私、去年から祈ってる

あおなゆみ

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耳の形

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「俺、この間なんとなく鏡で自分の耳をしっかり見たんだけどさ」

15年も親友として過ごしてきた彼は、15年の間で初めて耳の話をし始めた。
確かに会話の中で、“耳”について語るタイミングはあまりないかもしれないが、反対に、15年という期間で語られてきたテーマというのはどんなものだったのかと考えさせられる。
ということはつまり、私たちにはまだまだ語れることが山ほどあるということだ。
彼の“耳”というテーマは、私にある意味で希望を与えてくれた。

「よく見たらさ、耳って思ったよりもグロテスクっていうのかな。なんか形がしっかりしてて、びっくりしたんだよ。これを毎日人に見られてたんだなって思った」

そう言って彼は恥ずかしそうに、両手でそれぞれ両方の耳を隠した。

「ごめん、私全然、あんたの耳の形知らないや」

もちろん、そんなの嘘だった。

「近すぎると見ないもんか。自分でもちゃんと見たことないくらいだったからな」

すると彼は、私のロングヘアの隙間から、私の耳を覗こうとしてくる。

「何見てんのさ」

「いや、俺こそお前の耳、ちゃんと見たことないなって」

「見なくていいし、髪の毛で見えないし。っていうか、何?私の耳に興味あるの?」

私が揶揄うと、

「違うし。ただ、耳って不思議だなって。そういうのを哲学的に考えてただけ」

と言って、オレンジジュースをストローで飲んだ。

 私たちは今、行きつけのカフェにいる。
行きつけがいくつかある中で、ここは比較的、目的を持って来る場合が多く、今日はその目的が私にではなく彼の方にあるようだった。

「で、何か話があるからここに来たんでしょ?何?」

私はここで彼に、留学を決めたことや、彼氏が出来たこと、初めてキスをしたことも、全てが重大発表であるかのように語った過去がある。
彼は基本的には聞き役になることが多く、それでもたまに、大学のミスコンで優勝した子に告られたとか、就職が決まったとか、重大発表でないかのように語っていた。

「まあ、話はあるけど。そんな期待しないでほしいというか・・・」

私の表情が期待に溢れてしまっていたのだろうか。
彼はまるで負担でも感じるように、私を見た。

「私は色々語ってきたけどさ、あんたからっていうのは本当に久しぶりというか。だから、気になっただけ」


 彼の考えていることは、いつでも分かりづらかった。
ミスコンの子に告られた時だって、付き合うことにしたのかと思いきや振ったと言うし、就職が決まった時だって、希望通りの会社だったのに、嬉しそうに見えなかった。
 だから今も、私は彼が何を語るのか気になりながらも、予測は全く出来ていない。
だからむしろ、怖いくらいだ。
想像もしていなかったことが語られる可能性を考えると、逃げたくなるほどに。
だって、私は・・・


 彼は、真顔でこう言う。

「結婚することになった」

やっぱり彼は突拍子のない、何を考えているのか分からない人だ。
私が何も言えずにいると、

「っていうか、結婚式することになった。籍は昨日入れたんだ」

と、さらに私を混乱させることを言う。

「ええと、じゃあ、あんたはもう、既婚者ってこと?」

「うん」

「えーと、さっきまで自分の耳の形について語ってた男が、昨日籍を入れたと?」

「うん。確かに、結婚のこと先に言うべきだったかな」

自分が凄く落ち込んでいるのが分かる。
全てが嫌になる直前みたいになっているのが分かる。

「びっくりしたけど、おめでとう」

私の考えてることが分からないであろう、彼。
そして、彼に自分の考えを分からないようにする努力をある時から始めた私。

「ありがとう。親以外で最初に伝えたのは、お前だから」

全然嬉しくない。
どうして私は、こんな男を、いつの間にか・・・

「そりゃあ、親友だもん。最初に伝えてくれなくちゃ寂しいよ」

私は、自分の芝居が上手くなったのか、彼が鈍感すぎるのか、それすらも考えるのが嫌になった。

「今度、家遊びに来てよ」

一人暮らしの時は、一度も言ってくれなかった。
彼に新たな家族が出来たら、私は彼の家に行くことができる。
つまり私は、彼の本当の親友でもなかったのかもしれない。

「うん、分かった。行くの楽しみにしてる」

行きたくないなと思いながら、彼の家に行くであろう未来を簡単に想像できた。

 私は、彼の可愛らしい耳をこっそり見つめる。
いつの間にか彼を好きになってから、何度もその耳を見つめていた。
その、彼が自分でも知らなかった耳の形を、私の方がずっと前から見つめていた。
その詳細を、知っていた。
その詳細は、何の役にも立たず、彼は昨日、結婚してしまったらしい。
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