
「はい……」

 エレノールさんが思い当たった新素材は、複数の魔物の毛を混ぜ合わせて作る物らしい。
 ワイバーンの皮程じゃないけど、防刃性のある素材として一部から……大体は冒険者だけど、注目されているとか。
 ただ素材の入手先が魔物である事、複数種類の魔物から採取しないといけないうえ、製造法も秘密ではないにしろそれなりに手間もかかるため、高価な物になるみたいだ。

 一応職人が作らなければ、というような技術的な部分はあまり必要ないので、そこで多少は価格が抑えられているらしいけど。
 職人さんにしか作れないとなると、高くなりすぎてそこらの冒険者が手を出せる代物じゃなくなるとか。

「参考までに、いくらくらいになりますか?」
「人一人、部分的に身に着ける物で、大体金貨数枚といったところでしょうか」
「それはまた……」

 金貨一枚あれば、贅沢をしなければ一か月過ごせるくらいだと聞いた事がある。
 それが数枚、数か月分でようやく一人か……そのままでも、そこらの冒険者が手を出せる代物じゃない気がするね。
 まぁ、命を守るための防具と考えると、お金を貯めて購入する選択肢もあり得るかもしれないけど――。


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