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いつかの遊園地で、いつかの恋を
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「未来に遊園地はないの」
知らない女の人が僕の隣に立ち、そう言いました。
ショートのヘアスタイルに、涙ぼくろのある二重の目、程よく高い鼻に小さな唇。
全身黒色で統一されたファッション。
その人は、美しい人でした。
「私は未来から来た。少しだけ、あなたの隣にいさせてもらってもいい?」
そんな頼みを言いながら、その人は少しも微笑みませんでした。
「未来ですか?その・・・隣というのはどういう?というか、僕はもう帰るので。すみませんが・・・」
僕は遊園地で働くある女性を探していたのですが、今日は諦めて帰ろうとしているところでした。
会いたかった人に会えず、途方に暮れたように立ち尽くしていたのです。
「私を案内して。こんな所は初めてだから、迷子になると思うから」
僕の意思なんか関係ないように話してくるところから、初対面の人に歩み寄ろうという気遣いを感じられませんでした。
「あっちに行ったら、案内の人がいますよ」
そう言っても、
「あなたが案内してくれない?」
と、引き下がろうとはしません。
「時間がないので、すみませんが」
キリがなさそうで、僕はその場を離れようとしました。
揶揄われていると思ったからです。
大体、未来から来たなんておかしな事を言う人に構っていては危険です。
いくら美しい人でも、危険です。
「私、全然笑わないでしょ?」
去りかけた僕に、その人は冷たく言いました。
つい、去るのをやめてしまったのは、その冷たさが寂しさゆえの冷たさに思えたからです。
「あなたに特別に、私が笑わない理由・・・うまく笑えない理由を教えてあげる」
それだけ聞いたら去ろうと思いました。
僕は無言でその人の方を見ます。
「未来では、笑顔の総数が大幅に減ってるの」
その人が一瞬、笑おうと試みたように見えました。
でも、うまくいかなかったようです。
「ここに来たら、自然と微笑む事ができるんじゃないかと思った。遊園地がない未来から来た私なら余計に、この場所にワクワクするんじゃないかって」
目の前の美しい人が、まだおかしな事を言っていると、頭では理解できていました。
それなのに、心が同情モードに突入していきます。
「だから、未来の笑顔の総数を増やすため、あなたに協力してほしいの」
元からの目力のせいでそうなったのではなくて、その人の想いの強さからそうなった強い目で、僕は見つめられました。
参ったな・・・という気持ちなのに、次の瞬間の僕は、その人に向かって微笑んでいました。
その人が本当に笑えないというのなら、せめて僕は笑いかけてあげた方が良いような気がしたのです。
すると、その人は驚きからなのか、少しだけ目を大きく開きました。
それが、表情から読み取れた初めての感情でした。
「僕なんかは、何かを誤魔化すみたいにしょっちゅう笑顔でいるから、ヘラヘラするなって言われちゃうんです。いつの間にか、そうなってしまいました。何かから自分を守るみたいに」
未来から来たと言うその人を、最終的にはおかしな人と判断をせず、僕についてを話してあげる僕こそ、おかしいのかもしれません。
好みのタイプではなかったけれど、その美しさにやられてしまったのでしょうか。
その人は、変わらず真顔のままで言いました。
「いいじゃない。ヘラヘラって素敵ね。羨ましい」
無表情なのも、声のトーンも冷たいままなのに、内容は決して冷たくありませんでした。
僕は未来から来た人に、ヘラヘラ笑うという欠点を褒められたのです。
「僕が羨ましいですか?」
「羨ましい」
「ありがとうございます」
僕はヘラヘラと笑い、その人を案内することになりました。
「あの・・・お名前は?」
隣を無表情で歩くその人に、僕は聞きました。
「名前なんてない。無駄なものだから」
「無駄・・・もしかして、遊園地も無駄だから、未来にはないんですか?」
「そうよ」
「そうですか」
