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夢のまま
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私は彼がこっちに向かって来た時に、避けるべきだったのかもしれない...
それは上辺で言う事であって、本心ではなかった。
夢のままで良いなんて、そんなのはあり得なかった。
でも避けるべきだったと思うのは、出会ってしまえば別れがあるからだ。
私は、前に進む彼を止める訳にはいかない。
前に進む彼が、私の深い青の夜に繋がっている...
私の方に向かってきた彼は、何か言うのかと思ったのに、何も言わず、ただ本棚を見ていた。
私が立っていた右側で本を手に取り、少し読んでから戻す。
それを2、3度繰り返した。
そして、言った。
「あの...失礼を承知でお聞きしますが…一週間前、公園にいましたか?」
囁くような、本当に小さな声だった。
その質問は私を緊張させる。
「はい。いました...」
何を言われるのだろう。
彼がこの町にいる事を、私がバラしたと思われているのか。
私の顔は一気に熱くなる。
するとそんな私を見た彼は、少し慌てたような表情に変わった。
「ごめん、脅すつもりはなかったんだ。ただ、どうしてか分からないけど、確認だけしたくて...」
彼の表情はさらに、ひどく居心地の悪いような、申し訳なさいっぱいのものに変わる。
額からは汗が流れる。
私は持っていた本を棚に戻し、彼の手を引っ張った。
そして、歩きだそうとする。
彼は最初抵抗したけれど、私の目を見た後、私に従うように力を抜いた。
彼の手を引き、図書館を出て、外の自動販売機でペットボトルの水を買う。
ベンチに座った彼は、深く呼吸をしながら私を見ていた。
「大丈夫ですか?これ、飲んで下さい」
「ごめんね」
彼はまた謝り、水を受け取り、少しずつ飲んだ。
しばらくの間の沈黙。
時々公園から子供たちの声が聞こえてくるだけだった。
私は沈黙に耐えられなくなる。
彼は、自分の正体がバレる事を恐れているのだろう。
この町にいるのを知られたくないのだろう。
彼の顔色がさっきよりは良くなった事を確認してから、
「誰にも言ってません」
と恐る恐る伝えた。
「本当に、誰にも言ってません。私が見つけてしまって、少しの間見つめてしまった事で嫌な気持ちにさせたなら、すみませんでした」
と付け加える。
彼は私の方は見ないで、視線を下に落としたまま言った。
「違うよ、謝らないで。気付かないうちに色々と敏感になっていたんだと思う。こっちこそ声を掛けて、驚かせてしまってごめんなさい。ただ...誰にも言ってないって言葉が、どうしてか分からないけど、有り難いよ。嫌な気持ちにさせて、ごめんね。それに助けてくれてありがとう」
私は首を横に振り、言葉を探す。
私の前に現れた、深い青の存在。
彼という存在。
目の前にいるのは、奇跡だ。
奇跡の時間に、何かを残したくなる。
「誰にも言わないって言葉、私、なんだか好きです」
彼は間違いなく私の方を見た。
今、彼の方を見る事ができない。
そして彼は、夏の花火みたいに、低く胸に響く声で言った。
「じゃあ、僕らが出会った事も誰にも言わないよ」
その言葉さえもやっぱり、花火の音が胸を打つ響きのように切なかった。
だけど、続いた彼の言葉で切なさは和らぐ。
愛しい想いに切り替わる。
「二人だけが知っていれば、充分だから」
彼は優しく微笑んでいた。
私はそれだけで充分だった。
それは上辺で言う事であって、本心ではなかった。
夢のままで良いなんて、そんなのはあり得なかった。
でも避けるべきだったと思うのは、出会ってしまえば別れがあるからだ。
私は、前に進む彼を止める訳にはいかない。
前に進む彼が、私の深い青の夜に繋がっている...
私の方に向かってきた彼は、何か言うのかと思ったのに、何も言わず、ただ本棚を見ていた。
私が立っていた右側で本を手に取り、少し読んでから戻す。
それを2、3度繰り返した。
そして、言った。
「あの...失礼を承知でお聞きしますが…一週間前、公園にいましたか?」
囁くような、本当に小さな声だった。
その質問は私を緊張させる。
「はい。いました...」
何を言われるのだろう。
彼がこの町にいる事を、私がバラしたと思われているのか。
私の顔は一気に熱くなる。
するとそんな私を見た彼は、少し慌てたような表情に変わった。
「ごめん、脅すつもりはなかったんだ。ただ、どうしてか分からないけど、確認だけしたくて...」
彼の表情はさらに、ひどく居心地の悪いような、申し訳なさいっぱいのものに変わる。
額からは汗が流れる。
私は持っていた本を棚に戻し、彼の手を引っ張った。
そして、歩きだそうとする。
彼は最初抵抗したけれど、私の目を見た後、私に従うように力を抜いた。
彼の手を引き、図書館を出て、外の自動販売機でペットボトルの水を買う。
ベンチに座った彼は、深く呼吸をしながら私を見ていた。
「大丈夫ですか?これ、飲んで下さい」
「ごめんね」
彼はまた謝り、水を受け取り、少しずつ飲んだ。
しばらくの間の沈黙。
時々公園から子供たちの声が聞こえてくるだけだった。
私は沈黙に耐えられなくなる。
彼は、自分の正体がバレる事を恐れているのだろう。
この町にいるのを知られたくないのだろう。
彼の顔色がさっきよりは良くなった事を確認してから、
「誰にも言ってません」
と恐る恐る伝えた。
「本当に、誰にも言ってません。私が見つけてしまって、少しの間見つめてしまった事で嫌な気持ちにさせたなら、すみませんでした」
と付け加える。
彼は私の方は見ないで、視線を下に落としたまま言った。
「違うよ、謝らないで。気付かないうちに色々と敏感になっていたんだと思う。こっちこそ声を掛けて、驚かせてしまってごめんなさい。ただ...誰にも言ってないって言葉が、どうしてか分からないけど、有り難いよ。嫌な気持ちにさせて、ごめんね。それに助けてくれてありがとう」
私は首を横に振り、言葉を探す。
私の前に現れた、深い青の存在。
彼という存在。
目の前にいるのは、奇跡だ。
奇跡の時間に、何かを残したくなる。
「誰にも言わないって言葉、私、なんだか好きです」
彼は間違いなく私の方を見た。
今、彼の方を見る事ができない。
そして彼は、夏の花火みたいに、低く胸に響く声で言った。
「じゃあ、僕らが出会った事も誰にも言わないよ」
その言葉さえもやっぱり、花火の音が胸を打つ響きのように切なかった。
だけど、続いた彼の言葉で切なさは和らぐ。
愛しい想いに切り替わる。
「二人だけが知っていれば、充分だから」
彼は優しく微笑んでいた。
私はそれだけで充分だった。
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