深い青を愛してる

あおなゆみ

文字の大きさ
上 下
7 / 23

夢のまま

しおりを挟む
 私は彼がこっちに向かって来た時に、避けるべきだったのかもしれない...

 それは上辺で言う事であって、本心ではなかった。
夢のままで良いなんて、そんなのはあり得なかった。
でも避けるべきだったと思うのは、出会ってしまえば別れがあるからだ。
私は、前に進む彼を止める訳にはいかない。
前に進む彼が、私の深い青の夜に繋がっている...


 私の方に向かってきた彼は、何か言うのかと思ったのに、何も言わず、ただ本棚を見ていた。
私が立っていた右側で本を手に取り、少し読んでから戻す。
それを2、3度繰り返した。
そして、言った。

「あの...失礼を承知でお聞きしますが…一週間前、公園にいましたか?」

囁くような、本当に小さな声だった。
その質問は私を緊張させる。

「はい。いました...」

何を言われるのだろう。
彼がこの町にいる事を、私がバラしたと思われているのか。
私の顔は一気に熱くなる。
するとそんな私を見た彼は、少し慌てたような表情に変わった。

「ごめん、脅すつもりはなかったんだ。ただ、どうしてか分からないけど、確認だけしたくて...」

彼の表情はさらに、ひどく居心地の悪いような、申し訳なさいっぱいのものに変わる。
額からは汗が流れる。

 私は持っていた本を棚に戻し、彼の手を引っ張った。
そして、歩きだそうとする。
彼は最初抵抗したけれど、私の目を見た後、私に従うように力を抜いた。
彼の手を引き、図書館を出て、外の自動販売機でペットボトルの水を買う。
ベンチに座った彼は、深く呼吸をしながら私を見ていた。

「大丈夫ですか?これ、飲んで下さい」

「ごめんね」

彼はまた謝り、水を受け取り、少しずつ飲んだ。

 しばらくの間の沈黙。
時々公園から子供たちの声が聞こえてくるだけだった。
私は沈黙に耐えられなくなる。
 
 彼は、自分の正体がバレる事を恐れているのだろう。
この町にいるのを知られたくないのだろう。
彼の顔色がさっきよりは良くなった事を確認してから、

「誰にも言ってません」

と恐る恐る伝えた。

「本当に、誰にも言ってません。私が見つけてしまって、少しの間見つめてしまった事で嫌な気持ちにさせたなら、すみませんでした」

と付け加える。
彼は私の方は見ないで、視線を下に落としたまま言った。

「違うよ、謝らないで。気付かないうちに色々と敏感になっていたんだと思う。こっちこそ声を掛けて、驚かせてしまってごめんなさい。ただ...誰にも言ってないって言葉が、どうしてか分からないけど、有り難いよ。嫌な気持ちにさせて、ごめんね。それに助けてくれてありがとう」