未来は悲しいものだと思いました。
「じゃあ、“未来”って名前はどうですか?あなたの名前です。僕といる時だけでいいので」
「未来?」
「はい。なんか似合いますよ。未来って名前」
その人は眉間に皺を寄せました。
また、感情が読み取れました。
「別に名前は必要な・・・」
「未来さん!」
拒否されるのを遮り、僕はその人を僕が名付けた名前で呼んでみました。
こういう強引さは時に、僕の欠点ではなく長点に変わったりするのです。
ヘラヘラ笑うくせに強引って・・・
こんな無駄な性格の持ち主、未来にはいないんだろうな・・・
「あなたが私を案内するのに名前が必要だって言うなら、案内してもらってる身の私はそれでも構わない」
こうして、未来から来たその人の名前は、未来になったのです。
まあ、名前がなくても案内はできるのですが、名前があった方が会話はしやすいでしょう。
僕は未来さんに、アトラクションの説明をしていきました。
実はここで働いていた事はあるのですが、かなり前の事ですし、ほんの短い期間だったので、ちゃんとした説明ができるわけではありません。
アトラクションに直接関わる仕事ではなかったので、上部だけの簡単な説明になってしまいます。
だから、似たようなアトラクションには、似たような説明しかできませんでした。
「これは、さっきのカラフルなのと同じ乗り物で高さがこっちの方があるってくらいだと思います。スピードは・・・僕は乗ってないので分かんないんですけど」
「カラフル?」
「えっ、もしかして、未来にカラフルはないんですか?」
「私は肌色だけど・・・」
「あっ、今言った“未来”は、過去現在未来の“未来”で、あなたの事は、『未来さん』と呼ぶので」
未来と名づけたせいで、若干紛らわしくなってしまいました。
「失礼。勘違いしちゃった」
未来さんは真顔のままでした。
僕の方が慌てて顔が赤くなってしまいます。
未来では、恥ずかしさから顔を赤くする事もないのでしょうか。
「未来にはカラフルとか、色も存在しないんですか?色さえ無駄と判断されたなら」
「色は存在する。でも、使われる種類は多くない。カラフルっていうのは虹くらいよ」
「虹は流石にあるんですね。良かった」
「未来はなんでも効率重視なの。そうだな、例えば・・・未来にロングヘアの女の人なんかいない」
「そんな・・・僕はロングヘアの女の人がタイプなのに」
笑ってほしいタイミングではあるのですが、もちろん未来さんは笑いませんでした。
未来から来たので笑わないのは仕方がないのですが、僕の発言に引いているように見えました。
「じゃあ、僕みたいな天然パーマの人は?」
若干はねてる僕の髪を摘んで聞いてみました。
「それもいない。つまり進化ね。良い進化なのか分からないけど、だんだんそうなった」
「羨ましいです」
そこでまでひどくない天パの僕が羨むくらいだから、僕よりもっと天パの人は未来に行きたくなるでしょう。
「つまらないわよ。個性ゼロの世界は」
未来さんはそう言いました。
このタイミングでの無表情はまるで、悲しみに溢れている意味での無表情のようでした。
「未来さんは未来を、個性溢れる世界にしたいですか?カラフルな世界に」
「ええ。図書館で読んだ古い資料に遊園地について書かれていて」
「図書館はあるんですね」
「そう。昔の資料を残しておく必要があるって事は、昔みたいに戻れる可能性があるという希望と危険の象徴よ」
「希望と危険・・・」
「私は、今あなたが生きるこの時代を目掛けてやって来た。改善点はあるけど、未来に比べたら最高よ。それに、遊園地という娯楽は必要だと思う。どんなに遠い未来でも」
「未来さんが生きる未来・・・」
「ねえ、あなたはどうして一人でここに?」
未来人である未来さんが、僕の私情を知りたがっています。
「会いたい人がいて、ここに来ました。でも結局、会えませんでした」
「そう・・・」
「でも、未来さんに会えて良かったです」
「あなた・・・諦めないでよ?」
「え?」
「事情は何も知らないけど、会いたい人に会う事を諦めないで。会いたい人に会えなくても、私に出会えたし、それも運命だったんだな・・・なんて思わないで。会いたい人に会いたいって気持ちをどうか、諦めないで・・・」
