この上ない恋人

あおなゆみ

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こんな所に隠れてないで

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「駿、何してるの?」

凛が、こんな所で隠れる僕を不審がるように見ていた。

「ちょっと休んでるだけ」

「そんな所で?」

「ああ。こんな所で」

僕がしゃがんで隠れているのは、遊園地内の広いゲームセンターの隅、古そうなメダルゲーム機の陰だった。
小・中・高と一緒の凛とは、高校に入ってからほとんど話さなくなっていた。

「見つけたのが私だからいいけど、変だよ。そんな所で」

「お腹が痛くなったとでも言えばいいだろ」

「ゲームセンターの隅っこで?」

「ああ。ゲームセンターの隅っこで。別にあり得るだろ」

凛は、

「ふーん」

と言いながら、僕の隣にしゃがんだ。

「何で凛までしゃがむんだよ」

今度は僕が、凛を不審がるように見た。

「駿、友達いないんでしょ。遊園地を一緒に回る友達が」

はっきりと言われてしまい、返す言葉が見つからない。
さらに、凛は僕を見つめながら

「私も」

と言った。
同調された事で、僕のプライドが傷ついた。

「凛は友達いるだろ。いつも色んな女子と連んでるくせに」

「でも、私も友達いないもん」

「そんな嘘はいいよ。いつも友達とのお喋りに忙しそうだろ」

「そんな事ない。っていうか普段、私の事観察してるの?」

「うるさいから目立つだけだよ。凛が一人でいる所なんか見た事ない」

「さっきまで、一人だったもん。今は、駿といるけど」

嘘つきは嫌いだ。
凛みたいに友達の多い人が、校外学習の自由行動で孤立するわけがない。

「もう僕に構わないで、行きなよ」

「嫌だ」

「じゃあ、僕が行く」

「行かないでよ」

凛は、行こうとする僕の手を掴んだ。

「僕をからかってるの?」

「中学までは友達の多かった駿が、高校に入って全然友達がいないから、私がからかってるって言いたいの?」

「その発言すら、からかってるだろ・・・」

凛は、僕の手を掴む手に力を込めた。
そして凛は、声のトーンを落として言った。

「いつも一緒にいる子が親友だと思ったら、大間違いだよ。いつも一緒に喋ってる子が本当の友達かと言われても、そうとは限らないよ」

寂しそうには見えない。
それよりも、僕を叱るような言い方だった。

「なんだよ、それ。じゃあいつも、偽物の友情ごっこをしてるってわけ?」

「うん、そうだよ。私はお芝居が上手いだけ。でも本当は、私だけじゃないかも。みんなお芝居してるだけかもしれない。この感じ、駿も分かるでしょ?」

 確かに、分かった。
誰かと仲良くする事には、好かれようとする気持ちが必要だし、嘘笑いだって時には必要だ。
楽しい話題を考えないといけないし、相手の話も聞いてあげなくちゃならない。
芝居が付きまとう。
凛はその感じを言いたいのだろう。
 僕は高校に入ってから、人間関係を築く事を放棄した。
でも、正直に言えば、放棄したふりをしたのだ。
僕から声を掛けようとせず、向こうから来てくれるのを待ち続け、誰も構ってくれないならそれでいいと諦め、自ら一人でいる事を望んでいるような態度を取った。
好かれようとしなくてもいいし、嘘笑いをしなくてもいいし、自分の好きな事についてだけ考えていればいい。
それは自由で楽で快適だ。
そしてそれは・・・寂しい。

「ねえ、駿。どっちが偉いんだろう。無理しながら友達と仲良くするのと、周りには合わせずに一匹狼でいる事」

ようやく手を離した凛は、今度は寂しそうに言った。
僕は何だか、そんな凛を見るのが嫌で、

「どっちが偉いとかはないよ。でも、僕からすれば、凛が偉い。仲良しごっこがいつか本当の友情になる事だってあるはずだから」

と、正しくなさそうな事を真剣に言ってみた。
凛は眉をひそめて何かを考えてから、笑った。

「よく分かんないと思ったけど、やっぱりちょっと分かるかも。よくドラマであるやつでしょ?相手を騙すつもりで近づいたのに、だんだん好きになっちゃって、騙せなくなるやつ」

今度は僕が眉をひそめて、そんなドラマを思い出してみた。
これかな、というのを思い付いた所で、ちょっと笑ってしまう。

「凛って、物事を良いように捉えられるんだな」

「駿が言い出したんでしょ?私はそれを分かりやすくしてあげただけ」

僕らは二人で笑い合った。

「凛といつも一緒にいる人達はいいの?探してるんじゃない?」

「うん、いいの。彼氏と回るって言っといたから」

「は?彼氏?」

「うん。本当はいないけど、まあ、偽物彼氏」

「まさか、僕じゃないよね?」

「誰とは言ってないよ。ただ、彼氏出来たから彼氏と回るって言っといただけ。嘘ついたって事。キャピキャピはしゃいで、ジェットコースター乗りまくる気分じゃなかったし」

その時、ゲームセンターを覗く女子たちが見えた。

「もっとちゃんと隠れた方がいいかも」

僕はそう言って、凛の手を掴んで引っ張ると、もっと隅の方に移動した。

「何するの?」

至近距離で凛が怒ってる。

「自業自得だよ。凛の仲良しごっこの友達たちが、凛の彼氏の正体を血眼になって・・・」

「そんな・・・」

「こうなる事くらい想像できただろ。なんか、巻き込まれたし・・・」

凛は申し訳なさそうな態度になり、僕は怒りたい気分だった。

「駿。せっかくの高校生活、ドラマみたいな事したくない?」

「本当にしたくない」

「しようよ。よくあるやつ。嘘の交際から、本当に恋に落ちちゃうやつ」

「本気で言ってる?」

「うん、本気。心配しないで。私、毎日芝居してるから、とりあえず入りは上手いと思う。そしていつか、芝居を忘れて、駿に夢中になる」

「あのさ、本当に発想がめちゃくちゃだよ。物事を良いように捉えるって言ったのは、撤回する」

凛が楽しそうに僕を見ていた。
僕はどうしても照れてしまう。
顔が赤くなっているかもしれない。

「ねえ、駿。一つだけ、芝居なんかしないで本当に言える事は・・・」

凛は僕の耳元に顔を近づけ、囁くようにこう言った。

「一匹狼の駿の事、格好良いなって思ってた」

僕は完全に参ってしまう。
ドラマみたいな事をしたくなってしまう。
誰に何を言われるか分からないけれど、誰に何を言われてもいいと思ってしまう。
凛が本気ではないとしても、それでもいいと思ってしまう。

「駿が良いなら、早速・・・嘘の交際、始めてみる?こんな所に隠れてないで、遊園地、一緒に回ろう」

答えはもちろんイエスだ。
だって僕は、実は本当はこっそり・・・
ずっと、凛に憧れ続けていたから。
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