 私は首を横に振り、言葉を探す。
私の前に現れた、深い青の存在。
彼という存在。
目の前にいるのは、奇跡だ。
奇跡の時間に、何かを残したくなる。

「誰にも言わないって言葉、私、なんだか好きです」

彼は間違いなく私の方を見た。
今、彼の方を見る事ができない。
そして彼は、夏の花火みたいに、低く胸に響く声で言った。

「じゃあ、僕らが出会った事も誰にも言わないよ」

その言葉さえもやっぱり、花火の音が胸を打つ響きのように切なかった。
だけど、続いた彼の言葉で切なさは和らぐ。
愛しい想いに切り替わる。

「二人だけが知っていれば、充分だから」

彼は優しく微笑んでいた。
私はそれだけで充分だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

月夜の理科部

嶌田あき
青春
 優柔不断の女子高生・キョウカは、親友・カサネとクラスメイト理系男子・ユキとともに夜の理科室を訪れる。待っていたのは、〈星の王子さま〉と呼ばれる憧れの先輩・スバルと、天文部の望遠鏡を売り払おうとする理科部長・アヤ。理科室を夜に使うために必要となる5人目の部員として、キョウカは入部の誘いを受ける。  そんなある日、知人の研究者・竹戸瀬レネから研究手伝いのバイトの誘いを受ける。月面ローバーを使って地下の量子コンピューターから、あるデータを地球に持ち帰ってきて欲しいという。ユキは二つ返事でOKするも、相変わらず優柔不断のキョウカ。先輩に贈る月面望遠鏡の観測時間を条件に、バイトへの協力を決める。  理科部「夜隊」として入部したキョウカは、夜な夜な理科室に来てはユキとともに課題に取り組んだ。他のメンバー3人はそれぞれに忙しく、ユキと2人きりになることも多くなる。親との喧嘩、スバルの誕生日会、1学期の打ち上げ、夏休みの合宿などなど、絆を深めてゆく夜隊5人。  競うように訓練したAIプログラムが研究所に正式採用され大喜びする頃には、キョウカは数ヶ月のあいだ苦楽をともにしてきたユキを、とても大切に思うようになっていた。打算で始めた関係もこれで終わり、と9月最後の日曜日にデートに出かける。泣きながら別れた2人は、月にあるデータを地球に持ち帰る方法をそれぞれ模索しはじめた。  5年前の事故と月に取り残された脳情報。迫りくるデータ削除のタイムリミット。望遠鏡、月面ローバー、量子コンピューター。必要なものはきっと全部ある――。レネの過去を知ったキョウカは迷いを捨て、走り出す。  皆既月食の夜に集まったメンバーを信じ、理科部5人は月からのデータ回収に挑んだ――。

夏の始まり、大好きな君と叶えられない恋をする

矢田川いつき
青春
春見紫音は、“不幸の青い糸"が見える。その糸で繋がれた人同士が結ばれると、二人に不幸が訪れるのだ。 そして紫音にも"不幸の青い糸"で繋がれた人がいた。 同級生の高坂実。 最初は避けていたのに、紫音は彼に恋をしてしまった。 でも、好きな人を不幸にしたくない。結ばれてはいけない。これは実らない恋、のはずだったのに。 「春見、好きだ」 夕暮れの公園で彼に告白された日から、紫音の日常は変わり始めた。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

秘密のキス

廣瀬純一
青春
キスで体が入れ替わる高校生の男女の話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JCでもできる!はじめての悪の首領

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
あたし、真野麻央、中学二年生。死んだおじいちゃんから託されたのは、VRゴーグルと指輪。湧き上がる好奇心から、試しにそれを装着してみたら……! え? これがあたし!? 長年住み慣れた下町に建つ真野家の地下に広がっていたのは、非現実的なVRワールドだった! その中での麻央の役割は「悪の首領アーク・ダイオーン」その人であり、さまざまな容姿・特技を持った怪人たち・構成員を統率するエラーイ人なのだという。 そんなムツカシーこといわれても、中学生の麻央には分からないことだらけでとまどうばかり。それでも麻央は、自分に与えられた役目を果たそうと奮闘するのだった。 JCが悪の首領だってイイじゃない!

青天のヘキレキ

ましら佳
青春
⌘ 青天のヘキレキ 高校の保健養護教諭である金沢環《かなざわたまき》。 上司にも同僚にも生徒からも精神的にどつき回される生活。 思わぬ事故に巻き込まれ、修学旅行の引率先の沼に落ちて神将・毘沙門天の手違いで、問題児である生徒と入れ替わってしまう。 可愛い女子とイケメン男子ではなく、オバちゃんと問題児の中身の取り違えで、ギャップの大きい生活に戸惑い、落としどころを探って行く。 お互いの抱えている問題に、否応なく向き合って行くが・・・・。 出会いは化学変化。 いわゆる“入れ替わり”系のお話を一度書いてみたくて考えたものです。 お楽しみいただけますように。 他コンテンツにも掲載中です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...