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ヴェンツェルさんの一撃
しおりを挟む少しして、落ち着いたヴェンツェルさんが、このままでは取り調べに支障が出るからと一旦打ち切り、続きは王都に連行して詳しく聞く事に決まった。
多分、表面は落ち着いたように見えるけど、内心でははらわたが煮えくり返るような思いなんだろう……目的はどうあれ、平和に暮らしている人達に対して、魔物を使って脅かそうとしていたのだから……。
「……これは、お前が野盗の真似事と言った行いにより、被害を被った者の恨みだ! ぬん!!」
「ぐふぉっ!」
「これで、全ての者の気が晴れるわけではないだろうがな……一応、手当はしてやれ、死なない程度にな」
「はっ!」
部屋から出る前に、俺だけでなく交代した見張りの兵士さんも、握り拳を作っているのを見て、皆の代弁者とばかりに、ヴェンツェルさんが男をぶん殴る。
椅子だけでなく、重そうなテーブルにも繋がれていたはずの男は、殴られた勢いのまま吹っ飛び、壁に当たって意識を失ったようだ。
あの重そうなテーブルごと殴り飛ばすんだから、全力に近い一撃だったんだろう、見れば男の顔というか、鼻からはとめどなく血が流れ続けていた……あれ、多分折れてるだろうね……痛そうだけど、同情の余地はない。
ちなみに、吹っ飛んだ際に見張りの兵士さんはサッと体を避けて、男を受け止めたりはしなかった……やっぱり皆、男には怒りのような感情が沸いていたみたいだ。
ちょっとだけ、スッキリしたかな。
「ふぅ……すまなかったな、リク殿。少々取り乱してしまった……」
「いえ……気持ちはわかりますから。ヴェンツェルさんがやらなかったら、俺がやっていたかもしれません」
部屋を出て、一息ついたところでヴェンツェルさんに謝られる。
ツヴァイと会う前といい、それからの事も含めて、何も罪の意識を持っている感じで話されていたから、俺だけでなく部屋にいた兵士さんも苦い顔をしていたし、軽傷……とは言えないけど、あれで済ませるくらいでちょうど良かったんだと思う。
もちろん、本来なら捕まえて連行するだけで、取り調べをした後は法にのっとって処罰するのが正しいんだろうけど……。
ともかく、ヴェンツェルさんが俺に謝るような事ではないはずだ。
「ははっ! リク殿がか、それはいい。だが、そうするとあの男は怪我では済まなかったかもしれないからな」
「いや……俺だって最近は手加減できるようになってきているんですよ? 魔法は……まだちょっとですけど……」
「はっはっは! リク殿は手加減して丁度良いのだろうな。本気を出したらどうなるのか、見て見たくはあるが……怖くもあるな……はははは!」
本気という意味なら、ルジナウムでの戦いがそうだったんだろうね……まぁ、周囲に大きな影響を残しまくりそうな魔法は、できるだけ使わないようにはしていたけど。
魔法はともかく、最近はある程度手加減を覚えてきたところだから、ヴェンツェルさんの代わりに男を殴ったとしても、あれ以上の怪我をするようにはできると思う。
エアラハールさんのおかげで、常に全力だったりせず、体の力を抜く事を多少はできるようになって来たから……まだまだだけどね。
まぁ、ヴェンツェルさんが俺にこんな事を言って、少々大げさに笑っているのは、部屋の中での空気を払拭するためだろうから、甘んじて受けようと思う。
……本当に、怖がったりする必要は、ないんですからね?
「そういえば、奴は本当に魔法が使えなかったのだな……マルクスから、ソフィー殿の考えを聞いていたが……」
「そうですね。ソフィーの予想が当たっていました」
「まぁ、魔法が使える者は、使えない事を考えたりはあまりしないからな。仕方ない。かくいう私も、多少魔法が使えるせいで、魔力があるなら魔法に頼るという考えになっていた……私の魔力は少ないから、戦闘にはまともに使えんがな」
部屋を離れて建物の外へ向かいながら、男が魔法を使わなかった事について話す。
帝国という話を聞いた後、ヴェンツェルさんが落ち着くまでの間、少し話題を変えた方がいいと考えて、どうして魔法を使わなかったのかを聞いてみた。
それによると、あの男は元々魔法が使えず、本来ではありえなかった魔力量になったとしても、魔法が使えなかったらしい。
ソフィーの予想通りだったね……本人は間違っているだろうと言っていたけど、えてしてそういう盲点というか、簡単なはずなのに考えの埒外に答えがあったりするんだよね。
それはともかく、ヴェンツェルさんって魔法が使えたのか……見た目がマッチョなオジサンなため、イメージで勝手に使えないと思っていた。
本人曰く、戦闘では役に立たない程度の魔法しか使えない魔力量らしいので、魔法に頼らず体を鍛える事を選んだのかもしれないね。
だからといって、腕の筋肉で細身のソフィーの胴回りくらいの太さがあるのは、鍛え過ぎな気がするけど……本人が満足しているなら、それでいいか。
突入した時にも見たけど、動きが鈍重とかでもなく、ちゃんと筋肉を生かせているみたいだし。
なんて考えながら、建物を離れ、モニカさん達のいる野営地に向かった……ヴェンツェルさんは、兵士さん達の様子を見るために途中で別れた――。
「えーっと……なんとなく予想が付くんだけど、これは?」
「……ちょっと、試してみたくなっちゃって」
「私の頭に物を乗せて、標的にしようとまでしたのだわ。猛抗議したら止めたのだわ」
「エルサの猛抗議は、魔法が飛んできそうだったからな……しかし、さすがにあれはやり過ぎだったと反省している」
「そうよね……エルサ様はリクの言う事なら聞くけど、私達に従っているわけではないのよね。反省するわ」
「リク相手でも、なんでも言う事を聞くわけではないのだわ!」
「エルサは、まぁいいとして……フィネさん?」
「は、はい! 申し訳ありません! 皆様が、何か投げたいと仰るので……それなら何か標的を置いて、そこに投げてみればと……」
野営地に戻ると、そこにはテントへ突き刺さった刃物の数々……。
戻ってきた途端、エルサが飛んで来て避難するように俺の頭にくっ付いたからどうしたのかと思ったけど、標的にされかけたから逃げ出したんだろう。
エルサに投げても怪我をしそうにないというのは置いておいて、皆の言い訳を聞きながら、俺の頭をぺしぺし叩きながら講義するエルサはモフモフを撫でつけておくとして……。
「ナイフ類はまぁ、わからなくもないけど……剣やら斧やらは投げる必要なかったんじゃない? 矢まで刺さっているし…」
テントには、料理用のはずのナイフだけでなく、手のひらサイズのナイフまで刺さっている……のはともかく、剣や斧、矢まで突き刺さっていた……テントがまだ崩れずに形を保っているのが不思議なくらいだ。
「標的が必要というのはわかるけど、だからってテントを標的にしなくても……これじゃもう使えなさそうだね」
穴だらけのテントを見ながら呟く俺に、皆はシュンとしながら反省している様子。
というか、刺さっている剣ってソフィーが使っている剣だし、斧はフィネさんが手本として投げたんだろうけど、よく見れば槍が地面に刺さっていたりもする……槍は、モニカさんのか……届かなかったのかな?
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