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バランスを取るためのアドバイス
しおりを挟む「で、ですがリク様。もし、掴んでいた毛が抜けたら……それに、エルサ様に失礼では……」
「大丈夫です。エルサの毛は抜けませんし、引っ張っても痛みを与える事はありませんから。エルサも気にしませんよ。俺達もよく、エルサに乗った時に掴む事もありますから」
「いえ、俺達とリク様達では違うのでは……ですが、リク様がそう言うなら……」
梯子を登る時みたいに、躊躇する様子を見せるトレジウスさんにたいし、簡単に説明。
エルサの毛を掴んで、体重をかけて引っ張ったとしても、俺が力を入れて同じ事をしない限りは、エルサが痛みを感じる事はないみたいだし、抜けたりもしない。
以前ユノが剣で斬った事はあるけど、エルサって基本的に抜け毛がないんだよなぁ……斬られた毛も、空気中に溶けるようにして消えたし。
魔力とか、なんらかの特殊なもので、他の生き物に生えている体毛とは違ったものなのかもしれない。
それで多少は納得してくれたのか、他の冒険者さん数人がエルサの毛を遠慮がちに掴み始めていた。
「もしそれでも不安なら、両手と両膝をつけて這うような体勢になるといいですよ」
モニカさんからのアドバイスもあり、半々どころか、大半が四つん這いになってバランスを取る事にしたようだ。
トレジウスさんもか。
むぅ、俺のバランスの取り方は不評だったか……まぁ四つん這いでも手を付けているのは、エルサの背中でモフモフだし、皆もモフモフの素晴らしさをわかってくれるだろう。
「初めて乗る人達にとっては、こちらの方がいいでしょ? 安定するし……エルサちゃんの事だから、落ちても平気だろうけど、落ちないようにするんは一番だからね」
「まぁ、そうだね。ありがとうモニカさん」
多分、俺が少し悔しそうにしていたからだろう、顔に出ていたのかもしれないけど……隣に座るモニカさんがフォローしてくれた。
まぁその悔しい原因もモニカさんなんだけどそれはともかく、相変わらずモニカさんは、俺とは違って周囲によく気が回るなぁ。
獅子亭で、お客さん相手にずっと働いていた経験からかもしれない。
「それじゃエルサ、ヘルサルまで頼むよ。はしゃぎ過ぎないようにな?」
とにかく、皆が体勢を整えて落ち着いたのを確認して、エルサに声をかけた。
俺とモニカさんは慣れているから、特に毛を掴んだり、四つん這いにならず楽な体勢で座っている。
前にワイバーンと戦う時にやった、空中戦闘機動とかすごい速度を出したりしない限り、あまり揺れないしバランスを崩して落ちそうになる事もないからね。
毛を掴むとか、四つん這いっていうのは、初めてエルサに乗る人達を安心させるためだし。
ちなみに、特に何もなくただ空を飛んでいるだけなら、立って歩く事もできるし、食事をする事もできたりする。
まぁ食事はエルサから自分も食べたいと文句を言われるため、基本的にはやらないけどね。
大きな状態のエルサは、とてつもない量を食べるうえ、飛んでいる状態ではさすがに食べさせてやることもできないから仕方ない。
「了解したのだわー。行くのだわー!」
「「「「「おぉ!?」」」」」
ばっさばっさと、エルサが六枚の翼を羽ばたかせ、ふわりと浮かび上がる。
揺れはほとんどないけど、少しだけ体が浮かび上がるような感覚がしたからか、冒険者さん達から驚きの声が上がっていた。
これが不思議なんだけど、いつもエルサに乗って空に浮かぶ時感じるんだよね……多分、翼の力だけでなく魔力か何かでエルサ自身が浮かぶからなんだと思うけど。
それはともかく、エルサが浮かんだのを見てから、ワイバーン達の方でソフィーやフィネさんが出発する合図を送り、大量のワイバーンもエルサに付いて来るように浮かび上がった。
垂直浮上のエルサと違って、ちょっとだけ前進しながら空へ舞い上がるのは、飛ぶために使う力が違うからかもしれないな。
ワイバーンの方は、翼に頼っている部分が大きいんだと思う。
「それじゃ、付いて来るのだわー!」
「いや、ワイバーン達はそれぞれ自分達のペースで飛ぶから。エルサにはついてこれないだろう?」
「軟弱なのだわー」
「種族からして違うから、そこは比べちゃいけないんじゃない?」
等々、エルサと暢気な会話をしつつ、隔離結界を越えられる程の高度に達したエルサがヘルサルへと移動を開始する。
エルサは久し振りに大きくなって文字通り羽を伸ばせるため、予定ではそれなりに速度を出す事になっているため、ワイバーン達は付いてこれない。
……人を乗せなければ、ワイバーン達も一緒に飛べるだろうけど、それぞれに二人の人、荷物や装備もあるからその重さもあって、安全な速度で飛ぶ事になっているからね。
そんな事を考えながら、冒険者さん達がどんな様子か少しだけ耳を澄ませる。
「揺れや風を、ほとんど感じないなんて……」
「これじゃないか? 柔らかくて俺達を包み込むような、この毛が揺れを感じなくさせているとか」
「じゃあ、風がほとんどないのはどうしてよ?」
「そりゃ、なんというかこう、特別な力を気合で、とか?」
「気合って、お前はそればっかりだなぁ」
等々、それぞれにエルサに乗って空を飛ぶ感想を言い合っている。
ただ、特別な力は魔力だし、風がほとんどない理由は結界のおかげだから、気合とかはほぼ関係ないんだけどね。
など隣にいるモニカさんと顔を見合わせ、冒険者さん達の言葉に苦笑する。
ちゃんと結界も張られているようで、空気穴から数かな風が届く以外は何もなし。
隔離結界の入り口付近は、もうほとんどこれまでと変わらないくらいの気温になっているため、空に上がっても特に寒いという程ではないため、結界内を温める必要はない。
「なんにせよ、馬に乗るよりも全然楽だ。周囲を見なければ、空を飛んでいるとも思えないくらいだ。な、トレジウス?」
「あ、あぁ。これが、ドラゴンのエルサ様。俺はこの目で、リク様の凄さを目の当たりにしたが……やはりエルサ様もとんでもないんだな」
「当たり前だろ? 伝説に語られるドラゴン様だぞ? しかも、そのドラゴン様と一緒にいるリク様。どちらも凄いとしか言えない、自分の表現の力不足を感じるよ」
「まぁ、それは俺達もそうだな。というか、表現できる言葉があるのかどうかもわからん」
ん? 何やら空を飛ぶ感想を言い合っていた冒険者さん達の、話の流れが変わったような?
トレジウスさんも話に混じっていたようだけど、とにかく空を飛ぶ事だけでなく、俺やエルサの方に向いているような……。
「そうよね。でも、これだけはわかるわ。リク様とエルサ様は凄い! って事」
「あぁ」
「うむ」
「そうだな」
「「「「「リク様、凄い! エルサ様、最高!」」」」」
「凄い、最高……」
「ぶっ! え、ちょ、なんでそんな……!!」
「ぷっ……! ふふ、うふふふふ!」
何があったのか、冒険者さん達が示し合わせたように、俺やエルサを称えるような言葉を叫び始めた。
それも、ほとんどが声を合わせてだ……一部、合わせられなかった声が遅れて聞こえたりはするけど。
俺とモニカさんが同時に吹き出したけど、ニュアンスは違う。
モニカさんは笑いで、俺は驚きだね――。
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