「まさか、未来では・・・」
「お願い。諦めないって言って。私、あなたに懸けてたの」
「僕にですか?」
「ずっと誰かを探してるみたいだったから。あなたが探してる人に会える事を勝手に願ってた」
「そうだったんですか」
「もし、ずっと探していた人を諦めるのがあなたの中で正解なら、それは仕方ない。でも、そうだとしても、今度また大切な人ができたなら、その感情を諦めないでほしい。ダメでもそれを最後にしないで、次の人を見つけて」
「未来では大切な人を想う気持ちさえもないんですか?もしかして、恋とか愛だとかいう感情さえも?」
未来さんが頷きました。
「僕はまだ諦めないつもりです」
「それなら、良かった。ねえ、最も重要な任務をあなたに託してもいい?」
今度は僕が頷きました。
「恋という感情や、愛という感情を諦めないで」
未来さんは、たとえ無表情でも、冷たい声でも、それでもどうにか感情が伝われと必死になっているようでした。
それが僕には分かりました。
「僕が諦めなければ未来は変わりますか?」
「分からない。でも、そう信じさせて。あなたみたいにヘラヘラ笑う優しい人が未来を変えるんだって思わせて。私なんかに構ってくれたあなたなら、きっとできる」
「未来さん・・・」
「あなたの案内なんかより、資料で見た遊園地の説明の方がずっと分かりやすかったし、正確だった。でも、あなたと話せて本当に良かったと思ってる。私、もう少しで行かないと」
未来さんは未来の人。
未来に、帰ってしまうのです。
「まだ出会ったばかりなのに・・・」
「ごめん。あなたを一方的に観察するのに時間を使いすぎたの。許して・・・」
もはや、未来さんから冷たさを感じない僕です。
顔や声でうまく表現できないだけで、未来さんの心には間違いなく感情があるからです。
「あ、そうだ。どこかで風船を配ってると思ったんだけど、見てないわよね?赤い風船とか、そいういうの。記念に持って帰りたかったんだけど」
「見てないですね・・・実は僕、色とりどりの風船を配ったりする、着ぐるみのクマさんを探してたんです。僕を癒してくれたそんな人だったんですけど・・・未来さん、見てないですよね?」
「クマさんに会いに来たの?クマさんの中身と言ったらいいのかしら?でも、残念。着ぐるみを見てたら、とっくにあなたに話してる」
「着ぐるみも未来にはないからですか?」
「そう。未来にはない」
「じゃあ、風船は?」
「見るのは絵本の中くらいね。空に浮かぶ色とりどりの風船が、子どもたちの憧れよ」
「そうなんですか」
クマさんがいたら、僕らに赤い風船をくれたでしょうか。
未来さんに持って帰ってもらいたかったです。
たとえ空気が抜け、小さくなってしまったとしても、風船を未来に・・・
「本当に、もう行かなくちゃ」
未来さんが、惜しいように言いました。
その感情が伝わってきた事に喜びを感じます。
「未来さん。いつかまた、会えるといいですね」
「それは、どの時空で?」
「分かりませんけど、その時は未来さんの髪がロングヘアだったら嬉しいです」
「何言ってるの?私を自分好みにしたいって事?」
「違いますよ。ただ、未来さんがもっと自由に生きられる・・・そんな世界で再会したいです」
僕はまた、ヘラヘラと笑いました。
それが、今を生きる僕が、未来さんに見せる事のできる決意だったからです。
「やっぱりあなたで良かった。あなたに任務を託せて本当に・・・」
無表情の未来さんから温かさまで感じてしまう僕です。
でも未来では、未来さんに笑ってほしいのです。
未来さんの笑顔を見てみたいのです。
いつかの遊園地で未来さんと、再会したいのです。
僕こそが、未来に恋や愛を残した立役者なのだと、褒められたいのです。
恋や愛を諦めなかった証である僕のいつかの恋人を、未来さんに紹介したいのです。
その時も僕はきっと、ヘラヘラ笑っているのでしょう。
そんな僕を見つめて、恋人は微笑んでくれるのでしょう。
そんな二人を見つめて、未来さんも笑顔になるのでしょう。
