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調査にはまだ時間がかかる

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 そういえば、モリーツさんの研究資料を持ち帰った時に、アルネやフィリーナがエルフの知識が入っている可能性があると言っていたっけ。
 マルクスさんがどれだけ魔法の知識があるかは知らないけど、資料を見てわからない部分や成果が出ている理由なんかは、それが関係しているのかも。
 その辺りも、研究資料を持ち帰ったらわかる事かもしれないね。

「それで、あの男が言っていたように、やっぱり帝国がこの研究を?」
「そこまでは、まだわかっていません。ですが、確かに帝国が関係していると思わされる物も、発見しています。ですが……」
「何かあるんですか?」

 あの男、というのは兵士さん達に紛れ込んで、逃げ出した男の事だ。

「やはりまだ、帝国が仕組んでいる確証は得られません。出てくるのは我が国、アテトリア王国が命令して研究させたと思わせるような、偽造された命令書ばかりです。もっとも、これらは見る者が見れば偽造とわかる程度の、粗末な物ではありますが……」
「まぁ、それでも研究者の人達は騙されたんですけどね。そういう事に縁がなかったせいだと思いますけど」
「はい。私は王都の軍に所属し、偽造だという事がわかりますが……一般の国民からしてみれば、見分けは付かないでしょう。粗末と言いましたが、その点では上手くやっていると思います。とにかく、この場所を徹底的に調べて、帝国が仕組んでいたという証拠を掴みたいものですね」

 ツヴァイと出会ったのが帝国に近い場所で、さらに出身が帝国だった事……さらにこの研究施設まで運ばれてきた際に、使っていた馬車が帝国で使われている物という事で、今回の事は帝国そのものが仕組んで、企んでいる事ではないかとの推測が成り立っている。
 ヴェンツェルさんなんて、帝国がこの国に戦争を仕掛ける準備だろうと予想していたけど、まだはっきりとした確証が得られたわけじゃない……状況的には、それ以外に考えられないけどね。
 だからといって、状況証拠だけで決めつけて帝国にかわされた場合、政治的に難しくなるのはアテトリア王国の方だから、今は施設を徹底的に調べて確証を得るように、とマルクスさんは考えているようだ。

 まぁ、帝国だと思わせて他の国が……という可能性が絶対にないとは言えないから、迂闊に糾弾もできないからなぁ……一応、抗議の意思表示くらいはできるってヴェンツェルさんは言っていた。
 でもそれで、今回の事を帝国が仕組んでいたとしても、おとなしくなるとは思えない。
 バルテルの事や、エフライム達の子爵領の事、姉さんに対して大言壮語を吐いたという第一皇子の事からのイメージだけど。
 ともかく、マルクスさんとしてはこの場所で帝国の企みをはっきりとさせたいようだ。

「あまり、無理はしないで下さいね? ヴェンツェルさんが王都へ戻ったので、さらにマルクスさんが忙しくなったようですけど、根を詰め過ぎたらいつか倒れてしまいますから。こちらに来て、ちゃんと休む時間を取っていますか?」
「少々休息に当てる時間は減っていますが、大丈夫ですよ。これくらいで倒れてしまうような、生半可な訓練はされていませんから。……というより、これくらいで根を上げていたら、王都に戻った時ヴェンツェル様に何をされるか……」
「あははは……」

 さすがにヴェンツェルさんでも、不条理に叱ったりはしないんだろうけど……何かと理由を付けて厳しい訓練に駆り出したりはするかもしれない。
 「たるんでいるから、鍛え直さないとな!」なんて言いそうだし、訓練を課したヴェンツェルさんの横で、ハーロルトさんが溜め息を吐いている場面が、容易に想像できてしまって苦笑する。

「リク様は、そろそろ戻られるので?」
「はい。ルジナウムの方にユノやエアラハールさんも残していますからね、そちらと合流しないと。それに、フランクさんにも今回の事は話しておいた方がいいでしょうから」
「そうですな。フランク様も、いつまでもルジナウムに滞在していられるわけでもありません」

 フランクさんは、元々ルジナウム近くに集結していた魔物対処のために滞在していたから、それが解決した以上いつまでも同じ場所にいるわけにはいかないだろう。
 一応、その後の調査もあってまだ滞在しているようだけど、ある程度調べるかしたくらいで、他の場所に行くと思う……というか、邸宅に帰るんだろうね。

「なので、ルジナウムへ行って合流後に、フランクさんへ報告して、向こうで調査されている進捗を聞いた後、ブハギムノングも様子を見ます。何もなければ、数日程で王都へ戻ろうかと」
「わかりました。こちらは、王都へ戻す兵士もいるので人数を減らして、今しばらく調査を続けます。リク様が王都に戻るまでには間に合わないと思いますが、成果は出せるように努めます」
「はい。まぁ、さっきも言いましたけど、あまり無理はしないで下さい」

 そう言って、マルクスさんがいる部屋を後にする。
 兵士さんが忙しそうにしているのを見ながら、建物を出て野営地へと向かった。
 一瞬手伝った方がいいかな? とも思ったけど、途中で参加しても邪魔になるだけだろうから、自重しておいた。
 もし手伝った方がいい事があれば、マルクスさんから言われていただろうし、俺の役目はとりあえず終了と言ったところだろうね。
 あとは、もう少し残っているエルサの試乗会を明日の昼までに済ませられるだろうし、明日の昼過ぎから明後日にはルジナウムへ出発できると思う。


「リクさん、おかえりなさい」
「ただいまモニカさん」
「調査の方はどうだったんだ?」
「やっぱり、まだはっきりとした事はわからないみたい。まぁ、マルクスさんが研究資料だなんだといった書類に埋もれていたから、情報が多いんだと思うよ」
「そうか……」

 野営地に戻って、モニカさんに迎えられてソフィーの問いに答える。
 人数がそれなりにいるとはいっても、全員で資料を精査するわけじゃないから、どうしても時間がかかってしまうんだろう。
 魔物の研究に関しての資料が大半だから、新兵さんに詳しく調べさせるわけにもいかないし、極秘扱いになる物だって多いだろうから、マルクスさんと一部の兵士さんで精査するしかない。
 新兵さん含め、他の兵士さんは施設内や隠し通路を何度も見て回り、怪しい痕跡だとかがないかの方を調べているし、一日二日程度で何もかもがわかるような事じゃないよね。

「あ、マルクスさんには、近いうちにルジナウムやブハノギムノングに寄ってから、王都に戻るって言ってきたよ」
「そうね。そろそろ戻らないと……ヴェンツェルさんは王都に戻ったわけだし」
「だな。本来の依頼内容は護衛だが、その目的が達成されているのにまだ私達が留まっているのは、あまりよくないだろうし……」
「そうですね。冒険者ギルドには表向きそうなっているので……あまり期間を置かずに戻った方が良いかと思います」

 今回の調査というか突入しての武力行使、俺達冒険者は表向き……というか冒険者ギルドには、ヴェンツェルさんの護衛の依頼を受けたという事になっているから――。


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