上 下
969 / 1,903

大浴場での相談

しおりを挟む


 エルサの体を洗いつつ、お湯に浸かっているエアラハールさんとヴェンツェルさんの会話に耳を傾ける。
 ヴェンツェルさんはここ最近の忙しさのため、次善の一手を練習できていなかったのに、ぶっつけ本番というか模擬戦でいきなり成功させたのは、俺も驚いた。

「とはいえ、あれが成功と言えるのどうか……魔力を剣に、というのは聞いていたので全力でやりましたが」
「成功、とは言えるのかの。じゃが、威力が強すぎじゃ。魔力を使いすぐとも言えるかの。咄嗟に使ったのなら、リクが相手というのもあって魔力を調整する余裕がなかったのじゃろうが……生身の人間に当たれば、木剣でも危険な威力じゃったの」

 俺の持っている木剣が、半ばから先を折られてしまったからね。
 そもそもヴェンツェルさんの使っていた木剣は大きく、重量もあるから当たればそれなりに危険なんだけど……。
 魔力を這わせていた状態なら、斬り裂くとは言わないまでも骨や内臓を粉砕するくらいはしてしまいそうだ。

「調整まではあの瞬間では……ですが、リクの持つ木剣を破壊したので、確かに威力は高すぎでしょうか。魔力枯渇を招くので、やり過ぎも良くないでしょうね。それに、成功したと感じてその後に油断しました……」
「初めての技を実践に近い状況で成功させたのじゃ、未熟とは言えある程度は仕方ないの。それに、まさか武器を破壊されても投げつけて反撃して来るとは、あまり思わんじゃろう」

 咄嗟の事だったからなぁ……自分でもよく投げたと思う。
 まぁ、投げた木剣はヴェンツェルさんに避けられたんだけど、おかげで手元を蹴る隙ができた。
 武器を投げるという考えそのものは、やっぱりフィネさんの戦いが参考になっているんだと思う。

「リクの体術は、動き方が無茶苦茶ではありますが、それでも威力がそこらの者達以上です。ガードした左腕だけでなく、剣を持っていた手もまだ痺れていますよ」

 体術とか、誰からも習った事がないからなぁ……マックスさんもそうだし、エアラハールさんからもまだ剣の事しか教えてもらっていない。
 エアラハールさんは剣の師匠だから、体術まで教えてもらうとは話していないんだけど。
 ともかく、日本にいた時は喧嘩すらまともにした事がないので、体術方面は格闘技とかの見様見真似だ。

「滅茶苦茶でも、威力や速度が申し分ないというのは、一体どうなっておるのかのう。手の方は腫れるかもしれんから、しっかり手当はしておくのじゃぞ」
「はい。明日以降も訓練ができるように……」
「違うのじゃよ、利き手じゃろ? そこが腫れては、仕事に支障が出るぞ?」
「……ハーロルトや部下達に、文句を言われないようにします」

 訓練のための忠告かと考えたヴェンツェルさんは、忙しい仕事のためと言われて、諦めたように俯いた。
 手が腫れて仕事ができないとなると、ハーロルトさん達にかかる負担も大きいだろうし……場合によっては怒られるかもしれないからね。
 手を狙ったのは、悪い事をしたかもしれない……。

 俺が蹴ったヴェンツェルさんの手は、お湯に浸かって温まったのとは関係なく、赤くなっている。
 痺れたり痛みで顔をしかめてはいても、動かせて入るのを確認してるから、骨は大丈夫なんだろうけど。

「さ、エルサ。洗い終わったからもういいぞ?」
「気持ち良かったのだわー。それじゃ次は……」

 エルサの体を洗い流し、汚れなどが落ちている事を確認して促すと、エアラハールさん達の入っている大きな湯船へとダイブ。
 湯船は多くの兵士達が入る事を想定しているため、かなりの広さがあってちょっとしたプールみたいだ……お湯だけど。
 その中に飛び込んだエルサが、パチャパチャと犬かきで泳ぎ始めるのを見てから、自分の体を洗い始めた。