そうして、笑顔の総数が増えていくのです。
未来は今よりもっと、笑顔で溢れていくのです。
知らない女の人が僕の隣に立ち、そう言いました。
ショートのヘアスタイルに、涙ぼくろのある二重の目、程よく高い鼻に小さな唇。
全身黒色で統一されたファッション。
その人は、美しい人でした。
「私は未来から来た。少しだけ、あなたの隣にいさせてもらってもいい?」
そんな頼みを言いながら、その人は少しも微笑みませんでした。
「未来ですか?その・・・隣というのはどういう?というか、僕はもう帰るので。すみませんが・・・」
僕は遊園地で働くある女性を探していたのですが、今日は諦めて帰ろうとしているところでした。
会いたかった人に会えず、途方に暮れたように立ち尽くしていたのです。
「私を案内して。こんな所は初めてだから、迷子になると思うから」
僕の意思なんか関係ないように話してくるところから、初対面の人に歩み寄ろうという気遣いを感じられませんでした。
「あっちに行ったら、案内の人がいますよ」
そう言っても、
「あなたが案内してくれない?」
と、引き下がろうとはしません。
「時間がないので、すみませんが」
キリがなさそうで、僕はその場を離れようとしました。
揶揄われていると思ったからです。
大体、未来から来たなんておかしな事を言う人に構っていては危険です。
いくら美しい人でも、危険です。
「私、全然笑わないでしょ?」
去りかけた僕に、その人は冷たく言いました。
つい、去るのをやめてしまったのは、その冷たさが寂しさゆえの冷たさに思えたからです。
「あなたに特別に、私が笑わない理由・・・うまく笑えない理由を教えてあげる」
それだけ聞いたら去ろうと思いました。
僕は無言でその人の方を見ます。
「未来では、笑顔の総数が大幅に減ってるの」
その人が一瞬、笑おうと試みたように見えました。
でも、うまくいかなかったようです。
「ここに来たら、自然と微笑む事ができるんじゃないかと思った。遊園地がない未来から来た私なら余計に、この場所にワクワクするんじゃないかって」
目の前の美しい人が、まだおかしな事を言っていると、頭では理解できていました。
それなのに、心が同情モードに突入していきます。
「だから、未来の笑顔の総数を増やすため、あなたに協力してほしいの」
元からの目力のせいでそうなったのではなくて、その人の想いの強さからそうなった強い目で、僕は見つめられました。
参ったな・・・という気持ちなのに、次の瞬間の僕は、その人に向かって微笑んでいました。
その人が本当に笑えないというのなら、せめて僕は笑いかけてあげた方が良いような気がしたのです。
すると、その人は驚きからなのか、少しだけ目を大きく開きました。
それが、表情から読み取れた初めての感情でした。
「僕なんかは、何かを誤魔化すみたいにしょっちゅう笑顔でいるから、ヘラヘラするなって言われちゃうんです。いつの間にか、そうなってしまいました。何かから自分を守るみたいに」
未来から来たと言うその人を、最終的にはおかしな人と判断をせず、僕についてを話してあげる僕こそ、おかしいのかもしれません。
好みのタイプではなかったけれど、その美しさにやられてしまったのでしょうか。
その人は、変わらず真顔のままで言いました。
「いいじゃない。ヘラヘラって素敵ね。羨ましい」
無表情なのも、声のトーンも冷たいままなのに、内容は決して冷たくありませんでした。
僕は未来から来た人に、ヘラヘラ笑うという欠点を褒められたのです。
「僕が羨ましいですか?」
「羨ましい」
「ありがとうございます」
僕はヘラヘラと笑い、その人を案内することになりました。
「あの・・・お名前は?」
隣を無表情で歩くその人に、僕は聞きました。
「名前なんてない。無駄なものだから」
「無駄・・・もしかして、遊園地も無駄だから、未来にはないんですか?」
「そうよ」
「そうですか」
未来は悲しいものだと思いました。
「じゃあ、“未来”って名前はどうですか?あなたの名前です。僕といる時だけでいいので」
「未来?」
「はい。なんか似合いますよ。未来って名前」
