涙の跡

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
20 / 21
Episode20

少しずつ

しおりを挟む
 私は、週に一度は路上ライブをするようになっていた。
最初は知り合いを誘い、私の歌う姿を見てもらうという目的があった。
自分が曲を作っていたり、それを歌うという事さえ隠していたからだ。
けれど2回目からは、どれだけ知らない人に届く歌を歌えるかが問題だった。
そんな中でも野島さんは、時間があるとライブを観に来てくれていた。

「3曲目のここが特に好きだった」

とか

「あの曲のシーンのような写真が撮りたい」

と感想を伝えてくれた。


 野島さんは、コンクールに出す為の写真を撮りによく出掛けていたし、映画館の上映本数も増やしていた。
写真と同じくらい映画館も大切にしたい、という想いが強くなっているそうだ。
私も休みの日には映画を観に行く事もあった。
少しずつではあるが自分が変わっている。
それと同時に好きな人がいる事の幸せも感じていた。


 ある日、二人でデートに行く事になった。
初めて路上ライブをし、好きと伝えたあの日から一度もデートというデートをしていなかったのだ。
野島さんが路上ライブに来てくれた時に公園で話したり、野島さんの映画館で話したりはしていたけれど、他の所に行こうとはお互い言っていなかった。
最初はそれくらいがちょうど良く、二人の距離は少しずつ近づいているようだった。
天気の良かった日の夜。
路上ライブの帰りに港で、野島さんが夜景を撮りながら話す。

「今度、写真を撮りに行こうと思っている公園があるんです」

「何か撮りたいものがあるんですか?」

私は言葉を待つ。

「人気のデートスポットらしいです。デートしたいんです」

「えっ?」

 カメラを覗いている野島さんを見た。
野島さんはカメラから目を離し、

「そういう事です」

と笑った。

「僕が初めてカメラを使うきっかけになったのが、実はその公園で。小学六年生の時、祖父と一緒に行ったんです。そこで祖父からカメラを貰ったんです。おさがりですけど。それからはあっという間に写真にハマりました。中学生になって写真部に入ったのも祖父の影響です。だから最初にちゃんと写真を撮ったのはその公園なんです。原点回帰。そこをデートの場所にするのもどうかと思うんですけど...」

「行きたいです。原点回帰。楽しみ」

すると、野島さんがカメラをこっちに向けた。
シャッターが切られた。

「依子さんはこの場所がとても似合います。夜のこの港が。初めて会った日にもそう思いました」

もう一度シャッターが切られた。

「僕を見つけてくれてありがとう。声を掛けてくれてありがとう」

またシャッターが切られる。
私は何も言えずに、ただカメラを見て笑った。
もう一度シャッターを切り野村さんは

「写真を撮りながらだと、言いたい事がスラスラ言えるな~」

と、おどけてみせた。

「変わり者ですね」

私も、照れるのを必死に隠した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...