892 / 1,903
新しい興味
しおりを挟むエクスさんの長い名前の紹介から、以前の事やこうして訪ねてきた事に感謝するように、謝辞を述べながら芝居がかった礼をした。
芝居がかったと言っても本人はいたって真面目だし、美形の老エルフ名だけあって様になっている。
って、俺に対してそこまで丁寧にする必要はないんだけど、まぁ今更か。
また謙遜を、とかいやいや……とかになってしまいそうなので、さっさと本題に入った方が良さそうだ。
「えーと、エクスさん。今回ここを訪ねて来た事に関してですけど……」
感謝されるのもそこそこに、ここへ来た目的を簡単に話す。
暖房魔法具、と俺は勝手に言っているけど、要は部屋を暖めるための魔法具の研究を実用化させたいという事だね。
「ふぅむ……他ならぬリク様の申し出、私の研究を認めて下さるのは喜ばしいとは思います。ですが、未だ研究は完成に至っておりません。まだまだ興味は尽きないですからな。その研究を他人に渡すというのは少々……いえ、誤解をされないよう申しておきますが、決して人間を嫌ってこう言っているわけではないのです」
アルネが予想していた通り、エクスさんは研究成果を伝える事に難色を示す。
何も知らずに聞いたら、苦労した研究成果を人間に渡す事を嫌っているのかな? と思っただろうけど、想定通りだから本人が否定している通り、人間とかエルフというのは関係ないんだろう。
「研究が完成していないと言ったが、それは魔法具自体まだ実用化できないという事か?」
「いや、それはできる。リク様の魔法からヒントを得た私は、暖めるための魔法具開発には成功した」
「では、完成と言えるのではないか?」
「元々の研究するきっかけは、どんな寒い場所でも暖めて快適にするため、という研究からだからな。まだそこまでには至っていないというだけだ」
「それじゃ、魔法具自体はできているんですね」
「はい。ですが、求める出力ではないうえにまだまだ効率も悪く……」
エクスさんが最初に暖房魔法具に着手したきっかけは、ただ部屋を暖めるとかではなく、ものすごく寒くても簡単に暖められる魔法具の研究のようだ。
なので、一応物自体はできていてもまだ出力が足りなくて、満足は行っていないという事なんだろう。
多分だけど、エクスさんの興味は極寒の地でも、魔法具で暖めて暮らせるかどうか……といったところにありそうだ。
「成る程な……だが、現時点でも……」
「いや、しかしな……」
アルネが現状である程度完成しているならと、人間や他のエルフと共同で研究を進めてみるのは? などを持ち掛けて、研究成果を公表できないかと交渉するが、依然と難色を示し続ける。
研究を独り占めしたいとか、その研究成果を誰かに教えたくないというよりは、興味をもった研究成果の結論を自分で導き出したい、という印象を受けた。
アルネやエヴァルトさん達は、エクスさんの事を偏屈と評していたけど、俺からすると興味や疑問を持って問題に取り組んでいるけど、どうしても答えが導き出せず、かといって誰かから答えを教えてもらいたくないと、意固地になっている子供のようにも見えた。
俺も小さい頃、どうしても自分で問題を解きたくて、解き方や答えを教えると言ってくれる姉さんに反抗して、意固地になっていたりしたなぁ……結局わからなかったんだけど。
まぁ、エクスさんは俺どころかアルネよりも年上みたいだし、長寿のエルフだから数百年と生きていて子供というのは失礼かもしれない。
でも、研究熱心になるには、そういった部分も必要なのかも。
「どうしても研究成果は渡せない、と?」
「アルネやリク様に請われ、そして自分の研究を認められるというのは、やはり嬉しいものだがな。しかし、この研究は私が興味を持って取り組んでいる事だ。完成するまではな……」
後から聞いた話だけど、俺やアルネが相手じゃなければ、本人が完成したと思っていない研究成果を求めた場合、エクスさんが怒って追い出されたり、交渉の余地がなくなっていた可能性があったんだそうだ。
魔法から研究を進めるヒントが得られた俺がいたり、エクスさんも認めているアルネが相手だからこそ、落ち着いて話していられたらしい。
そういう対応をされたら、確かに偏屈という評価になってもおかしくないか。
「そうか……まぁ、そういうだろうとは思っていた。だが……」
交渉はしてみたけど、結局は駄目だったアルネは深く息を吐いて、少し諦めかけた雰囲気を出す。
ここに来るまでにも何度か話していたから、これは縁起なんだろうなぁ。
おそらく、エクスさんが別の研究に興味を示すよう仕向けるため、かな? ちょっと回りくどいけど。
「先程、カイツの所に行ってきたのだがな?」
「ほぉ……まぁ、先程聞いた話によれば、暖めるための魔法具以外にも、冷やす魔法具も必要らしいから、それは当然か。あ奴なら、特にこだわる事もなく成果を渡してくれただろう」
