8 / 11
願っていた再会
しおりを挟む
彼は立って、スマホを見ていた。
その立ち姿も、横顔も、私が知っているものだった。
耳のピアスの穴を見ただけで懐かしさに胸が痛む。
「あの…」
私は色々と考えすぎてしまう前に、彼に声を掛けていた。
目が合った瞬間、彼のライブに行って、彼女もいて楽しかったあの頃の空気感を思い出し、私の鼓動はさらに速まる。
鮮明に蘇る感情。
私の青春。
「その…」
私は何も言えなくなってしまう。
この状況をどうにかしないといけないと分かっていても、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
「前にお会いしましたよね?」
沈黙を破ってくれたのは彼だった。
私の事を覚えていてくれた彼は、いきなり声を掛けられた不安が消えたらしい。
穏やかな表情になる。
私は本当に嬉しかった。
誰かの記憶に、それも彼の記憶に自分が残っていた事が。
「はい。お通夜の時のお水…」
そこまで言ったところで私はまた口ごもる。
彼女のお通夜で水をくれた事を話そうとしたけれど、途中でやめた。
彼女は彼のいたバンドのボーカルの恋人。
そうなると、彼はバンドの事を思い出してしまうかもしれない。
なんとなく良い事ではない気がした。
でも彼は、
「ああ、水ですね。あの後大丈夫でしたか?」
と、気にしてる様子は伺えなかった。
「はい。また会えたら、ちゃんとお礼を言いたいと思っていて」
「お礼なんて。しばらくこっちにいなかったんです。最近こっちに戻ってきたばかりで」
「そうだったんですか。あの...」
「はい」
彼は少しだけ恐れているように見えた。
何を聞かれるのだろう、と。
私は
「これからはまた、こっちにいるんですか?」
と、彼を不安にさせないように聞く。
その質問に少しホッとしたのか、彼は元の表情に戻る。
「はい。そのつもりです」
「そうなんですね。その…」
私はまた、勇気を出した。
この5年は私にとって、この日の為にあった日々だと思うから、いつか迎えるであろう死まで意識して、勇気を出した。
このまま別れたら、絶対に後悔してしまう。
「あの。実は私」
伝えたかった事を言おうとした瞬間、彼が私の言葉を遮って、素敵な事を言った。
「お茶でもしませんか?」
その響きは生涯忘れられないものになる。
なんで私にそんな事を言ってくれたのか。
私はその後もずっと聞く事はできなかった。
聞けるとすれば、何かの終わりのタイミングだろう。
だってそれは、彼が私に放った、唯一の確信的な一言だったのだから。
将来を変えるほどの重要な一言。
彼が選択した、私といる時間。
「お茶でもしませんか?」というよくあるような一言でも、私が彼の側にいられる大きな理由になった。
彼からのきっかけがなければ、後に彼に「好き」とか「一緒に暮らそう」と言う未来もなかったのだ。
私は再会した彼に、恋心を伝えようとは思っていなかったから、私の心を動かしてしまったのは彼。
そう思っていたかった。
彼に付いて行き、カフェに入る。
席に着き彼を見つめた時、誰かとしっかり向かい合って話すのは久しぶりだと思った。
しかもその相手がずっと想い続けてきた相手なのだから、どうしても緊張する。
彼は彼でなんだかぎこちなくて、もしかして私と同じなのかもしれないと直感で感じた。
彼も誰かと向かい合って話すのが久しぶりなのではないか、と。
私も彼も、誰かと話す事を強く望んでいるようだった。
初めて会うわけではないけれど、お互いを深くは知らなくて、だからと言って本当の深くまで知ろうとはしていない関係。
臆病ながらも、どこか今より明るい方へ向かいたい二人。
そんな気がした。
「実は私。ずっと、今もファンです」
思い切った私の発言に彼は少しだけ目を大きくした。
