上 下
1,191 / 1,903

陽気な怪我人と気配の薄さ

しおりを挟む


 東側の怪我人収容所の人達が、怪我をしていても明るいのは……まだ続いている戦闘の状況をよく知っていて、なんとか凌ぐだけだった以前とは違って押し返しているからだろうか?
 ここにいる人達もそうだけど、東門の状況がいち早く報せられる事も影響しているっぽいけど。
 あと、王軍ももうすぐ来る事なども含めて、こちらが優勢になってもう覆らないだろうとわかっているからかもしれない。

「はいはーい、それじゃ治療しますよー」
「お、お願いしますリク様!」
「次はこっちでお願いします」
「お前はもうほとんど治りかけだろうが。次はこっちだ!」
「いやぁ~リク様の魔法は凄いですねぇ~。なんとなく気持ち良くなって癖になるくらいでした~」
「いや、俺の魔法にそんな効果はないと思うんですけど……ただ怪我を治すというか、その人が持っている治癒能力を増幅させるだけですし……」

 兵士さん達の軽口に俺も混ざりながら、何やら治癒魔法を怪しい効果のある魔法と誤解されかねない事を言う女性兵士をたしなめつつ、治療に精を出す。
 その中で気になったのは、怪我の治療に対してや魔物と戦った事を感謝されたりもしたんだけど、俺がいたからとか、俺がいれば大丈夫……みたいに言う人が少なかった事だ。
 気になったというより、街の人達と少し違う考えをしているんだな、と思った。
 もしかすると、これがシュットラウルさんの言っていた、俺に頼りきりにならず自分達でなんとかしようとする心構え、みたいなものの結果なのだろうか?

 だとしたら、最後まで俺が魔物を倒し切るようにしなくて、本当に良かったのかもしれないね。
 頼られるのは嫌いじゃないけど、俺だってなんでもできるわけじゃないし、なんでもかんでもお願いされるようになるのは困るから……。


 そんなこんなで、おおよそ怪我人の治療をしているとは思えない程、和やかな雰囲気で収容所にいる人達の治療が終わった。
 エルサが騒ぎそうだったので昼食を頂きつつ、治療を終えた頃には、すっかり日が落ちて暗くなっている。
 怪我そのものは大した事がなくても、数が多いから結構時間がかかってしまった……魔法は個別にかける必要があるからね。
 もう少し、治癒魔法を使う人を減らそうかとも思ったけど……戦線復帰する事で、今も戦っている人達の援護になると考えたら、つい治療の手を緩められなかった。

 不公平にもなるから、大勢の人がいる中で魔法をかける人とかけない人で差を付けるのが、いやだったのもあるかな。
 まぁ、一部の陽気な兵士さん達の様子を見るに、不満を漏らすような人はいなさそうだけども。
 ……怪我が治った事で、遅くとも明日にはまた戦闘に参加しなきゃいけない……と、暗い表情をしていた人もいるにはいたけど、頑張って欲しい。

「おかしい、おかしいのだわ……」

 治療を終えたテントから出て、全ての治療が終わった事を確認してから収容所を離れてすぐ、エルサがしきりに首を傾げているような動きをしつつ、ブツブツと呟いている。
 見えないけど、なんとなくくっ付かれている頭から感じる動きで、首を傾げているってわかるんだけど。

「何がおかしいんだ、エルサ?」
「……さっきの場所、他の所よりもむしろ気配が薄く感じたのだわ。おかしいのだわ」
「それって、他の収容所とかと比べてって事だよね?」
「そうなのだわ。いやむしろだわ、街全体を覆っているような気配のどこよりも、薄く感じたのだわ」
「怪我人収容所どころか、街全体でかぁ……」

 宿への道を歩きつつ、ブツブツと言っているエルサに聞いてみると、東側の収容所では気持ち悪い気配というのが薄く感じられていたらしい。
 しかも、街全体と比べてって事は、かなり希薄な気配になっていたんだと思われる。

「もしかして、だから俺が治療する時、怪我人をジッと見ていたりしたの?」
「そうなのだわ。何か、あそこにいた人間に理由があるんじゃないかと、探っていたのだわ」

 結構、エルサにじっくり観察されて、居心地悪そうにしていた人がいたからなぁ……俺が考えていた理由とは別の理由があったのには驚きだけど。

「それで、何かわかったの?」
「まったくわからなかったのだわ。他の怪我人がいた場所より、笑っている人間が多かったくらいなのだわ」
「……んー、もしかしてだけど……気配が薄い理由ってそれなんじゃないかな?」
「だわ? 笑っている、のが理由なのだわ?」
「ふと思っただけなんだけどね……」

 不思議そうに俺へと聞いて来るエルサに、思った事を伝える。
 これまで、気持ち悪い気配が濃い場所は酷い怪我人が多く、苦しんでいる人が多かった。
 さっき東側で治療した人達のように、軽口を言ったり笑ったりするなんて絶対なかったくらいに。
 エルサの感じている気配が、魔力ではないのでなく街全体を覆っていると考えて、もしかしたら 人の感情が関係しているのかな? と思ったわけだ。

 ユノもよくない気配や雰囲気と言っていたし、収容所では確かにそういった暗くて重い雰囲気が漂っていたから。
 そして東側だけは、戦闘状況や怪我が軽傷なのもあって、笑っている人や冗談を言う人など、総じて明るい雰囲気だった。
 それこそ、魔物に囲まれる前のセンテですらあまり感じられなかったくらい、朗らかというか和やかというか……。
 思い悩んで重い空気や雰囲気と言ったり、明るく笑って雰囲気や空気が軽くなる……という事だってあるわけで。

 だったら、気持ちの悪い気配が薄まったり濃くなったり、という事があってもおかしくないんじゃないかな?
 なんて、人の感情が街を覆ってユノやエルサに良くないと思わせるようなものになるか、なんてわからないんだけど。

「つまり、リクは人間の感情が街を覆っている、と考えているだわ?」
「一つの案というか、考え方ってだけだよ。魔力じゃなくて、目に見えない何か……と考えたらもしかして? ってね。ほら、寂れていたり問題を抱えていたりする村や街を、重苦しい雰囲気や空気が覆っている、なんて言ったりするでしょ?」
「それは……比喩的表現? なのだわ。けど、あながち外れてもいない気もするのだわ……」

 人の感情が本当に街を覆う程になるのかはわからないけど、そういう事だってあると思う。
 空気の悪い場所や、反対に凄く明るくて人々が生き生きしている場所に行くと、なんとなく気配というか雰囲気を感じられたりするからね。
 それが多くの人には感じられず、エルサやユノくらいしかわからない程度に薄く、街を覆っているのかもしれないし。
 まぁ、想像というかちょっと思いついただけの理屈なんだけども。

「まぁ、本当に人の感情が影響を与えているのかはわからないけど……今日行った東側の怪我人収容所では、気配が薄かったというのは間違いないみたいだね」

 俺はエルサやユノ程はっきり感じられないけど、それでもなんとなく他の場所とは違う感覚があったような気がする。
 気がするってだけで、すっごく曖昧だけども。
 もう少し、俺にもわかるような感覚があればいいんだけどなぁ――。


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

処理中です...