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足止めの限界

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「さっき、北の方の空で、黒い何が見えたが……あちらで何かが起こったのだろうな」
「確かに、何か見えましたね。すぐに消えましたが」
「あれは一体なんだったのか。まぁ、俺達に計り知れるわけはないが……何かがあったのは確かだな」

 少し前、リクがヒュドラーと戦っているはずの北側の空に、不吉な感じのする黒い何かが見えた。
 それは昔、俺がヤンやマリー達と共に遭遇し、一目散に逃げだした魔物に似ているが……ヤンもそれは思ったようで、もしやと言っていたまさかな。
 ヒュドラーが三体いる、というだけでも歴史に残るだろう状況だというのに、さらに討伐不可能とまでされている魔物が出て来るわけがない。

「リクさんがいるはずなので、大きな問題は発生しそうにはありませんから、あちらはあまり気に寿しない方が良さそうですね」
「わからんぞ? リク様がその何かを発生させているという可能性も……」
「怖い事を言わないで下さい、元ギルドマスター!」
「まぁ、何かがあってリクが遅くなっているだけ、と考えておこう。今は、この場を乗り切らないとな」

 北側で何が起こっているのかなど、今ここでわかるわけもなく。
 リクが何かやらかしてしまう……というのは俺も頭の片隅で想浮かべた事ではあるが、あのリクだからな。
 多少周囲が迷惑する事があっても、絶対に多くの犠牲者を出すような事はしないと信じている。
 そもそも、ヒュドラーと一人で戦って倒し、さらに別の足止めしているヒュドラーに向かう……という事自体が無茶なのだから、戦闘前の想定より遅れるくらいの事はあるだろう。

「気を付けて! ガルグイユが狙っているわ!」
「この声……フィリーナか!」

 リクを待つ間、これからどうヒュドラーの攻撃を凌いでいこうか……と考え始めた直後、後方からフィリーナの叫び声。
 おそらく、風の魔法で声を増幅させたのだろう。
 フィリーナは、中央の王軍で司令塔に近い役割を担っていて、何がどう特別なのか俺にはわからない目で魔物達を監視している。
 そのフィリーナからの忠告だ、俺の目に見える範囲でガルグイユは見当たらないが、どこかにいて俺達を狙っているのは間違いない。

「っ! 上か!」

 周囲を見回して警戒する俺に、何か不吉な予感……いや、長年の経験による勘だろうか。
 殺気や殺意といった類の気配に似た何かを感じ、空を見上げるとそこには……。

「火に氷……数が多い!」
「ちぃ! 魔法鎧なら、当たってもなんとか耐えられるだろうが……」
「いや、俺達が身に付けている魔法鎧も、ヒュドラーの攻撃で大分ダメージを負っている! 過信するのは危険だ!」

 火球、先の鋭い氷の塊など、十を越える魔法が巨大なヒュドラーの頭上を越えて、俺達へと迫って来ていた。
 これまでこんな事はなかったんだが……集団となってこちらへ向かっているくせに、種族の違う魔物同士で協力や連携のような動きは一切見られなかった。
 それこそ、ヒュドラーを援護するような魔法なんて今まで一度も……。

 いや、援護というより俺達を敵とみなして、ただ攻撃しているだけなのかもしれないが。
 しかし迫って来る魔法、位置が悪い!

「ぬんっ! 二人共、できるだけ避けろ!」

 盾を倒さないよう地面に突き刺し、上から降り注ぐ魔法に当たらないよう身をよじる。
 適正な距離を取っているヒュドラーからならともかく、直上に打ち上げられた後に俺達の真上から落ちて来る魔法は、盾では防ぎきれない!
 いや、持ち上げれば防ぐ事くらいはできるのだろうが、大きな魔法鎧に身を包んでいるせいで、俺一人分しか守れないからな。
 三人共が盾の下に潜り込むなんて不可能だ。
 
「ふっ……ぬっ! な、なんとか!」
「ぐぬっ! ぐあっ! ちぃ……!」

 ヤンは疲れからこれまでよりは鈍いながらも、なんとか体を動かして火球や氷の塊をと避けている。
 だが、元ギルドマスターの方は腕の痛みもあってか、やはり動きが鈍くいくつかの魔法に当たってしまっている。
 当たった場所から、魔法鎧が壊れて行っているようにも見えるな……元ギルドマスターは、これ以上は危険か。

「ギギャギャギャ!!」
「ちぃ! こんな時に!」

 俺達が地団駄を踏んでいる様子を、高い場所から見下ろしてチャンスだと思ったのか、ヒュドラーからの攻撃。
 さっき、真上からの魔法を避けるために地面に刺していた盾を手に取り、体を使って支える。
 ……頭上からの魔法に向けていたら、防御が間に合わなかったかもしれないな……。
 迫るヒュドラーの攻撃は、一番効果があると思われているのか撒き散らされる炎。

「マックスさん!」
「マックス!」
「ぐっ……くっ!」

 ヤンと元ギルドマスターの叫び声を背中に受けながら、炎の勢いに押されないよう、全力で盾を押し出す……が……。

「まずい!」

 ピキッ……と、一瞬なんの音かわからなかったが、持っている盾……タワーシールドに亀裂が走ったのが見えた。
 おそらく、耐久力の限界なのだろう。
 これまでよくヒュドラーの攻撃を耐えていた、と自分の持つ盾を称賛してやりたいところだが、このタイミングは危険だ!
 ヒュドラーは炎を吐き終わり、次の攻撃の動作に入っているのだから……。

「ギャギー!」
「ヒシャー!!」
「……よりにもよって!!」

 炎の次は、溶岩石と岩石を別々に吐き出すのが見えた。
 岩石は大きく速度が速いため、単純に衝撃が強い。
 溶岩石は大きさも速度も岩石程ではないが、通常の金属なら溶かしてしまう程の熱量だ。
 その二つが……溶岩石が口から撃ち出され、追従するように岩石も撃ち出される。

 酸で融かし、風や炎、氷で弱らせて止めを溶岩石と岩石の連続で……というヒュドラーなりの必勝パターンみたいなものなのかもな。
 よもや、俺の持っている盾に亀裂が入ったのを見たわけではないだろうが、それでもこの二つの衝撃に今耐えられるとは思えないが。
 とにかく、今の盾でこの二つの攻撃を耐えられる気がしない。
 後ろにはヤンと元ギルドマスターの二人……さらに後方には、石壁から前に出ている兵士達。

 俺が避ければ、溶岩石と岩石がそのまま後ろにいる奴らに向かうだろう。
 ……盾を持ち、最前で守る役目をしているのだから、避けるわけにもいかんな。
 マリーやモニカには怒られそうだが、俺は俺の信念のもとに守り通す!

「っ……二人共、すぐに下がれ! いや逃げろ! これは耐えられるかわからん!」

 後ろにいるヤン達に叫び、少しでも勢いや威力を削ぐために再び盾へと力を込める。
 二人はどうしているだろうか……俺の叫びに反応して、離れてくれているといいのだが。
 後ろを振り返る暇もなく、直後に来るであろう衝撃を予感して身を固めた。
 願わくば、盾が壊れても魔法鎧が、そして俺の体が、後ろにいる奴らを守ってくれるように……。

「……マックスさん! くぉのぉ!!」

 衝撃に備えていた俺の耳に、ヤンの物でも元ギルドマスターの物でもない、別の声が聞こえた。
 聞き馴染みのある声、モニカなら歓声を上げるだろう覚えのある人物の声だ。
 これは、救いの声とでも言うのか……?

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