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願っていた再会

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 彼は立って、スマホを見ていた。
その立ち姿も、横顔も、私が知っているものだった。
耳のピアスの穴を見ただけで懐かしさに胸が痛む。

「あの…」

私は色々と考えすぎてしまう前に、彼に声を掛けていた。
目が合った瞬間、彼のライブに行って、彼女もいて楽しかったあの頃の空気感を思い出し、私の鼓動はさらに速まる。
鮮明に蘇る感情。
私の青春。
 
「その…」

私は何も言えなくなってしまう。
この状況をどうにかしないといけないと分かっていても、胸がいっぱいで言葉が出てこない。

「前にお会いしましたよね?」

沈黙を破ってくれたのは彼だった。
私の事を覚えていてくれた彼は、いきなり声を掛けられた不安が消えたらしい。
穏やかな表情になる。
 私は本当に嬉しかった。
誰かの記憶に、それも彼の記憶に自分が残っていた事が。

「はい。お通夜の時のお水…」

そこまで言ったところで私はまた口ごもる。
彼女のお通夜で水をくれた事を話そうとしたけれど、途中でやめた。
彼女は彼のいたバンドのボーカルの恋人。
そうなると、彼はバンドの事を思い出してしまうかもしれない。
なんとなく良い事ではない気がした。
でも彼は、

「ああ、水ですね。あの後大丈夫でしたか?」

と、気にしてる様子は伺えなかった。

「はい。また会えたら、ちゃんとお礼を言いたいと思っていて」

「お礼なんて。しばらくこっちにいなかったんです。最近こっちに戻ってきたばかりで」

「そうだったんですか。あの...」

「はい」

彼は少しだけ恐れているように見えた。
何を聞かれるのだろう、と。
私は

「これからはまた、こっちにいるんですか?」

と、彼を不安にさせないように聞く。
その質問に少しホッとしたのか、彼は元の表情に戻る。

「はい。そのつもりです」

「そうなんですね。その…」

私はまた、勇気を出した。
この5年は私にとって、この日の為にあった日々だと思うから、いつか迎えるであろう死まで意識して、勇気を出した。
このまま別れたら、絶対に後悔してしまう。

「あの。実は私」

伝えたかった事を言おうとした瞬間、彼が私の言葉を遮って、素敵な事を言った。

「お茶でもしませんか?」

 その響きは生涯忘れられないものになる。
なんで私にそんな事を言ってくれたのか。
私はその後もずっと聞く事はできなかった。
聞けるとすれば、何かの終わりのタイミングだろう。
だってそれは、彼が私に放った、唯一の確信的な一言だったのだから。
将来を変えるほどの重要な一言。
彼が選択した、私といる時間。
「お茶でもしませんか?」というよくあるような一言でも、私が彼の側にいられる大きな理由になった。
彼からのきっかけがなければ、後に彼に「好き」とか「一緒に暮らそう」と言う未来もなかったのだ。
 私は再会した彼に、恋心を伝えようとは思っていなかったから、私の心を動かしてしまったのは彼。
そう思っていたかった。


 彼に付いて行き、カフェに入る。
席に着き彼を見つめた時、誰かとしっかり向かい合って話すのは久しぶりだと思った。
しかもその相手がずっと想い続けてきた相手なのだから、どうしても緊張する。
彼は彼でなんだかぎこちなくて、もしかして私と同じなのかもしれないと直感で感じた。
彼も誰かと向かい合って話すのが久しぶりなのではないか、と。
私も彼も、誰かと話す事を強く望んでいるようだった。
初めて会うわけではないけれど、お互いを深くは知らなくて、だからと言って本当の深くまで知ろうとはしていない関係。
臆病ながらも、どこか今より明るい方へ向かいたい二人。
そんな気がした。


「実は私。ずっと、今もファンです」

思い切った私の発言に彼は少しだけ目を大きくした。  
私にとっては、臆病な気持ちを振り払う為の発言でもあった。

「ファン?」

「ファン」という言葉の意味を知りたい子供のように聞いてくる。

「はい。ファンです。これ」

そう言って私は、携帯に入っている彼の曲を見せた。

「これが証拠です」

彼は不思議そうに画面を見ていた。

「聴いてくれてたんですか?」

「はい。さっき、また会えたらお礼を言いたかったって言いましたけど、お水のお礼だけじゃなくて、この曲のお礼も言いたかったんです」

「わあ、なんか、すごいな」

「すごいですか?」

「うん。すごい」

彼のファンなんて沢山いただろうし、きっと近寄ってくる女性だっていたはずだ。
それなのに彼は目の前のファンの存在が信じられないような顔をする。
 
「この曲だけじゃなくて、他の曲も、もちろんライブでも幸せな気持ちをもらいました。なんだかありふれてる事しか言えませんけど」

流れ的には、彼が今音楽をやっていない理由を話し出しそうな雰囲気だった。
嬉しそうな表情だったけれど、どこか切なくも見える目の前の彼。
だから私は彼に、無理に彼の話をして欲しくなくて、ただ私の想いだけ聞いて欲しかった。
彼の為だと思ったけれど、自分勝手な発想だった。
この機会を逃したら、もう聞けないと感じていたのに、私は彼の過去から逃げた。

「あと一つだけ。これだけ言ったらこの話はやめるので、聞いてもらってもいいですか?あんまり熱狂的に私の想いを伝えられても居心地が悪いと思うので」

「そんな事もないですけど...何ですか?」

私は呼吸を整え、伝える決意をする。

「何度も救われました。あなたのファンになって本当に良かったです」

 どこか夢見がちなのは変わっていないけれど、5年前ほど純粋ではなくなっていた私。
彼に伝えたかった想いを伝えた瞬間、5年前の気持ちを完全に取り戻した。
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