上 下
1,124 / 1,903

突出する二人の獣人

しおりを挟む


「一部……いえ、二人の獣人が指示を無視して突撃し、引かぬのです。まだ門の内側に全員が引いたわけではないので良いのですが、退避が終わった時に門を閉めるまでに戻って来るか定かではありません。冒険者達が多く、こういった全体で合わせた動きは苦手な部類で少し遅れ気味でもありますが……」
「獣人、二人……」

 東側の兵士さん達は訓練されているし、一部マックスさんのように元冒険者が混じっているとはいえ、集団行動ができる人達だ。
 けど、こちらは冒険者……少人数での行動ならともかく、大人数での集団行動に慣れていない人ばかり。
 多少遅れるのは仕方ないにしても、引かずに戦い続ける二人の獣人か……もしかしてだけど。

「それって、アマリーラさんとリネルトさんじゃないですか?」
「おぉ、そういう名でしたな。侯爵様からこちらの防衛に当てられた者達のうち、二人です。魔物達に突撃しても、確実に戦果を挙げて無事に戻って来る実力者ではあるのですが」

 やっぱり、アマリーラさん達の事だった。
 シュットラウルさんは、アマリーラさんが集団での連携が苦手とは言っていたけど、こういった作戦や指示に従わない人ではないはずなんだけどな。
 元ギルドマスターは、その二人がまだ門の外にいる状況で、他の人達が内側に入った段階で門を閉めていいのかどうか迷っているみたいだ。
 二人のために、多くの人を危険に晒すわけにもいかず、さりとてこれまで活躍してくれた二人を見捨てるような事もできず……ってとこかな。

「わかりました。二人とも知り合いなので、何かできないか考えて見ます。えっと、どこにいますか?」
「よく見れば、すぐに見つかります……ほら、あそこですね」
「あー、確かに……」

 もしかしたら、俺から言えばちゃんと引いてくれるかも? という考えから、アマリーラさん達の事を請け負う。
 どこに突撃しているのかと思えば、魔物達が群がって一番密集していそうな真ん中付近で、一瞬おきに魔物が空を舞ったり、一瞬だけ空間が空いたりしている部分があった。
 二人が戦っているからだろう……すぐに周囲の魔物が押し寄せて、空いた空間などは塗りつぶされてしまっているけど。

「それじゃ、あっちはなんとか……うーん、近付けるかな?」
「あんまり近寄り過ぎると、うじゃうじゃいて気持ち悪い魔物が飛んできそうなのだわ。……結界を壁にしても、触りたくないのだわー」
「気持ち悪いって……まぁわからなくもないけど。でも二人をこのままにしてちゃいけないからね。できるだけ近付いてもらえる?」
「はぁ……仕方ないのだわー」
「頼みましたぞ、リク様!」

 気持ち悪いというエルサの言葉はよくわかる……魔物達が密集して黒く染まる平原は、蠢いていて一つの生物のようにも見える。
 エルサじゃなくても、あの中に飛び込んだりすると考えるだけで鳥肌ものだね。
 ……アマリーラさんとリネルトさんは、よくあんな所に突撃して入り込めたなぁ……まぁ、上から見なければそうでもないのかもしれないけど。
 とにかく、二人があんな所にいたままじゃ殲滅するために、何かをしようにも巻き込んでしまう可能性……どころか確実に巻き込んでしまう。

 元ギルドマスターも困っていた様子だし、知らない二人じゃないから巻き込みたくない。
 まぁ、知らない人じゃなくても巻き込みたいとは思わないけど。
 とにかく、溜め息を吐いたエルサが了承し、手を振る元ギルドマスターやアンリさんに見送られて、アマリーラさん達が戦う場所へ向かった。

「貴様らなんぞに! 貴様らなんぞに!」
「アマリーラ様落ち着いてぇ」
「これが落ち着いていられるか! 私達が不甲斐ないばかりに……いや、こいつらが絶えず押し寄せるから、リク様の手を煩わせるのだ!」

 近づくと、豪快に剣を振り回して魔物達を空に舞い上がらせながら叫ぶアマリーラさん。
 随分荒ぶっておられる。
 それをなんとか宥めようとするリネルトさんってとこかな……的確に、アマリーラさんや自分に近付く魔物を寄せ付けないよう、素早く動いているのはさすがだ。
 ……二人共、特にアマリーラさんは、俺の想像通りの戦いぶりだなぁ……っと、見ているだけじゃいけないな。

「おーい、アマリーラさん、リネルトさーん!」
「ふんっ! これしきで私をどうにかできると思うな! せやぁ! むぅん!」
「……聞こえてないなこりゃ」

 数メートルくらいの距離で、アマリーラさん達に声を掛けたんだけど……戦闘に夢中で気付いてくれない。
 すぐ上を見てくれたら、エルサに気付いてくれるはずなんだけどなぁ。
 アマリーラさんは豪快に、振り下ろされるオーガの腕を片手で掴み、力任せに他の魔物に投げ飛ばした後、剣を振り回して別方向の魔物を斬り裂く。
 オーガの腕を掴んだのもそうだけど、投げ飛ばすのは中々迫力があった……小柄な体のどこにそんな膂力があるのか謎だ。

 なんて事は、俺が力任せに戦っている時に他の人が抱く感想でもあるかもしれない、なんて今更ながらに考える。
 ……おっと、観戦しながら考え込んじゃいけないな。

「エルサ、結界は解いてる?」
「もちろんだわ。向こうの声が聞こえるのだわ?」
「聞こえるね。それじゃ、純粋にアマリーラさん達に聞こえていないだけか……ふむ」
「っとと、アマリーラ様には近付けさせないよぉ!」
「ほらほらほらほら! そんな程度でリク様を害しようなどと、甘い甘いぞぉ!」

 結界は完全に包んでしまうと音も遮断するので、エルサが飛ぶ時に張る結界が原因で向こうに聞こえないかと思ったけど、違うか。
 アマリーラさん達の声も聞こえるからね、こちらの声が届かないなら向こうからも聞こえないはず。
 となると、どうやって戦闘に集中……夢中? ハイになっているアマリーラさんに気付いてもらえるか。
 ……でもアマリーラさん、シュットラウルさんに雇われているんだから、そこは俺じゃなくシュットラウルさんの名前を出していた方がいいんじゃ?

 それか、センテの住人を……とか?
 まぁ、数が多いだけで魔物自体は強いと言えるのがいないから、アマリーラさんの言っている事は正しくもあるんだけど。

「……よし、強制的に隔離しよう! そうしたらきっと気付いてくれるはず!」
「無理矢理なのだわ……でも、そうしないと止まらなさそうなのは確かなのだわ」
「あはははははは!! リク様のため、リク様のため、リク様のためっ……!!」
「……アマリーラさん達がやられるとかよりも、あのまま放っておく方が怖いからね」

 魔物とアマリーラさん達を隔離する事で、落ち着いてもらう事に決定。
 リネルトさんはわりと冷静に見えるんだけど、アマリーラさんはもう見ていて怖い。
 必死と言うより鬼気迫る表情だし、叫んでいる言葉はまるで狂信者。
 変な方向性に目覚める前に、なんとかしないと……もう手遅れかもしれないけど。

「んー……今だ、結界!」

 空からタイミングを見計らい、魔物とアマリーラさん達の間に少しだけ空間ができ、二人が離れていない瞬間を狙って、結界を発動した――。


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...