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臭さは気配と関係ありません
しおりを挟む「気配の薄さは間違いないのだわ。臭いも薄かったし……ハッ! 臭いのとも関係あるのだわ!?」
「いや、それは単純に酷い怪我をしている人が少なかったからだと思うよ」
エルサが頷いた動きを頭で感じた後、ハッとなって的外れな事を言っている。
臭いに関しては、使っている薬品の種類が少ないとかなだけだと思う……血が止まらない人もいなかったし、消毒薬と人が多い事による汗の臭いがほとんどだった。
俺より嗅覚が鋭いエルサが、特別な何かの臭いを感じているとかなら話は別だけど……そんな感じじゃなかったからね。
「臭いって言ったのは冗談なのだわ」
「……冗談を言っているようには、聞こえなかったけど」
結構、真剣な声音だったから。
「……それはともかくだわ。気になる事を言っていた人間もいたのだわ」
「気になる事?」
「年端も行かない少女が大活躍、だわ?」
「あぁ、あれかぁ……」
誤魔化すように言うエルサが、何を気にしているのか一瞬わからなかったけど、怪我をした人達が話していた事をまとめた一言で思い出した。
なんでも、ここ数日……具体的には、俺が魔物の大群に突っ込んだシュットラウルさんを、連れ戻した後くらいかららしいんだけど。
十歳前後のどう見ても子供にしか見えないような、小さな女の子が兵士や冒険者さん達に混じって、魔物を蹴散らしているとか。
それより前に怪我をして収容所に運び込まれた人は、その女の子の事を知らない様子だったので、時期はほぼ間違いない。
最初その女の子が東門に現れた時は、迷子と思われて避難させようとした。
けど、保護しようとした人を殴り、もしくは蹴り飛ばして門を突破……まさか街の方から小さな女の子が出て来ると思っていなかった、兵士さん達は意表を突かれた形で魔物への突撃を許してしまったと。
随分乱暴な形だけど、魔物の群れに突撃した女の子がやられると思い、多くの兵士さん達が焦って助けに行こうとした瞬間、一瞬でその女の子に群がろうとした魔物達が弾き飛ばされたんだとか。
「なんというか、見覚えというか聞き覚えがある気がするんだけど……?」
「でも、ユノは南でソフィー達を手伝っているのだわ。東に現れるはずがないのだわ」
「そうだよねぇ」
小さな女の子が、単独で魔物に囲まれても臆さずむしろ圧倒する……というのは、ユノがやるのを何度か見ている。
だからもしかして? とその話を聞いた時には思ったんだけど、そもそもユノはソフィー達と一緒だし、宿で話した時にはそんな話を一切していなかった。
というか、兵士さん達は全員じゃないにしても、ユノを見た事があるし間違える事はないはずだ。
あと、その女の子は素手で武器を持っていなかったらしいから、ユノとは別人なんだろう。
話を聞く限りでは身長その他がユノより小さいらしいし、ユノは剣と盾をいつも持ち歩いているし……後がま口財布を首から下げているという目印もある。
「今は、兵士さん達が武器を渡して、それで戦っているらしいけど……」
「自分達より強いからって、ぽっと出の子供に武器を渡して戦わせるなんて、プライドがないのだわ?」
「まぁ今は、とりあえず協力してくれる人が欲しいみたいだし、マックスさんやマリーさんも認めているみたいだからね」
俺は、戦闘への協力を断られたけど……まぁ、理由がある事だしこれはいいか。
その女の子は、一部の部隊を指揮しているマックスさんやマリーさんも、戦闘に出る事を認めているらしく、それもあって兵士さんや冒険者さん達に受け入れられているんだとか。
……マックスさんは最初止めようと悩んでいたらしいけど、マリーさんの一声で決まったらしい……マックスさん、マリーさんに弱いからなぁ。
「経緯はどうあれ、あの二人が認めているって事は大丈夫って事なんだろうけどね」
「意外と、ユノの事を知っているからかもしれないのだわ」
「それもあるかも」
ユノの強さをある程度は目の当たりにしているから、それと重ねて認めたという可能性もある。
見た目で判断せず、実際の強さで判断するというのは随分前にユノを試した時、よくわかっているはずだし。
「まぁでも、おかげで重傷者が少なくなっているみたいだから、助かるけどね」
そう、その女の子が活躍してくれるおかげで、無理をして酷い怪我をする兵士さんが減っているのは間違いない。
治癒魔法で治療できるのなら、怪我の大小は問わないんだけど……痛みや何かで大きく苦しむ人が少ないのはいい事だ。
「最初は静止しようとした人間も、殴って弾き飛ばしたのにだわ……」
「大きな怪我をする人が出ないように、立ちまわっているらしいからねぇ。……最初に弾き飛ばされた兵士さん、収容所にいたんだけど」
兵士さん達が大きな怪我をしてしまわないよう、盾部隊などとは違った方面から立ち回って八面六臂の活躍をしていると話をしていた。
その話を横で聞いていた兵士さんは、女の子を止めようとして蹴り飛ばされた人だったけど。
一応、そこまで大きな怪我ではなくて、打撲程度だったから……いいのかな?
ともあれ、そのおかげで東側の怪我人収容所の雰囲気を明るくしている、一因にはなっていると思う。
もしかしたら、その女の子のおかげでエルサの感じる気持ち悪い気配が薄いとか……?
いや、あまり関係ないかな? わからないな……。
効果の程はともかく、小さな女の子で大人顔負けどころか異常とも言える強さ……有無を言わさない強引さ。
よく知っている人物に似ている感じがする事も、なんとなくその女の子を一つの人物像として導き出そうと頭が働いている。
「……リク、私は一つ面倒な可能性に行き着いたのだわ」
「奇遇だね、俺もだよ。けど……さすがにね?」
「だわ、さすがになのだわ。うんうん、違うのだわ」
「だよね……そんな事はないよねー」
空々しい会話をしながら、お互いが考え付いた内容を明言せずとも共有し、それぞれに否定し合ってこめかみから流れる冷や汗のようなものは気付かないふりをして。
暗い夜道を歩いて宿へと向かった……うん、夕食を食べないと。
想像した内容のせいで、あんまり食欲がわかないけど……食事はしっかりとらないといけないよね、うん。
その女の子は、日が出ている間に出没するらしく、どこから来ているのかを誰も知らないようなので、様子を見に明日は必ず東門に向かう事を、心に決めていた――。
「と、いうわけで来てみたんだけど……」
翌日、朝食を食べつつソフィー達と話してから、俺はエルサと一緒に東門へ。
来てみたのはいいんだけど、数日前に来た時とは違って門の内側は閑散としていた。
本来開閉可能な門は、エルサの失敗によって破壊されたので今はないけど……その場所には二列に兵士さん達が配置されて、人の壁を作っていた。
前列が盾を持ち、後列は魔法補助の杖を持っているので、マックスさんとマリーさんが指揮していた部隊の一部のようだ。
その壁の向こう側は見えないけど、こちら側……つまり街の中は、前回来た時には兵士さん達がひしめき合っているくらいだったのに、今はほとんど見かけない。
いや、交代で休憩中っぽい兵士さんはいるし、物資や人は行き交っていて有事なんだなとわかる雰囲気のままではあるんだけどね。
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