私、去年から祈ってる

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
6 / 22

屋根の上の私の味方

しおりを挟む
 部屋の窓から屋根の上によじ登る。
高いのが怖いとは思わなかった。
私がまだ大人じゃないから怖くないのか、悲しいから怖くないのかは分からない。


「あっ、またいるね」

私が言うと、

「おっ、また来たね」

と返ってくる。

その少年は、いつも屋根の上で月を眺めていた。
曇っていて月が見えなくても、月を眺めようと見つめ続けていた。


「今日も何か悲しいことがあったんだね」

私の顔を覗き込み、全てを察したかのように少年が聞いてきた。
私にとっては、その少年だけが私の話を聞いてくれる相手だった。

「うん・・・ねえ、どうして皆、喧嘩ばっかりするんだろう。家でも学校でも嫌になっちゃうよ」

言葉にすると、余計に悲しくなる。
でも、少年が目を逸らさずに聞いてくれるから、少しだけホッとする。

「色々事情があるんだよ。でも、そんなのは関係ないよね?君を傷つけてもいい理由にはならない」

「喧嘩は、嫌い。私なら、すぐに謝る。私なら、喧嘩になりそうになったら、一生懸命怒らせないようにするよ。自分が悪くなくても謝る」

「そっか。偉いね」

「うん。正直、私って偉いと思う」

「僕は絶対に、君を怒ったりしないよ。僕は君を応援する為に存在するんだ」

「ありがとう。そうやって言ってくれる人がいて、嬉しい」

「照れるね」

「照れるね」

 少年は私の味方で、私が唯一、何でも話せる大切な人。


「ねえ。いつも私の話ばっかりだから、私も話を聞いてあげたいな」

「僕の?」

「うん」

「僕は、君が今のまま優しい心を持ってくれたらって願ってるんだ。君が傷つかないでほしい。君の周りの人が、君のことを、そして大切な人を傷つけないでほしい。そして、君には・・・泣きたい時に泣いてほしい。涙って、悲しみとか、苦しみとか負のイメージが強いと思うけど、それでも涙を流せる人になってほしい」

「涙を流せる人?」

「うん。君が泣けば、僕も泣けるから」

「泣いたことないの?」

「君が泣かないから、僕も泣けないんだ」

「私、泣いてもいいのかな?」

「いいよ。僕が君の全てを愛してるから」

「愛、か・・・」

「そう。愛・・・」

「本当に、愛って何か分かってる?」

少年が少年のくせにそんなことを言うから、私はつい聞いてしまった。

「君が傷つかないでほしいって気持ちが、僕にとっての愛だよ」

「そっか・・・ありがとう」

不思議な気持ちになる。
私は、泣きそうだった。

「僕からもう一つ、聞いてほしい話がある。」

「何?」

さっきの愛という言葉が効いたのか、突然涙が溢れてきて、私は空を見上げた。
本当に、泣いてもいいのだろうか。

「もう、ここには来ちゃダメだよ」

「えっ、どうして?」

少年の方を見ると、私の目から涙が流れた。

「僕の役目は終わったから。君はもう、僕に会えなくなる」

「どういうこと?どこかに行っちゃうの?」

「ただ、思い出してほしい。直接会えなくても、僕を思い出して」

「嫌だよ。行かないでよ。ここにいてよ」

涙が止まらない。
悲しくて、苦しくて、辛い。

「君はもうここには来られない。それは間違いない。そして、僕が君の味方だということも事実だ。僕を、忘れないでね」

「私は、明日も来るよ。待ってるから。ねえ、私、ちゃんと泣けたよ?ねえ・・・」

涙で視界が揺れ、隣にいたはずの少年は消えていた。
私は泣き続けた。
屋根の上で一人、夜が明けるまでずっと。


 次の日の夜。
寝静まった家の中で一人、いつものように音を立てないように窓を開け、屋根の上によじ登ろうとした。
それなのに・・・

「怖い」

高くて怖い、と思ったのが最後、そこから動き出せなくなってしまう。
少年が待ってる、と思っても私は、昨日は知らなかった恐怖に怯えていた。

「ねえ、そこにいるの?」

できるだけ小さな声で呼び掛ける。
返事はなかった。

「私が泣くことが、役目だったの?本当にもう、会えないんだね・・・」


 部屋の窓から、月を眺めた。
雲に邪魔されることのない、綺麗な月だった。

 私が泣けたことで、少年もようやく泣けることを祈って・・・
私は、少年のことを忘れたくないと、涙を流した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

ヌードフォト

acolorofsugar
恋愛
「僕」は海と空以外に何もない海岸近くの小高い丘にいた。「僕」は、なぜ自分がそこにいるのかも、何者なのかもわからないまま、ただぼんやりと、目の前青い風景を。その中に溶け込みそうなくらいに見つめていたのっだった。だが、「僕」がふと思い立ち、丘の斜面を降り始めた時に聞こえてきた、謎の「声」。「僕」は、その声の予言のような「君は君に会う」と言う言葉に導かれ、砂浜を放浪するうちに、「思い出す」のであった。  それは、学生と転勤者の多く住むある地方都市の、九十年代半ばの頃のことだった。バブルが終わり、果てしなき不況の中に落ちて行く日本で、それでも落ちて行く者なりの浮遊感を楽しめた最後の時代。毎日毎日が、思い返せば特別で、濃密で、しかし飛ぶように過ぎていった日々。そんな毎日の中で、大学生ユウは、大音量のダンスミュージックに満ちたクラブSで、気のおけない友人や、気になる二人の女性、マイとサキに翻弄されながらも楽しく過ごしていたのだった。  しかし、そんな日々がしだいに終わって行く、そんなすべてを「僕」は思い出していくのだった……

最近様子のおかしい夫と女の密会現場をおさえてやった

家紋武範
恋愛
 最近夫の行動が怪しく見える。ひょっとしたら浮気ではないかと、出掛ける後をつけてみると、そこには女がいた──。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

5DAYS私はあなたを落としたい!

霜月@サブタイ改稿中
恋愛
白濱女子高等学校2年、夜山芽衣。私はこの学校の人気ナンバーワンイケメン教師、朝霞先生が好き!! イケメンこそ眼福。朝霞先生、尊し。先生にもっとお近づきになりたい!!! 私、朝霞先生と絶対に付き合う!!! 現代女子のNLラブコメディ! 芽衣は朝霞先生と付き合うことが出来るのか?!

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

処理中です...