涙の跡

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
16 / 21
Episode16

聞くこと

しおりを挟む
「正直に話すと、あの日なんで泣いていたのか...気になっています」

野島さんのハンカチで頬を拭きながら、私は思いがけない事を口にした。
言ってから

「すみません。言いたい事なわけがないですよね!」

とすぐに切り替えた。

「今日は沢山、話を聞いてくれてありがとうございました。また、映画館行きますね」

私がギターケースを持って立ち上がろうとすると、野島さんが

「待って下さい」

と強く言った。

「言いたくないというより...恥ずかしいだけなんです...」


 私達は公園のベンチに座り直し、野島さんは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。

「僕は長い間、写真が撮れなくなっていました。正確に言うと、なんのために撮るのか分からなくなっていました。最初の衝動みたいなものが消えてしまったんです。それで、恋人にも別れようと言われて。写真家としての僕が好きだったみたいで、写真家じゃない僕には何の魅力もなかったんです。そういう情けない理由だったんです。それで夜に酔っ払って外で寝てるって...格好悪いでしょ」

野島さんは下を向き、自嘲気味に笑った。

「私のこれまで作った曲は、ほとんど誰にも聞かせていないんです。趣味のままでいいなんて思ってないのに。自分で聴くばっかりなんです。大勢の人に聴いてほしいのに。臆病だから...とか言ってられないんです。でも、あの日野島さんの涙の跡を見てから少しずつ変わってきていて。一人の為の歌を作っていきたいっていう目標が出来ました。初めて母への歌が作れたんです。一人に向けた歌は自分勝手なものだと考えてきたんですけど、本当はその方がリアルなんじゃないかって...」

私はここまで言ったのならもう少し頑張ろうと思った。
とても緊張した。

「さっき歌った曲は野島さんの涙の跡を見て、色々な人の事を考えて書きました。でも作りたかったのは、野島さんの為だけの歌です。あの日の、心のギュッとなる感じだけを歌にしたいんです。それと、野島さんが撮ってくれた写真にも曲をつけたいって思っています。私...」

そこまで言って私は黙ってしまった。

「ありがとう。本当に。そんな風に言ってくれて本当に嬉しかった。お願いがあります。依子さんと虹の写真なんですけど、展示させて欲しいんです。写真展をやろうと思っています」

野島さんは相変わらずゆっくりと丁寧に話した。
心地良い話し方。

「吉岡さんに聞きました。前はよくやっていたって。恥ずかしいけど、嬉しいです。絶対見に行きます」

 日の暮れる頃、野島さんと別れ、家に帰った。
家に着き、ソファに座った時に、今日の出来事の重大さを感じた。
あんなにスラスラ言葉が出たのはいつ振りだろうか。
あんなに素直な想いを言葉にしたのは初めてではないだろうか。
思い返してまたドキドキした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

憧れの先輩とイケナイ状況に!?

暗黒神ゼブラ
恋愛
今日私は憧れの先輩とご飯を食べに行くことになっちゃった!?

処理中です...