私、去年から祈ってる

あおなゆみ

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名医

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 元から何だか顔色が悪くて、元から何だか唇の色が薄くて。
その上、自分で言うのも何だが、かなり我慢強い。
もちろん、痛みは人と比べられないし、自分の痛みを他の人が感じた場合、大した痛みではない可能性もある。
でも、自分基準で言うと、我慢強かった。

 中学3年。
ある日、午前中の体調不良を見抜いた、名医みたいなクラスメイトがいた。

「大丈夫?」

席は近くだけど、ほとんど話したことのないその子は心配そうに、ただこっちを見つめていた。

「どうしてそう思ったの?」

反射的につい、そんなことを聞いてしまう。
どうせ「いつも顔色が悪いから」と、答えられるんだろうなと思った。
いつも顔色が悪いせいで、いつも具合が悪いと勘違いされるどころか、本当に具合が悪い時に気付いてもらえない始末なのだ。
でも、違った。

「目を見れば分かるよ」

「目?」

「うん。目は口ほどに物を言うってことわざあるでしょ?」

「うん、あるね」

「まあ、いつも何も言わないタイプだから、目で分かっただけなんだけどね。で、大丈夫?」

私の目は、そんなに分かりやすかっただろうか。
「大丈夫?」と聞かれるのが、こんなに嬉しいと知らなかった。
弱さを見破られたことが、何だか自分がズルい人間になった気がしながらも、正直嬉しい。

「大丈夫。もうちょっと様子見る」

「そっか。何かあったら言ってよ。って、別にしてあげられることもないとは思うけど・・・」

「ううん、ありがとう」

気付いてくれただけで嬉しかったし、声を掛けてくれて嬉しかった。
体調不良を隠し通すのって結構大変で、気付いていないだけで、痛みを隠して生きている人が沢山いるような気もしてくる。
反対に、自分以外はみんな痛みを抱えていないように思える、そんな日もある。
この時は・・・
気付いてくれた人がいるという事実だけで・・・少し楽になった。
名医だった。
こんな近くに、名医がいたのだ。


 元から何だか顔色が悪くて、元から何だか唇の色が薄くて。
そんな自分でも誰かの為になってみたくて、名医にまではなれなかったけれど、痛みに気付ける人になる努力をしていた。
もちろん、全てを透視するように分かることはできないし、大きな役に立てているとは思えない。
でも、些細な気付きは、いつか大きな気付きになると信じている。

 名医ではなくても、白衣を着るようになってからしばらく経った。
ある日、午前中の診察に、見覚えのある人がやって来た。
すぐに誰なのか分かる。
同時に、相手も気付いたようだった。

「元気?」

先に声を掛けてくれたのは、あの日、「大丈夫?」と聞いてくれた、あの子だった。
大人になったあの子は相変わらず、先に相手に問いかけてくれる、とても素敵な人だった。

「元気です。久しぶりだね」

「白衣、似合うね」

「ありがとう、なのかな?うん、ありがとう」

「ごめんね。気まずいよね。苗字、違ったから気付かなかった」

白衣に付けられた名札を見て、あの子は申し訳なさそうにしていた。
その申し訳なさを否定したくて、

「ああ、色々とあって」

と慌てて答えた。

「そっか。まあ、色々とあるよね・・・」

あの子は頷きながらも、少し遠くを見るような目をした。

「はい・・・」

ここからどうしようと悩んでしまう。
自分にとってのあの日の名医が、ここに来た意味を考える。
 あの子は、こんなに情けない、白衣を着ているだけの自分に言った。

「話を・・・聞いてもらえますか?誰かに話さないと、多分、ダメになっちゃいそうで・・・知らない人なら誰でも良かったんだけど、少しだけ知ってるあなたなら、もっと良いかもしれない」

「はい」


 あの日、もしかすると、痛みを抱えていたのは自分だけじゃなかったのかもしれない。
再会してそんな風に思った。
だって、痛みを感じてこそ、誰かの痛みに敏感に気付けるから。
そして、優しく声を掛ける勇気を得られるから。

 あの子は今にも泣きそうになった。
大人になったあの子に今、気付いてあげたい。
存在も、痛みも、苦しみも。
少しずつで良いから。
積み重ねていけばいいから。

「あの時・・・大丈夫?って、聞いてくれてありがとう」

それを急いで伝えてしまったのは、この日まで、その出来事にどれだけ救われたかを表しているとして、どうか許してほしい。
もう、ちゃんと、冷静さを取り戻すから。


 名医になりたいと願ったのは、あの日だった。
「大丈夫?」と聞いてくれた、あの時だった。
 だから、名医の名医になりたいと誓う。
どうか、優しいあの子を、優しさで救いたい。

 そう誓った日が、少しでも早く過去になり、二人が会わない日が来ることを祈り続けた・・・
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