その人は眉間に皺を寄せました。
また、感情が読み取れました。
「別に名前は必要な・・・」
「未来さん!」
拒否されるのを遮り、僕はその人を僕が名付けた名前で呼んでみました。
こういう強引さは時に、僕の欠点ではなく長点に変わったりするのです。
ヘラヘラ笑うくせに強引って・・・
こんな無駄な性格の持ち主、未来にはいないんだろうな・・・
「あなたが私を案内するのに名前が必要だって言うなら、案内してもらってる身の私はそれでも構わない」
こうして、未来から来たその人の名前は、未来になったのです。
まあ、名前がなくても案内はできるのですが、名前があった方が会話はしやすいでしょう。
僕は未来さんに、アトラクションの説明をしていきました。
実はここで働いていた事はあるのですが、かなり前の事ですし、ほんの短い期間だったので、ちゃんとした説明ができるわけではありません。
アトラクションに直接関わる仕事ではなかったので、上部だけの簡単な説明になってしまいます。
だから、似たようなアトラクションには、似たような説明しかできませんでした。
「これは、さっきのカラフルなのと同じ乗り物で高さがこっちの方があるってくらいだと思います。スピードは・・・僕は乗ってないので分かんないんですけど」
「カラフル?」
「えっ、もしかして、未来にカラフルはないんですか?」
「私は肌色だけど・・・」
「あっ、今言った“未来”は、過去現在未来の“未来”で、あなたの事は、『未来さん』と呼ぶので」
未来と名づけたせいで、若干紛らわしくなってしまいました。
「失礼。勘違いしちゃった」
未来さんは真顔のままでした。
僕の方が慌てて顔が赤くなってしまいます。
未来では、恥ずかしさから顔を赤くする事もないのでしょうか。
「未来にはカラフルとか、色も存在しないんですか?色さえ無駄と判断されたなら」
「色は存在する。でも、使われる種類は多くない。カラフルっていうのは虹くらいよ」
「虹は流石にあるんですね。良かった」
「未来はなんでも効率重視なの。そうだな、例えば・・・未来にロングヘアの女の人なんかいない」
「そんな・・・僕はロングヘアの女の人がタイプなのに」
笑ってほしいタイミングではあるのですが、もちろん未来さんは笑いませんでした。
未来から来たので笑わないのは仕方がないのですが、僕の発言に引いているように見えました。
「じゃあ、僕みたいな天然パーマの人は?」
若干はねてる僕の髪を摘んで聞いてみました。
「それもいない。つまり進化ね。良い進化なのか分からないけど、だんだんそうなった」
「羨ましいです」
そこでまでひどくない天パの僕が羨むくらいだから、僕よりもっと天パの人は未来に行きたくなるでしょう。
「つまらないわよ。個性ゼロの世界は」
未来さんはそう言いました。
このタイミングでの無表情はまるで、悲しみに溢れている意味での無表情のようでした。
「未来さんは未来を、個性溢れる世界にしたいですか?カラフルな世界に」
「ええ。図書館で読んだ古い資料に遊園地について書かれていて」
「図書館はあるんですね」
「そう。昔の資料を残しておく必要があるって事は、昔みたいに戻れる可能性があるという希望と危険の象徴よ」
「希望と危険・・・」
「私は、今あなたが生きるこの時代を目掛けてやって来た。改善点はあるけど、未来に比べたら最高よ。それに、遊園地という娯楽は必要だと思う。どんなに遠い未来でも」
「未来さんが生きる未来・・・」
「ねえ、あなたはどうして一人でここに?」
未来人である未来さんが、僕の私情を知りたがっています。
「会いたい人がいて、ここに来ました。でも結局、会えませんでした」
「そう・・・」
「でも、未来さんに会えて良かったです」
「あなた・・・諦めないでよ?」
「え?」
「事情は何も知らないけど、会いたい人に会う事を諦めないで。会いたい人に会えなくても、私に出会えたし、それも運命だったんだな・・・なんて思わないで。会いたい人に会いたいって気持ちをどうか、諦めないで・・・」
「まさか、未来では・・・」
「お願い。諦めないって言って。私、あなたに懸けてたの」
