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毎日一緒、初めての円陣

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「何言ってるの!」

和美さんが強いツッコミを入れる。

「逃げるお金もないでしょ!」

確かにその通りだけど...
一緒に逃げようと言われたのが嬉しかった。
”一緒に”というのが高ポイントだ。
現実的に逃げるのが無理だとしても、私はその言葉に救われた。


 それからは練習の日々だった。
詳しくは書かれていないけれど、色々と調べた結果、与えられた時間の中で自分の特技を発表するというものらしかった。
練習スタジオを借りて練習する。

「ここ、ハモリにしたらどうかな?」

伊之助さんが私の作った曲にアドバイスをくれる。

「この歌詞はこうしたらどうかな?」

とか

「ここのメロディーすっごい好き!」

なんて屈託のない笑顔で言ってくれるから、私はいつも前向きな気持ちで取り組めた。
 発表する曲は、”憎めない嘘”だ。
キャンプ場で作った曲。
作詞作曲は私で、ギターアレンジは伊之助さんも一緒にした。

「それにしても、これは良い曲ですね」

「はい。大和さんのお陰で出来た曲です」

「これは名曲です。それに楽しいです」

伊之助さんは生き生きとしている。
前よりも。
だけど、なんだか眠そうだ。

「毎朝早く起きて、眠たくないですか?全然休みなく練習してるから...」

「大丈夫です。練習しない方が不安だから」

伊之助さんは新聞配達を始めた。
とても向いていると思っているらしい。
新聞配達に向いている、というのはアーティストに向くのだろうか...と不安には思った。

 同じ曲を何度も何度も。
それから和美さんが来てくれた時にはお客さんとなってもらったり、面接の練習もしてもらった。

「どんな歌手になりたいですか?」

「えっと...」

悩む伊之助さん。

「じゃあ、憧れの歌手は誰ですか?」

「えっと...」

「いないんですか?」

和美さんは面接官の役が上手い。
家族なのに、緊張感を漂わせている。

「伊之助。こういう質問はきっとくるよ。なんか良い回答考えとかないと」

「はい...」

伊之助さんは落ち込んでしまったようだ。
珍しい。
バイトでミスをしてしまった時みたいだ。

「質問の方が問題かもね...歌はもう凄く良いと思うよ」

「歌が良ければきっと...」

私が言うと、和美さんは人差し指を横に振った。

「そうはいかないよ。良い曲歌う人なんてきっと沢山いるよ。みんな夢を抱いて、努力してくるんだから。夢の大きさを言葉で上手に伝える事もまた、大切な事だと...思う...よ。なんかごめん、偉そうに...」

「その通りですね。伝えないと、動かないと始まらないもんね...」

「にな絵...」

和美さんと抱き合う。

「僕、一生懸命考えます。気持ちはあるけど、言葉にするのが難しく...歌詞は結構思い浮かぶのにな...」

伊之助さんが近づいてくる。

「僕も仲間に入れて欲しいな~」

私は和美さんと顔を見合わせた。

「しょうがないな~」

同時に言い、お互い体を少し離し、片手ずつを伊之助さんに向けて開く。
伊之助さんは駆け寄り、私と和美さんの肩に手をまわす。
ドキッとした。
異性に肩を触られるのは初めてかもしれない。
正確にはお父さんにはあるだろうけど...
あと、幼稚園の頃とか小学校低学年の時はあるかもしれない。
とにかく、ドキドキした。

「伊之助は小さい頃から本当、甘えっ子だね」

和美さんはニコニコしていたのに突然、真顔で私を見た。

「にな絵、なんでそんなにニヤけてるの?」

私は自分の顔を意識する。
すぐに真顔に戻した。

「え?ニヤケてないけど」

「ニヤケてましたよ。にな絵さん」

伊之助さんもこっちを見る。
和美さんは、あ~なるほど~と言うような表情で見てきた。

「ニヤケてないってば!」

「にな絵さん。もしかして...」

伊之助さん、何を言う気だ。
もしかして、私の胸の高鳴りがバレてしまったのか。

「もしかして...円陣組むの初めてですか?」

「え、円陣?」

「はい。今、組んでるでしょ?」

良かった。
鈍感な人で良かった。

「円陣!そうですそうです。掛け声何にしましょうか?じゃあ、行きますよ~。絶対に合格するぞ~エイエイ~」

「オ~!!!」

伊之助さんだけが、大きな声で言う。
和美さんはただただ私と伊之助さんを見て笑っていた。
 私は自然な笑顔を手に入れた。
まあ、ニヤケているように見えるのなら、改善しなければならないけれど。
でも、いつの間にか笑顔でいる事が増えている。
出会いって素晴らしい!
新たな曲が書けそうだ。
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