上 下
747 / 1,903

組織がある国

しおりを挟む


「そんな時だ。ツヴァイにある街で声をかけられたんだ。あれはどこだったか……そうだ、この国の南にある小さな村だ。その村で、路銀のために少々稼がせてもらおうと思っていた時に、ツヴァイと会った」
「路銀……村を襲って金を得ようとしていたのか?」
「襲うなんて事はしねぇよ。小さな村とはいえ、俺は一人だったからな。せいぜい、こっそり侵入して金目のものを頂く程度だ」

 完全にコソ泥じゃないか……村の人に直接危害を、というだけマシかもしれないけど、罪には変わりない。
 小さな村という事は、その村にいた人たちが一生懸命働いて稼いだお金だというのに……。
 にわかに男への敵意のような怒りのような感情が沸いて、無意識のうちに拳を握っていた……ここで俺が何かやったって、この男がやった事、やろうとしていた事がなくなるわけじゃないから……我慢だ……。
 罪を犯しているのは間違いないのだから、この国の法で裁かないとな……捕まえる時、もう少し拳に力を込めておけば良かったかも? と考えたけど、あれ以上の力を込めたら鎧がめり込み過ぎて、意識を失うどころじゃなかったかな。

「それで、ツヴァイはお前と会って、どうしたんだ?」
「何も。今のような生活ではなく、俺をさげすんだ奴を見返したければ付いて来いと……それだけを言っていたよ。怪しい奴だったが、俺には敵わないとはっきりわかる相手だったからな……このままこうしていても仕方ないと思ってついて行ったのさ」

 無理矢理とかではなく、一応自由意思で付いて来させたのか……さげすんだ奴を見返すとか言いながら、ツヴァイ本人がこの男をさげすんでいそうだけど、ある意味こういう相手は扱いやすかったんだろうな。

「ついて行った後は、ツヴァイの仲間とか言うのに攫われたわけだ。そして、気付いたら異常な魔力を持って、またこの国に投げ出されたんだ。いつの間にか、ツヴァイの配下としてな。不満だったが、ここの事を漏らさなければ、ある程度は自由に動けたし、以前の生活よりもマシだったからな」
「それで、おとなしくここで、オーガに魔力を注いでいたのだな?」
「……俺がオーガに魔力を、なんて事まで知っているのか……あぁ、そうだ。よくわからんが、俺にはツヴァイと同等の魔力が備わったらしいからな。それを使って、地下で魔力を注げばいいというだけの簡単な仕事だ。魔力を注ぎ過ぎてしまうと、体が重くなるが……それにしたって後は寝てればいいだけだから、特に問題はない。不満は、ここには女がいなかった事くらいだな。だが、ツヴァイに逆らうと魔法が飛んで来るし、毒が仕込まれているからな……魔力を注ぐ事だけをしていればいいんだから、そんな不満も飲み込んでいたさ」
「……」

 気付いたら異常な魔力……か。
 多分、ツヴァイとその仲間によって意識を奪われ、その間にどこかで魔力を与えられたんだろう……口の中に仕込まれた毒も、その時だろう。

「ツヴァイに攫われて、気付いた時にはという事だけど……その気を失っていたのはどのくらいだ?」

 男の話を聞いて眉間にしわを寄せ、考え込んでいるヴェンツェルさんに変わって、俺が質問をする。
 俺からという事で、男はビクッと体を竦ませたが、とりあえず話をしていれば俺が何もしないとわかったようで、おとなしく話し始めた。
 拳を握ったままだったのが、怖かったのかな?

「わ、わからない……数日か、数十日か……少なくとも、気付いた時にはかなりの日数が経っていたはずだ。俺やツヴァイを含めて、この地下にいた奴らが乗っていた幌馬車の中で気付いたんだが、馬車を見る限り相当な距離を移動していたはずだ」
「相当な距離?」
「少なくとも、この国の南にいたはずの俺は、この建物の近くまで来ていたからな。それに、元冒険者だった時の経験から、馬車の様子を見ればある程度は移動した距離がわかる。……途中で馬車そのものを変えられていたら別だがな」
「少なくとも、南の村からここまでは移動していたから、十日近くは経っているだろうな。他には気付いた事はないか?」

 幌馬車だから、馬に乗って移動するだけよりも移動速度は遅い。
 ましてや複数の人が乗っていたとなると、重さも加わるから当然だね。
 ヴェンツェルさんの言う十日というのは、そこから計算したんだろう……南の村というのがどこかはっきりしていないので、大体という程度だけど。

「他に……その幌馬車が、この国で使われている物とは違う……かもしれないという程度だな」
「アテトリア王国で使われているのとは、違う……?」
「あぁ……この国での馬車は何度も見たが、全て木で作られているだろう? だが、その馬車は車軸の一部に金属の部品があった。強度を増すための物だとは思うが、乗り心地は最悪だったがな……だが、俺がこの国に来る前には慣れ親しんでいた馬車の部品だ、間違えるわけはねぇ」
「金属の部品……改めて聞くが、お前はこの国に来る前はどこの国で冒険者をしていた?」
「……この国の南、帝国だ。ツヴァイと会った南の村にいたのは、一度帝国に戻ろうと考えていたからだ。そのための路銀稼ぎにな……」
「帝国……!」

 決定的な言葉を聞いた。
 帝国か……なんとなく、ルジナウム付近で魔物が集結していた時に、想像していた事の一つに帝国の関与があったけど……これで確定だね。
 まぁ、帝国という国そのものが関わっているかとか、ただ帝国にある組織がとか、色んな可能性があるから、帝国そのものがと考えるのは早計だけど。
 この男の証言をもとに、帝国相手に追及しても簡単にかわされるだろうし……扱いを考えれば捨て駒だろうから、知らぬ存ぜぬを押し通しそうだけどね。

 そういえば、マティルデさんが帝国の冒険者はならず者が集まっているとかなんとか言っていたっけ……なり手が少ないから、そうなるとか言っていたような?
 この国と違って、冒険者と国の組織がお互いを尊重し合っているわけじゃなく、帝国軍の兵士が魔物討伐や治安維持を積極的にやっているので、まともな民は冒険者になる必要がないとかなんとか……。
 バルテルも、帝国からの冒険者を複数雇っていたりしたっけ。

「そうか……帝国か……王都での狼藉以外にも、ここまで深く食い込んで好き放題やっていたとはな……」
「ヴェンツェルさん……」

 怒りと悔しさを滲ませて呟くヴェンツェルさんは、歯ぎしりが聞こえる程歯を食いしばる。
 俺からは背中しか見えないから、その表情はわからないけど、男の方はヴェンツェルさんの顔を見て顔面蒼白になっているのを見るに、相当な形相をしているんだろう。
 ルジナウム、ブハギムノング、王都、そしてこの建物……大きな被害という意味では防いではいるものの、確実に被害が出ている所もあるので、ヴェンツェルさんの気持ちの一端くらいは俺にもわかる。
 一日一日を一生懸命に生きて、平和に暮らそうとしている人達と、それを守ろうとする姉さんやヴェンツェルさんのような国側の人達……それがどんな理由であれ崩そうとする事なんて、許せるような行為じゃない。
 例えそれが帝国という国のためであっても、他国だから何やってもいいという理由にはならないからね――。


しおりを挟む
感想 61

あなたにおすすめの小説

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。

向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。 それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない! しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。 ……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。 魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。 木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

処理中です...