上 下
1,285 / 1,903

一瞬の隙で致命的な負傷

しおりを挟む


「ぐっ! がっ! き、効いていない……のか……がふっ!」

 私の左腕が浅くキマイラの爪に斬り裂かれ、右の膝から下にオルトロスの牙が突き刺さる、さらに胴体にはオルトロスのたてがみになっている蛇のいくつかが噛み付く……。
 負傷やむなし、覚悟をしていた痛みなどに耐え、叩きつけたはずの剣は布にでも触れたかのような、微かな感触を手に残し、地面に深く刺さる。
 手応えなし、魔物を倒したような感覚はない……愕然とする私に、どの魔物がやったのかもわからない衝撃により、大きく弾き飛ばされた。

「がっ、ぐぅ……!」

 続く全身への衝撃……飛ばされて地面に叩きつけられたからだろう。

「は、はぁ……つぅ……あ……」

 痛みに耐え、ようやく止まった私の体を立ち上がらせる。
 全身から力が抜けていく感覚に晒されながら、歯を食いしばって立ち上がった私にだがしかし、きゅそくに視界が揺れて足から力が抜けた。

「アマリーラさん、大丈夫ですかい!」

 誰かの声、近くにいた冒険者だろうか……? 聞き覚えがあるような気がする。
 そう、確か西門からラクトスへの道を切り開く時に、協力した冒険者の男だ……決死行になるとわかっていても、魔物を打ち倒し、ついてきた見込みのある者だったと記憶している。
 そういえば、この戦場にも前線に配置されたのだったな、いや志願したのか? どちらにせよ、距離を取って周囲の魔物と戦っていたはずだが……。
 私はそこまで弾き飛ばされたのか。

「え……えぇ……私の体、どうなっている?」
「ひ、酷い怪我です。すぐに手当てしなくては……」

 意識がはっきりしない、痛みも感じなくなりかけている……長年の経験から、これはまずい状態だというのを自覚する。
 男の言葉通り、すぐに手当てしないとまずい事になるのは、自分でもわかっていた。
 けど、それでも私は地面に手を突いて立ち上がろうとする……あぁ、私は倒れていたんだな。

「……でも、まだ戦っている二人がいる。私がここで下がるわけにはいかない……」
「で、ですが!」
「手当をしたって無駄だ! 怪我だけじゃないからな……」
「ま、まさか……オルトロスの!?」

 そう、私の体……怪我の具合はわからなくなってきているのに、体を蝕む……いや、意識すら蝕む何かが内部に入り込んでいるのがはっきりとわかる。
 オルトロスのたてがみとなっている蛇、それらに噛まれた時だろう。
 毒を流し込まれた。
 毒の量はわからないが、今すぐ手当てをしたとて流れる血と体力、毒に抗う力はもう私に残っていない。

 解毒薬はあるはずだ……王軍が駆け付けた時に物資を持って来てくれていたから。
 だが、解毒している間にも体力が失われ、そして手遅れになる。
 それが自然と私自身にわかった。

「最後の力を振り絞ってでも……あいつは……あいつがいる事を報せなければ……」
「……っ!」

 歪んでいる視界で、男が私から目を逸らす。
 それはそうだろう、血だらけとまではいかなくとも酷い怪我をし、毒を受けて顔から血の気が引いていると思われる私だ、とてもじゃないが見られたもんじゃない。
 けどそれでも、ヒュドラーと今も戦い続けているあの二人に、私が見つけたあの存在を伝えなければ。
 足止めはもう無理だ……あれは絶望の存在。

 決して敵対してはいけない魔物なのだから……。
 リク様には今の私の不甲斐ない姿を見せたくないが、それでもユノ殿とロジーナ殿に撤退をするように伝えたい。
 そして、その援護となるのならば……私の身を使ってでも、あの二人を守らなければ。
 私などよりも、あの二人の方が……悔しいが、ユノ殿とロジーナ殿の方がきっとこれからリク様の役に立つはずだ。

 そして、足止めは失敗し、大きな被害が出たとしても、リク様が到着されれば必ず。
 絶対にあの魔物とヒュドラーを倒してくれるはずだから……。

「くっ! はぁ、はぁ……! うぐ……ん?」

 荒くなる呼吸、痛みすらよくわからなくなった体をなんとか立たせ、力の入らない足に気合を入れる。
 オルトロスに噛まれた右足、かろうじて千切れてはいないのがありがたいが、それを引きずりながらも、未だ劣勢を強いられているはずのユノ殿達の所へと向かう。
 だが途中で意識が霞み、上下がわからなくなった瞬間、体がぐらりよ揺れた。
 倒れる……そう思った瞬間に、何かが私を支えてくれるのを感じた。

「もう少し、自分を大事にして下さい。冒険者は、自分の命、仲間の命を大切にするのが鉄則ですよ……!」
「お前……私は傭兵であって冒険者ではないのでな。だが、覚えておこう」
「えぇ」

 私を支えてくれたのは、先程目を逸らした冒険者の男。
 その男は、私に説教でもするつもりなのか、歯を食いしばりながら絞り出した言葉はだが、今の私にとって踏みとどまる理由になり得た。
 自分の命、そして仲間の命か……そうだな。
 長くはないが、ユノ殿もロジーナ殿も、協力して戦った仲間だ……もちろん、今回に限らずセンテを囲む魔物と共に戦った者達も全て。

 ならば、その仲間のために、仲間の命を救うために自分の命を使う事だって、大事にしていると言えるはずだ。
 見込みがあるとは思っていたが、この状況で私に感心させる男とはな……今回の事が終った後に、リク様に末席に加えるよう進言しても良いかもしれない。
 それくらいには、私を支え、共にヒュドラーと戦う二人の下に向かってくれる男の事を気に入った。
 もちろん、リク様には足元にも及ばないが……それは私も同様だな。

「くっ……はぁ、はぁ……お前、名前は……?」
「トレジウスです。俺の名前なんてどうして今?」
「いや、覚えておこうともってな。もっとも、覚えていられるのももう少しの間だけかもしれんが……」

 支えられながらも、今まだ激しく魔法が降り注ぎ、衝撃が遠くまで響いている場所……つまり、ユノ殿とロジーナ殿が戦っている場所へ向かっている。
 だが、毒の苦しさが全身を回り、痛みはもうほとんど感じない代わりに、血が流れているためか体力が失われているのがはっきりとわかった。
 それでも、助けてくれているこの男の名前は、脳裏に刻んでおきたいと考えただけの事。
 リク様には及ばなくとも、力では私に敵うどころか未熟であっても、私を支えて死地に赴こうとする心意気は称賛されるべき事だと思ったからだ。

「アマリーラさんに覚えてもらえるってだけでも、頑張る甲斐があるってもんですよ。一部の冒険者ギルドでは……いえ、一部の冒険者の間では有名な方ですから」
「私の事を知っているのか?」

 私自身、その一部の冒険者とやらで有名だという理由に心当たりは……三つか四つくらいはあるな。
 まぁ、どれも取るに足らないバカバカしい理由なのだが。

「もちろんです。誰ともパーティを組まず、孤高を貫く冒険者……いえ、傭兵でしたね」
「ふん、誰もかれもが自分の力を過信し過ぎていたからだ」
「Bランク冒険者ばかりのパーティからの誘いも、断ったらしいじゃないですか? 過信しているかはともかく、実力は確かだったでしょうに。俺のようなCランク程度でくすぶっている奴からすれば、羨ましい限りですよ」


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

処理中です...