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獅子亭に飛び込んでくる人物
しおりを挟む「確実に十日以上経っていると考えて、冒険者ギルドで聞いた情報のうち、始まりが十日程度前であるのなら……」
「俺が、というより俺の意識を乗っ取ったのが、赤い光を使った時とほぼ同じって事になりますね」
多少の誤差はあるだろうけど、日数で考えるとそうなる。
「つまり、センテを襲っていた魔物が全滅してから、一部の魔物がヘルサルへ向かい始めた……? いえ、魔物は元々ヘルサルの周辺にいた種族ばかりとの事でしたから」
「多分だけど、周辺の魔物というか森に棲んでいた魔物達が、赤い光から逃げようとしたんじゃないですかね?」
現在凍っている場所が、全て赤い光によって灼熱の大地となった場所なら、森の半分も飲み込んでいたはず。
隔離結界に空けた穴から、内部に浸食されそうな程の熱が……みたいな事をフィリーナが言っていたから、最初はもっと狭い範囲だったんだろうけど。
多分、俺が意識を取り戻して凍らせる前までに、広がったんだろうね。
もっと早く対処できていれば、森が残っている範囲が広かったかもしれないけど、今更後悔しても遅いか。
「いつもであれば、森から出て来る事の少なかった魔物がと考えると……逃げようとしていた。とは考えられませんか?」
「確かに、そう考えた方がいいのかもしれません」
強い魔物でも関係なく、全てを消滅させた赤い光。
その光から逃げるためか、もしくは熱が地面を侵食して広がっていく事からか、もしかしたら単純に暑過ぎたから涼しい方に向かっているだけかもしれないけど。
暑いどころか、熱いくらいだったからね。
アテトリア王国はあまり気温が高くなく、厚着をしたり重い鎧を着ていなければ、汗をかかないくらいだ。
夜は上着を、日中は長袖一枚で過ごせる程度だね。
だから多くの人、魔物も含めて高温サウナくらいの温度には慣れていない……いや、あれくらいになると気温の高い場所に住む人でも、慣れるとかそういう問題じゃないかもしれないけど。
逆に、現在のセンテ周辺みたいに極寒な状況にも慣れていないんだけどね。
そんな中、灼熱の空気に晒されて、今は極寒の空気に晒されている状況なんだ、魔物でなくとも逃げ出したくなるのは当然とも言える。
「フィネさんの考えが正しいなら、ヘルサルの外壁を越えようとしたのは」
「おそらく、熱気や冷気から逃げるためと考えられるでしょう。実際には、魔物の様子なども見てみないとわかりませんが……理性なく、本能で動く事の多い魔物が、すぐ近くでセンテでの異変に晒された場合、棲家を捨てて逃げるのも当然かと」
「確かにそうですね」
命の危険を感じる程の熱だったし、今は逆に凍えてしまう冷気なわけで。
そんなの、本能で動く者程危機を悟って、無理をしてでも逃げようとしたくなるよなぁ。
だから気温としては安全なヘルサルに向かって行っている、と考えられるわけだ。
「それか、もしかしたらヘルサルを越えようとしている……?」
「まぁ、そこは魔物じゃないとわからないかもしれませんね。リーバーのようにこちらの話を聞いてくれればいいんですけど…」
「リーバーとか、協力してくれるワイバーンは特殊ですからね。基本的に魔物と話せると思うのは危険でしょう」
フィネさんの言う通り、リーバー含め協力してくれているワイバーンは全て、帝国が核から復元した。
その際に、俺にはわからないけど何か特殊な方法を用いて人の言う事などを聞くようにしたり、本来ないはずの能力……爆発だとか、再生能力などを付与させた魔物だ。
だから、それ以外の魔物が同じようにこちらから話しかけて聞いてくれると考えるのは、危険だね。
リーバー達以外の魔物は、これまで全て人間を見ると襲い掛かってくるようなのばかりだったから。
破壊神であるロジーナが創って、世界に破壊をもたらす存在か助けになるように、というような事を言っていたから、基本的にはわかり合えないと思っていいだろう。
リーバー達は特殊な例として考えておいた方がいいはずだね。
「なんにせよ、帰りにでもちょっと様子を見てみようかな? いやでも、暗いとよくわからないか……」
魔法が使えなくなっているから、他に優先する事が少ないので様子を見るか、ある程度ヘルサルに向かう魔物を討伐してもいいかなとは思う。
けど、森から出てきている魔物ならまだしも、森の中にまだ潜んでいる魔物を観察したりなどは、完全に日が落ちている状況では難しい。
いくら、エルサに頼めば魔法で明かりを作って照らしてくれるとはいってもね。
「そうですね……夕食を食べてくらいならまだしも、あまり遅くなるとモニカさん達が心配するかと」
「散々心配させちゃっていたから、これ以上はさすがにね。明日とか、明るいうちに暇があれば様子を見るようにします」
とりあえず、魔物達はヘルサルの冒険者さん達でなんとか抑えられているんだし、王軍も到着するんだから心配はないだろう。
ヘルサルの周辺にこれまでもいた魔物達で、レッタさんが関わっていたり、特別強力な魔物はいないみたいだからね。
なんとなく、大きな事にはならないような予感があるし……いや、予知とか予感で先の事がわかるわけじゃないんだけど。
そんな話をフィネさんとしながら、暗くなって俺達に気付く人も少なくなったヘルサル内を歩き、マックスさん達が待っているであろう獅子亭へと向かった――。
――結構遅い時間になったからか、俺達が獅子亭に到着する頃には営業を終了させていて、お客さんはもう誰もいない様子だった。
「おう、リク。お疲れさん。話は無事に終わったのか?」
「はい。クラウスさんやヤンさん達と、これからの事も含めて全部話してきました」
獅子亭に入ると、マックスさんとマリーさん、それから獅子亭で働く人達に迎えられた。
カテリーネさんは奥の厨房で営業後の片付け、カーリンさんとルディさんはまかない作りをしているようだ。
「ちょっと待ってろ。今ルディとカーリンが料理をしているところだ。俺達がいない間に、どれだけ上達したか楽しみだ」
「あまりそういうことを言っていると、カーリンやルディに抜かれた時のショックが大きいわよ、あなた」
「む、まだまだ抜かれたりはせんぞ!」
「ははは……」
マリーさんに言われて、声を大きくするマックスさん。
手伝ってくれている、あまり俺の知らない店員さん達もいるけど、その人達ともいい雰囲気で談笑。
皆、マックスさん達が無事で戻ってきた事を喜んでいる様子だ……俺も歓迎されたけど。
そうしていると……。
「マックス、マックスはいるか!? いや、カーリンの方が重要か!!」
など、とても聞き覚えのある男性の声と共に、獅子亭の入り口が大きく開け放たれ、大柄な人が入ってきた。
「……ヴェンツェルさん!?」
「ヴェンツェルか! って、俺よりもカーリンの方が重要ってのはどういう事だ。いきなり飛び込んできておいて……」
「む……? リク殿?」
飛び込んできた人はヴェンツェルさん……声に聞き覚えがあって当然だね。
そのヴェンツェルさんは、驚く皆の中に俺を見つけて訝し気な表情になった。
怪しんでいるとかではなく、何故ここにいるのかという感じかな。
ちなみに、カーリンさんが優先と言われたマックスさんはスルーされ、「おい、無視か!」と声を上げていたりした――。
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