上 下
1,023 / 1,903

訓練前の兵士さん達への演説

しおりを挟む


「わざわざこんな場所を……もし、俺が断ったらどうしていたんですか?」
「その時は、適当に訓練させていただろうな。街中でこの人数を集めるわけにもいかないし、こういった場所を作る必要があったのだ」
「正確には、リク様が了承して下さってから、一斉に場を整え始めました。一応、兵士達が駐留する場として整えてはいたので、全員でかかれば一日もかかりませんが」

 確かに五百人も街の中に収容できる建物はないだろうし、広場くらいはあっても、訓練するとなるとちょっとね。
 あらかじめ準備されている場所以外だと、こんな風に用意する必要があるんだろう。
 こうして訓練に参加する事になったし、準備してくれた兵士さん達の頑張りも無駄にはならなかったようだ。
 広い場所でも、五百人もいてなんとかなったようだし……草むしり、いや草刈りで腰へのダメージが少し心配だけど。

「それに、最近の出来事から、有事に備えて多少の兵は帯同させておかねばな。リク殿が断わったとしても、無駄にはならんよ」
「まぁ、ルジナウムの事とかを考えると、備えておくに越した事はないんでしょうね」
「あぁ。ヘルサルでの事もあり、領内での兵士運用に関して迅速に準備、行軍するための訓練にもなっている」

 ルジナウムに魔物が押し寄せて来た時、フランクさんは多くの兵士を連れていなかったため、時間稼ぎ以外には非難をする事くらいしかできる事がなかった。
 魔物が集結している事がわかっていても、当初はあれ程の大群になるとは思っておらず、後になって応援を要請しても間に合わなかったんだよね。
 まぁ、キマイラやキュクロプスが大量にいたあの魔物達に、兵士さん達が数百人でどうにかなるかはともかくとしてだ。
 王都での事もあるし、備えあればって事だね。

 シュットラウルさんとしては、ヘルサル防衛戦に間に合わなかったのも気にしているのかもしれない。
 本当はヘルサルでも、時間稼ぎをして援軍を待つ事になっていたんだけど……俺がやっちゃったから、気にする必要はないんだけどね。

「侯爵様。帯同の兵士、整列が終わりました。お言葉をお願いします」
「うむ……」

 整列していた兵士さんは、俺達が話している間に点呼を取っていたんだけど、それが終わったらしく、一際磨き上げられた金属鎧を来た兵士さんが、シュットラウルさんの前に跪いて報告。
 兜は手に持ち、出している顔からはそれなりの風格が漂っている。
 年齢も四十代前後っぽいから、ベテランの兵士さん……指揮官とかそんな立場の人だろう。

「では、ここはリク殿が皆に対して……」
「いやいや、そこはシュットラウルさんでしょう。俺はただ訓練に参加するだけなので」

 報告後、一礼して去り、整列した兵士さん達に交じるベテランさん。
 見送った後、シュットラウルさんがコッソリ俺に耳打ち……だけど、さすがにここで皆に言葉を掛けるのは俺じゃないと思う。
 何か言うにしても、シュットラウルさんが話してからだろう。
 
「ちっ、丸投げできなかったか……」
「今舌打ちしましたね!? しかも丸投げって……」
「何を言っている、私はこれでも侯爵の地位にいるのだぞ? そんな、兵士達へ言葉を掛けるのを面倒がったりはしないぞ?」
「……シュットラウル様、本音が漏れております」

 大人げなく舌打ちするシュットラウルさんに突っ込むと、何やら言い訳。
 アマリーラさんが小さく呟いて注意しているのを聞くに、演説的な事は面倒らしい……本人は否定しているけど。
 なんとなく、こういう事は得意だと考えていたけど、そういうわけでもないんだなぁ。
 俺も、面倒とは言わないけど皆の前に出て話をするとか苦手だし……そもそも慣れる程の回数をやった事はないんだけどね。

「……仕方ないな。先に私から言葉を掛けよう」
「先にって、俺も何か言う事は決定しているんですか?」
「皆、英雄と呼ばれ、数々の功績を挙げたリク殿の話は聞きたいだろう。ほら、兵士達が注目しているのは私よりも、リク殿だぞ?」
「うっ……」

 溜め息を吐くように話すシュットラウルさんだけど、俺から何か言う事は確定しているらしい。
 言われて、整列した兵士さん達の方をよく見てみると、視線のほとんどが俺に向かっているのがわかった。
 思わず怯んで、声を漏らしてしまう……一応、シュットラウルさんの方を見ている人もいるようだけど。

 パレードの時も多くの人から注目されたけど、あの時は俺以外にも姉さん達がいてくれたし、移動もしていたからなぁ。
 止まっている状態で真剣な……ともすれば、鋭くも見える視線を向けられるのは初めてだ。
 
「はぁ……緊張しますし、何を言えばいいのかすぐに思いつきませんけど……わかりました。シュットラウルさんが話している間に、何か考えておきます」
「うむ。皆期待しているからな」

 今度は俺が溜め息を吐き、仕方なく頷く。
 ニヤリと笑ったシュットラウルさんは、イタズラが成功したような雰囲気だ。
 かなり年齢が離れているはずなのに、ヴェンツェルさんとか以上に友人ぽい会話になってしまっているね。
 まぁ、近所の親しいおじさんポジションとしておこう……貴族相手にそれでいいのか、と思わなくもないけど。

「んんっ! ここに集まった精兵達よ。国内で派生している魔物の大群による脅威、そしてこの先予想される有事。それらに対応するため、今回陛下より最高勲章を授与され、私だけでなく多くの者、多くの街を救った英雄、リク様に来て頂いた!」

 咳払いをし、一歩前にでて兵士さん達に言葉を掛けるシュットラウルさん。
 かなり大袈裟な内容で、仰々しく伝えているのはもはや演説と言っていいだろう。
 俺に関して誇張された内容も節々にあったけど、大体はこれから先に起こりえる事に備えるため、兵士の質を向上させるとして、今回の訓練には心してかかるように……といった感じかな。
 鼓舞するためなんだろうけど、俺が剣を振れば複数の魔物が斬り刻まれて空を舞うとか、魔法を使えば山をも壊して地形を変える……というのは、言い過ぎだと思う。

 山かぁ……全力を出せば少しくらい、地形を変えたりはできそうかな? 後々の影響が大きすぎるから、やりたいとは思わないけど。
 あと、どれだけ切れ味の鋭い剣を使ったとしても、複数の魔物を一度に切り刻むなんて事はできないですから。
 シュットラウルさんの言い方が大袈裟すぎたせいか、俺を見ていた兵士さん達の中で、異常に熱っぽい視線になる人や、逆に疑うような訝し気な視線になる人などが続出していた。
 見た目ただの小僧と言える俺だから、シュットラウルさんの言葉といえど疑ってしまうのは無理もない。

「アマリーラさん、なんかちょっとどす黒い気配が漏れていますよ?」

 演説を続けているシュットラウルさんの後ろ、隣に並ぶアマリーラさんが剣呑な目をして、実際には見えないけど黒い空気が漂っている雰囲気になっていた。

「リク様に対して、不躾な視線を送っている者を威嚇しているのです。シュットラウル様のお言葉を疑い、リク様の功績すら疑うなど……」
「いやいや、あそこまで言われたら行き過ぎてて、疑われても仕方ないですから」


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。

リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。 そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。 そして予告なしに転生。 ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。 そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、 赤い鳥を仲間にし、、、 冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!? スキルが何でも料理に没頭します! 超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。 合成語多いかも 話の単位は「食」 3月18日 投稿(一食目、二食目) 3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

処理中です...