私にとっては、臆病な気持ちを振り払う為の発言でもあった。
「ファン?」
「ファン」という言葉の意味を知りたい子供のように聞いてくる。
「はい。ファンです。これ」
そう言って私は、携帯に入っている彼の曲を見せた。
「これが証拠です」
彼は不思議そうに画面を見ていた。
「聴いてくれてたんですか?」
「はい。さっき、また会えたらお礼を言いたかったって言いましたけど、お水のお礼だけじゃなくて、この曲のお礼も言いたかったんです」
「わあ、なんか、すごいな」
「すごいですか?」
「うん。すごい」
彼のファンなんて沢山いただろうし、きっと近寄ってくる女性だっていたはずだ。
それなのに彼は目の前のファンの存在が信じられないような顔をする。
「この曲だけじゃなくて、他の曲も、もちろんライブでも幸せな気持ちをもらいました。なんだかありふれてる事しか言えませんけど」
流れ的には、彼が今音楽をやっていない理由を話し出しそうな雰囲気だった。
嬉しそうな表情だったけれど、どこか切なくも見える目の前の彼。
だから私は彼に、無理に彼の話をして欲しくなくて、ただ私の想いだけ聞いて欲しかった。
彼の為だと思ったけれど、自分勝手な発想だった。
この機会を逃したら、もう聞けないと感じていたのに、私は彼の過去から逃げた。
「あと一つだけ。これだけ言ったらこの話はやめるので、聞いてもらってもいいですか?あんまり熱狂的に私の想いを伝えられても居心地が悪いと思うので」
「そんな事もないですけど...何ですか?」
私は呼吸を整え、伝える決意をする。
「何度も救われました。あなたのファンになって本当に良かったです」
どこか夢見がちなのは変わっていないけれど、5年前ほど純粋ではなくなっていた私。
彼に伝えたかった想いを伝えた瞬間、5年前の気持ちを完全に取り戻した。
その立ち姿も、横顔も、私が知っているものだった。
耳のピアスの穴を見ただけで懐かしさに胸が痛む。
「あの…」
私は色々と考えすぎてしまう前に、彼に声を掛けていた。
目が合った瞬間、彼のライブに行って、彼女もいて楽しかったあの頃の空気感を思い出し、私の鼓動はさらに速まる。
鮮明に蘇る感情。
私の青春。
「その…」
私は何も言えなくなってしまう。
この状況をどうにかしないといけないと分かっていても、胸がいっぱいで言葉が出てこない。
「前にお会いしましたよね?」
沈黙を破ってくれたのは彼だった。
私の事を覚えていてくれた彼は、いきなり声を掛けられた不安が消えたらしい。
穏やかな表情になる。
私は本当に嬉しかった。
誰かの記憶に、それも彼の記憶に自分が残っていた事が。
「はい。お通夜の時のお水…」
そこまで言ったところで私はまた口ごもる。
彼女のお通夜で水をくれた事を話そうとしたけれど、途中でやめた。
彼女は彼のいたバンドのボーカルの恋人。
そうなると、彼はバンドの事を思い出してしまうかもしれない。
なんとなく良い事ではない気がした。
でも彼は、
「ああ、水ですね。あの後大丈夫でしたか?」
と、気にしてる様子は伺えなかった。
「はい。また会えたら、ちゃんとお礼を言いたいと思っていて」
「お礼なんて。しばらくこっちにいなかったんです。最近こっちに戻ってきたばかりで」
「そうだったんですか。あの...」
「はい」
彼は少しだけ恐れているように見えた。
何を聞かれるのだろう、と。
私は
「これからはまた、こっちにいるんですか?」
と、彼を不安にさせないように聞く。
その質問に少しホッとしたのか、彼は元の表情に戻る。
「はい。そのつもりです」
「そうなんですね。その…」
私はまた、勇気を出した。
この5年は私にとって、この日の為にあった日々だと思うから、いつか迎えるであろう死まで意識して、勇気を出した。
このまま別れたら、絶対に後悔してしまう。