「僕にですか?」
「ずっと誰かを探してるみたいだったから。あなたが探してる人に会える事を勝手に願ってた」
「そうだったんですか」
「もし、ずっと探していた人を諦めるのがあなたの中で正解なら、それは仕方ない。でも、そうだとしても、今度また大切な人ができたなら、その感情を諦めないでほしい。ダメでもそれを最後にしないで、次の人を見つけて」
「未来では大切な人を想う気持ちさえもないんですか?もしかして、恋とか愛だとかいう感情さえも?」
未来さんが頷きました。
「僕はまだ諦めないつもりです」
「それなら、良かった。ねえ、最も重要な任務をあなたに託してもいい?」
今度は僕が頷きました。
「恋という感情や、愛という感情を諦めないで」
未来さんは、たとえ無表情でも、冷たい声でも、それでもどうにか感情が伝われと必死になっているようでした。
それが僕には分かりました。
「僕が諦めなければ未来は変わりますか?」
「分からない。でも、そう信じさせて。あなたみたいにヘラヘラ笑う優しい人が未来を変えるんだって思わせて。私なんかに構ってくれたあなたなら、きっとできる」
「未来さん・・・」
「あなたの案内なんかより、資料で見た遊園地の説明の方がずっと分かりやすかったし、正確だった。でも、あなたと話せて本当に良かったと思ってる。私、もう少しで行かないと」
未来さんは未来の人。
未来に、帰ってしまうのです。
「まだ出会ったばかりなのに・・・」
「ごめん。あなたを一方的に観察するのに時間を使いすぎたの。許して・・・」
もはや、未来さんから冷たさを感じない僕です。
顔や声でうまく表現できないだけで、未来さんの心には間違いなく感情があるからです。
「あ、そうだ。どこかで風船を配ってると思ったんだけど、見てないわよね?赤い風船とか、そいういうの。記念に持って帰りたかったんだけど」
「見てないですね・・・実は僕、色とりどりの風船を配ったりする、着ぐるみのクマさんを探してたんです。僕を癒してくれたそんな人だったんですけど・・・未来さん、見てないですよね?」
「クマさんに会いに来たの?クマさんの中身と言ったらいいのかしら?でも、残念。着ぐるみを見てたら、とっくにあなたに話してる」
「着ぐるみも未来にはないからですか?」
「そう。未来にはない」
「じゃあ、風船は?」
「見るのは絵本の中くらいね。空に浮かぶ色とりどりの風船が、子どもたちの憧れよ」
「そうなんですか」
クマさんがいたら、僕らに赤い風船をくれたでしょうか。
未来さんに持って帰ってもらいたかったです。
たとえ空気が抜け、小さくなってしまったとしても、風船を未来に・・・
「本当に、もう行かなくちゃ」
未来さんが、惜しいように言いました。
その感情が伝わってきた事に喜びを感じます。
「未来さん。いつかまた、会えるといいですね」
「それは、どの時空で?」
「分かりませんけど、その時は未来さんの髪がロングヘアだったら嬉しいです」
「何言ってるの?私を自分好みにしたいって事?」
「違いますよ。ただ、未来さんがもっと自由に生きられる・・・そんな世界で再会したいです」
僕はまた、ヘラヘラと笑いました。
それが、今を生きる僕が、未来さんに見せる事のできる決意だったからです。
「やっぱりあなたで良かった。あなたに任務を託せて本当に・・・」
無表情の未来さんから温かさまで感じてしまう僕です。
でも未来では、未来さんに笑ってほしいのです。
未来さんの笑顔を見てみたいのです。
いつかの遊園地で未来さんと、再会したいのです。
僕こそが、未来に恋や愛を残した立役者なのだと、褒められたいのです。
恋や愛を諦めなかった証である僕のいつかの恋人を、未来さんに紹介したいのです。
その時も僕はきっと、ヘラヘラ笑っているのでしょう。
そんな僕を見つめて、恋人は微笑んでくれるのでしょう。
そんな二人を見つめて、未来さんも笑顔になるのでしょう。
そうして、笑顔の総数が増えていくのです。
未来は今よりもっと、笑顔で溢れていくのです。
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