「……ドラゴン様が、風呂場で泳ぐ姿というのは初めて見た」
「誰でも初めてじゃろうの。リクと一緒じゃから見られる光景じゃろう」
「気持ちいいのだわー」

 暢気に泳ぐエルサを見ながら、何やらヴェンツェルさんとエアラハールさんが話している。
 まぁ、さすがに俺もドラゴンがお風呂で泳ぐ光景と思えば、珍しいとか戸惑っていたと思うけど……小さくなっている状態のエルサは、モフモフな子犬にも見えるからね。
 お風呂とか泳ぐのが好きな子犬が、はしゃいでいるようにしか俺には見えない、喋るけど。

「おぉ……っと、珍しい光景に忘れるところでした。師匠、一つ相談があるのですが……」
「ヴェンツェルからの相談となれば、何かワシに頼むつもりじゃろ?」

 泳ぐエルサに見入っていたヴェンツェルさんは、ふと思い出したようにエアラハールさんに話し掛ける。
 昔から相談と言いつつお願いする事があったんだろう、ため息交じりに応えるエアラハールさん。

「ははは、さすがに師匠はわかっていらっしゃる。……次善の一手の事なのですが、私は軍をまとめる必要があるので、兵士達へ教える事ができません。まぁ、私自身まだまだ習得していると言えないのもありますが……」
「ふむ。使えるには使えるが、先程の模擬戦ではまだ人に教えられる程ではなかったのう」
「はい。ですので、師匠が兵士達に教えて欲しいのです。もちろん、一人一人に教えつつ全軍にというわけにも行きませんので、指導できる立場の者を付けます。その者に師匠が教え、そこから各兵士にと」

 ヴェンツェルさんの相談……お願いは、エアラハールさんに次善の一手を兵士さん達に教えて欲しいという事だった。
 今は、ユノを始めとして、モニカさん達の練習も兼ねて兵士さん達にも教えているけど、このままずっと教え続けるわけにもいかないからね。
 ヴェンツェルさんも忙しいし……仕事を抱えていたり、どこか行く事の少ないエアラハールさんが適任だと考えたんだと思う。

「ふぅむ……まぁ、指導する事自体は悪くない。先の事を考えれば、兵士の数を増やさなくとも戦力が向上するのは良い事じゃろう」
「万全とは言えませんが、それでも戦死者を減らす事にも繋がります。そして、勝利する事も」

 攻撃は最大の防御とも言われるように、軍隊全体の攻撃力が上がれば、防御面の不安も少しは良くなるし、勝てる確率も上がる。
 ただ、戦略だとか色々あるから、単純にそれだけで勝てるわけじゃないだろう……ヴェンツェルさんやエアラハールさんも、その事はわかっているらしいけど。
 規模の大きい戦争だからって、用意された戦場でお互い正面からぶつかるだけ、というわけじゃないからね。

「戦力が上がったからと言って、確実に勝利できる保証はないが、確率は上がるか……じゃが、ワシが教えるとなれば、タダとは言わんぞ?」
「それはもちろんです。相応の報酬を用意します」
「……まぁ、リク達がいない間は特にする事がないしの。明るい中で飲む酒も悪くないのじゃが……最近ユノ嬢ちゃんがうるさくてのう」

 俺の時もそうだったけど、指南役みたいな事でお金を稼いでいるエアラハールさんとしては、無報酬で教えるわけにはいかないんだろう。
 あと、お酒を飲むためのお金が欲しいとか。
 ヴェンツェルさんもそれはわかっているのか、報酬を出す事を了承した。
 ユノにお酒に関して何か言われているのか、ため息交じりにぼやくエアラハールさんに、体を洗い終えた俺は湯船に入りながら話しかける――。

しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...