「あの。実は私」
伝えたかった事を言おうとした瞬間、彼が私の言葉を遮って、素敵な事を言った。
「お茶でもしませんか?」
その響きは生涯忘れられないものになる。
なんで私にそんな事を言ってくれたのか。
私はその後もずっと聞く事はできなかった。
聞けるとすれば、何かの終わりのタイミングだろう。
だってそれは、彼が私に放った、唯一の確信的な一言だったのだから。
将来を変えるほどの重要な一言。
彼が選択した、私といる時間。
「お茶でもしませんか?」というよくあるような一言でも、私が彼の側にいられる大きな理由になった。
彼からのきっかけがなければ、後に彼に「好き」とか「一緒に暮らそう」と言う未来もなかったのだ。
私は再会した彼に、恋心を伝えようとは思っていなかったから、私の心を動かしてしまったのは彼。
そう思っていたかった。
彼に付いて行き、カフェに入る。
席に着き彼を見つめた時、誰かとしっかり向かい合って話すのは久しぶりだと思った。
しかもその相手がずっと想い続けてきた相手なのだから、どうしても緊張する。
彼は彼でなんだかぎこちなくて、もしかして私と同じなのかもしれないと直感で感じた。
彼も誰かと向かい合って話すのが久しぶりなのではないか、と。
私も彼も、誰かと話す事を強く望んでいるようだった。
初めて会うわけではないけれど、お互いを深くは知らなくて、だからと言って本当の深くまで知ろうとはしていない関係。
臆病ながらも、どこか今より明るい方へ向かいたい二人。
そんな気がした。
「実は私。ずっと、今もファンです」
思い切った私の発言に彼は少しだけ目を大きくした。
私にとっては、臆病な気持ちを振り払う為の発言でもあった。
「ファン?」
「ファン」という言葉の意味を知りたい子供のように聞いてくる。
「はい。ファンです。これ」
そう言って私は、携帯に入っている彼の曲を見せた。
「これが証拠です」
彼は不思議そうに画面を見ていた。
「聴いてくれてたんですか?」
「はい。さっき、また会えたらお礼を言いたかったって言いましたけど、お水のお礼だけじゃなくて、この曲のお礼も言いたかったんです」
「わあ、なんか、すごいな」
「すごいですか?」
「うん。すごい」
彼のファンなんて沢山いただろうし、きっと近寄ってくる女性だっていたはずだ。
それなのに彼は目の前のファンの存在が信じられないような顔をする。
「この曲だけじゃなくて、他の曲も、もちろんライブでも幸せな気持ちをもらいました。なんだかありふれてる事しか言えませんけど」
流れ的には、彼が今音楽をやっていない理由を話し出しそうな雰囲気だった。
嬉しそうな表情だったけれど、どこか切なくも見える目の前の彼。
だから私は彼に、無理に彼の話をして欲しくなくて、ただ私の想いだけ聞いて欲しかった。
彼の為だと思ったけれど、自分勝手な発想だった。
この機会を逃したら、もう聞けないと感じていたのに、私は彼の過去から逃げた。
「あと一つだけ。これだけ言ったらこの話はやめるので、聞いてもらってもいいですか?あんまり熱狂的に私の想いを伝えられても居心地が悪いと思うので」
「そんな事もないですけど...何ですか?」
私は呼吸を整え、伝える決意をする。
「何度も救われました。あなたのファンになって本当に良かったです」
どこか夢見がちなのは変わっていないけれど、5年前ほど純粋ではなくなっていた私。
彼に伝えたかった想いを伝えた瞬間、5年前の気持ちを完全に取り戻した。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
人違いラブレターに慣れていたので今回の手紙もスルーしたら、片思いしていた男の子に告白されました。この手紙が、間違いじゃないって本当ですか?