「あぁ、その通りだ。そのうえ、もっと効率の良い魔法具にするための協力もしてくれる事になった。それはまぁ、いいんだが……その時にな、少々不思議な事があったんだ」
「ほぉ?」
エクスさんが興味を持ってくれるようにだろう、焦らすように、回りくどい説明をするアルネ。
アルネが興味を持たせたい事は、暖かい空気が上へと向かう事に対し、冷たい空気が下に向かうという、俺がクールフトで効率よく冷やすための提案をした時に伝えた話だ。
成る程……科学的な部分に興味を持たせて、それを研究させようという事かぁ。
でも、それって魔法とか関係ないけどいいんだろうか?
「……それは、私も疑問に思っていた。暖める魔法具を研究するうえで、暖かい空気は上へ向かい、大して冷たい空気は下へと向かうのは、わかっている。だからこそ、完成にも手間取っているのが現状なのだが」
お?
「不思議だな……空気というのはどこにでもある物で、暖かい、冷たいなどはあれど我々は重さすら感じない。なのに、上下に別れる必然性がある」
「確かにな。なぜそのような現象が起こるのか……よくよく考えてみれば、我々の目には見えない物だが、それがなんなのかは判明していない」
おぉ?
「だろう? その空気という物はなぜそうなるのか、どういう存在なのか、気になるだろう?」
「空気はなぜそこにあり、なぜ存在しているのか……か……」
えーっと、酸素とか二酸化炭素だったりとか云々かんぬんで、光合成した植物が二酸化炭素を酸素に……とか、地球では成分というか空気の種別とかは解明されているんだけど……ここで教えるのは野暮ってものか。
せっかくエクスさんが興味を持ち始めたようだし、変に教えて暖房魔法具の研究に戻って欲しくない。
それに、漠然と知っているだけで、細かく聞かれても答えられるかは微妙だし……そもそもこの世界と地球で違う事があるかも。
生き物が呼吸をしているし、植物もあるし、火も燃えるから酸素と二酸化炭素の関係は大きく変わらないだろうけど、俺が知らない成分が空気中に混じっていてもおかしくないからね。
それこそ、魔力だって空気中に溶け込んでいるって話だし――。
0
お気に入りに追加
2,152
あなたにおすすめの小説
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
5歳で前世の記憶が混入してきた --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--
ばふぉりん
ファンタジー
「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は
「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」
この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。
剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。
そんな中、この五歳児が得たスキルは
□□□□
もはや文字ですら無かった
~~~~~~~~~~~~~~~~~
本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。
本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る
早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」
解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。
そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。
彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。
(1話2500字程度、1章まで完結保証です)
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
「お前のような奴はパーティーに必要ない」と追放された錬金術師は自由に生きる~ポーション作ってたらいつの間にか最強になってました~
平山和人
ファンタジー
錬金術師のカイトは役立たずを理由にパーティーから追放されてしまう。自由を手に入れたカイトは世界中を気ままに旅することにした。
しかし、カイトは気づいていなかった。彼の作るポーションはどんな病気をも治す万能薬であることを。
カイトは旅をしていくうちに、薬神として崇められることになるのだが、彼は今日も無自覚に人々を救うのであった。
一方、カイトを追放したパーティーはカイトを失ったことで没落の道を歩むことになるのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる