涙の跡

あおなゆみ

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Episode12

偶然

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 野島さんがいない間の映画館は、上映回数が減ったものの、高校生と大学生のお陰でほぼ通常営業といった感じだった。
ボランティアからアルバイトに昇格したらしい。
高校生に野島さんの体調が悪いのか聞いてみたが、

「僕達も詳しくは聞かされてないんですけど、体調の問題ではないと言ってました」

と詳しい事は結局誰にも分からなかった。

 私は日々作曲をしていた。
時々公園に行き、迷惑にならない程度に歌ったりした。
 
 ある日、小さな女の子が目の前で真剣に私の歌を聞いてくれた。
歌い終わると拍手をし、私に言った。

「ギター触ってみたいの」

「いいよ。あまり強く弾くと指、傷つけちゃうから気を付けてね」

女の子は満面の笑みで私の隣に座り、ギターをお琴のようにして弾いた。
私がコードを押さえて女の子が弦を一本ずつ鳴らした。

「綺麗な音」

女の子はとても嬉しそうだった。
すると

「ななこ~」

とお母さんらしき人がこちらに向かってきた。
私に向かい、会釈する。

「すみません。大切なギター、弾かせてもらったみたいで」

「いいえ。とっても喜んでくれたので、私も嬉しいです」

ななこちゃんはお母さんが側まで来ると、ギターの事はもう忘れたかのように、ギュッとお母さんを抱きしめた。
私は、辛かったあの日の母を抱きしめてあげたかった。
ななこちゃんのお母さんの表情をみてそう思った。

 少ししてから、ななこちゃんは再びギターの方に戻り、お琴のように演奏を始めた。
お母さんは、ななこちゃんを優しく見守りながら、私に聞いた。

「最近何度かお見かけしていました。ご自分で作られた曲ですか?」

「はい。まだまだなんですけど...」

「最近は全然いないんですけど、この辺りは結構路上ライブしていたんですよ。十年前くらいに始めた人がいて、だんだん若い子がここで演奏するよになったんです。公園の中じゃなくて、港のある方ですけど。今度、そっちで演奏されたらいかがですか?」

「知らなかったです。ありがとうございます」


 親子と別れ、私は公園のベンチでゆっくりしていた。

「ライブか...」

今やっている事はライブとは言えない。
もっと外に向けなければならない。

 その時、後ろから

「ワン!」

と犬の鳴き声が聞こえた。
振り返ると蛍光グリーンのフリスビーがこちらに向かってきていて、犬はそれを必死に追いかけていた。
犬はフリスビーに追いつき、見事にキャッチ。
その犬はシェットランド・シープドッグだった。
見た事のある犬だ。

「おいで!持ってきて!」

 聞こえた声に私は立ち上がる。
犬の走って行く先にいたのは、野島さんだった。
突然すぎてよく分からなくなった私は、感動がじわじわと体に流れ出すのを感じる。
 私に気付いた野島さんは、丁寧にお辞儀し、ラッキーを連れ、こっちに向かって歩き出した。
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