石河 翠
恋愛
クラス内に「ワタナベ」がふたりいるため、「可愛いほうのワタナベさん」宛のラブレターをしょっちゅう受け取ってしまう「そうじゃないほうのワタナベさん」こと主人公の「わたし」。
ある日「わたし」は下駄箱で、万年筆で丁寧に宛名を書いたラブレターを見つける。またかとがっかりした「わたし」は、その手紙をもうひとりの「ワタナベ」の下駄箱へ入れる。
ところが、その話を聞いた隣のクラスのサイトウくんは、「わたし」が驚くほど動揺してしまう。 実はその手紙は本当に彼女宛だったことが判明する。そしてその手紙を書いた「地味なほうのサイトウくん」にも大きな秘密があって……。
「真面目」以外にとりえがないと思っている「わたし」と、そんな彼女を見守るサイトウくんの少女マンガのような恋のおはなし。
小説家になろう及びエブリスタにも投稿しています。
扉絵は汐の音さまに描いていただきました。
ラストグリーン
桜庭かなめ
恋愛
「つばさくん、だいすき」
蓮見翼は10年前に転校した少女・有村咲希の夢を何度も見ていた。それは幼なじみの朝霧明日香も同じだった。いつか咲希とまた会いたいと思い続けながらも会うことはなく、2人は高校3年生に。
しかし、夏の始まりに突如、咲希が翼と明日香のクラスに転入してきたのだ。そして、咲希は10年前と同じく、再会してすぐに翼に好きだと伝え頬にキスをした。それをきっかけに、彼らの物語が動き始める。
20世紀最後の年度に生まれた彼らの高校最後の夏は、平成最後の夏。
恋、進路、夢。そして、未来。様々なことに悩みながらも前へと進む甘く、切なく、そして爽やかな学園青春ラブストーリー。
※完結しました!(2020.8.25)
※お気に入り登録や感想をお待ちしています。
先輩に退部を命じられた僕を励ましてくれたアイドル級美少女の後輩マネージャーを成り行きで家に上げたら、なぜかその後も入り浸るようになった件
桜 偉村
恋愛
別にいいんじゃないんですか? 上手くならなくても——。
後輩マネージャーのその一言が、彼の人生を変えた。
全国常連の高校サッカー部の三軍に所属していた如月 巧(きさらぎ たくみ)は、自分の能力に限界を感じていた。
練習試合でも敗因となってしまった巧は、三軍キャプテンの武岡(たけおか)に退部を命じられて絶望する。
武岡にとって、巧はチームのお荷物であると同時に、アイドル級美少女マネージャーの白雪 香奈(しらゆき かな)と親しくしている目障りな存在だった。
だから、自信をなくしている巧を追い込んで退部させ、香奈と距離を置かせようとしたのだ。
そうすれば、香奈は自分のモノになると思っていたから。
武岡の思惑通り、巧はサッカー部を辞めようとしていた。
しかし、そこに香奈が現れる。
成り行きで香奈を家に上げた巧だが、なぜか彼女はその後も彼の家を訪れるようになって——。
「これは警告だよ」
「勘違いしないんでしょ?」
「僕がサッカーを続けられたのは、君のおかげだから」
「仲が良いだけの先輩に、あんなことまですると思ってたんですか?」
甘酸っぱくて、爽やかで、焦れったくて、クスッと笑えて……
オレンジジュース(のような青春)が好きな人必見の現代ラブコメ、ここに開幕!
※これより下では今後のストーリーの大まかな流れについて記載しています。
「話のなんとなくの流れや雰囲気を抑えておきたい」「ざまぁ展開がいつになるのか知りたい!」という方のみご一読ください。
【今後の大まかな流れ】
第1話、第2話でざまぁの伏線が作られます。
第1話はざまぁへの伏線というよりはラブコメ要素が強いので、「早くざまぁ展開見たい!」という方はサラッと読んでいただいて構いません!
本格的なざまぁが行われるのは第15話前後を予定しています。どうかお楽しみに!
また、特に第4話からは基本的にラブコメ展開が続きます。シリアス展開はないので、ほっこりしつつ甘さも補充できます!
※最初のざまぁが行われた後も基本はラブコメしつつ、ちょくちょくざまぁ要素も入れていこうかなと思っています。
少しでも「面白いな」「続きが気になる」と思った方は、ざっと内容を把握しつつ第20話、いえ第2話くらいまでお読みいただけると嬉しいです!
※基本は一途ですが、メインヒロイン以外との絡みも多少あります。
※本作品は小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ぼたん ~不器用な歌い手達が紡ぐ音~
雪見桜
恋愛
音楽の才能を持つ以外とことん不器用な女子高生の千依(ちえ)は、器用な双子の兄・千歳の影の相方として芸能活動をしている。昔自分を救ってくれたとある元アイドルに感謝しながら……。憧れの人との出会いから始まるスローテンポな恋と成長のお話です。
表紙イラストは昼寝様に描いていただきました。
ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない
絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる