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お父さんとは違うタイプ
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私は今、初デートの真っ最中。
高校一年になり、人生で初めての彼氏とのデート。
そんな最高に楽しい状況なのに、私は変な知識を入れられたせいで、初デートを完全純粋100パーセントには楽しめなくなっている。
そのきっかけは、私の初デートについて、お母さんがお父さんに、バラした事だった。
「真衣子~ちょっと良いか~」
デート前日の夜。
部屋でデートに着て行く服の最終チェックをしていたら、お父さんがやって来た。
「何?忙しいんだけど」
「ちょっとでいいから~話を聞いておくれ~」
おふざけモードのお父さんとなると、何か真剣な話をしてくるか、どうしても聞きたい事があるかのどちらかだろう。
「何の話?」
私は別に反抗期ではない。
ただ、デートの事がバレそうでハラハラしていただけだった。
「明日、デートなんだって?」
もう既に、バレていた。
「何で知ってるの?」
バラせるのはお母さんしかいないと分かっていたけど、何となく時間を稼ぎたくて聞いたみた。
「お母さんには内緒だよ。お母さんがこっそりと教えてくれた」
私の両親はどちらも口が軽いようだ。
今、私がお父さんにここだけの話をしたら、すぐお母さんに伝わると思う。
「別に隠す気もなかったんだけど、まあ、そういう事」
本当は、隠す気しかなかった。
お父さんに初デートの事を知られたら、どんな顔でいればいいのか分からないから。
だから今、どんな顔をしたらいいのか全く分からないでいる。
「同じ高校の人なのか?クラスメイト?」
「クラスは違うけど、同じ高校」
「そうか」
こういうところから始まって、徐々に情報を聞き出そうとしているのだろう。
最後には、家族構成なんかも聞かれそうで怖い。
私もまだ、家族構成までは知らないのに。
「部活とか、入ってるのか?」
「ううん。帰宅部」
「ふーん」
その答えは気に入らなかったようだ。
「イケメンなのか?」
「うん。イケメン」
「ふーん」
この答えも気に入らなかったようだ。
「何系イケメンか?ソース顔?しょうゆ顔?塩顔?」
その基準で初めの彼氏の顔を見た事がなかったけど、
「強いて言えば、しょうゆ?」
と答える。
「そうか。父さんと一緒だな」
と、次は満足そうな顔をしていた。
お父さんはしょうゆ顔ではない気がするけど。
「向こうから告白してきたのか?」
さすがに、そろそろやめてもらいたい。
娘に嫌われる恐怖というものがないのだろうか。
「私から告白した」
「マジ?」
急に若者っぽく聞いてくる。
「マジだけど」
「マジか~」
別に告白はどっちからでも良いと思う。
「マジか~」
2回も、マジか~と言われるほどの事でもないとも思った。
「ねえ、もういい?早く寝たいんだけど」
「あっ、もう1つだけ。明日、遊園地行くんだろ?だから、いい事教えてやるよ」
これが本題のようだ。
でも、何だろう。
「別に聞きたくない」
「いいからいいから」
お父さんはかなりの目力で、話し始めた。
「いいか。絶対にお化け屋敷に入れ。そして、そいつの本当の姿を知るんだ。自分の事を大切にしてくれる相手なのかテストするんだよ」
そいつ呼ばわりだし、お化け屋敷で本当の姿を知れるわけがないと思う。
「堂々としてる男なら第一関門クリア。お化けを逆に驚かせてやろうとする馬鹿なら失格。あと、お化けに挨拶したり話し掛けるタイプも失格。あとは、入る前から怖いとかずっと言ってる人もダメだし、入った後で真衣子の後ろに隠れているような男。それも失格だ」
「そんなので判断するのは良くないんじゃない?でもまあ正直、2つ目のお化けを逆に驚かせてやろうとするのは嫌かも。その段階でちょっと嫌いになりそう」
「だろ?お化け屋敷は、良いテストの場なんだよ。いいか?絶対に行くんだぞ」
「分かったよ・・・」
分かったと言わないと出て行ってくれなさそうだったから、仕方なく承諾した。
「よし。じゃあおやすみ。明日の結果、楽しみにしてるぞー」
そんなの楽しみにしないでほしい。
本当に迷惑だ・・・
そういうわけで私は、初デート中に何度も、テストの事と結果を楽しみにしているお父さんの事を思い出してしまっている状態なのだ。
私はお父さんに言われなくても、お化け屋敷は絶対に行きたいと思っていた。
それはもちろん、テストのためなんかじゃない。
ただ、くっついたりできるんじゃないかって、そういう期待をしていたから。
でもこうなったら、くっついたりできるんじゃないかという期待はなかった事にする。
だから運よく、お化け屋敷の点検日とか、お化け不足とか、そんな事になっていればいいと思ったものの、お化け屋敷は当然、通常通りの営業だった。
彼氏が何も言わなければ、そのままスルーするのもありかと思っていた。
でも、空中サイクリングをしている時、
「あ、お化け屋敷あるね」
と、彼氏の方から言ってきたのだ。
そして、まさかの
「俺、怖いから入れないかも」
という発言。
いきなり、自動的に、あのテストが始まってしまったのだ。
お父さんの言う通りなら、もう失格だ。
「そうなの?お化け屋敷行きたかったな」
私は例えテストのためではないにしても、まるでテストのためかのように、そう言った。
「行きたい?」
彼氏が真剣に聞いてくる。
「行きたい」
私は真剣に答える。
そして、真剣に悩む彼氏。
お化け屋敷に入るかどうかを、そんなに真剣に悩むとは。
「よし、分かった。怖いけど行こう」
彼氏は何か、重苦しい決断を下したかのように険しい顔をした。
お父さん。
お父さんの基準だとこれは、即失格のレベルだよね?
お化け屋敷に向かうまでの間、
「やっぱり無理かも」
とか、
「ここのお化け屋敷すごい怖いって聞いた事あるんだよね」
とか、私ではなく、彼氏が言っていた。
「私も!」
と、同調する感じにもなれず、私も怖いのに
「大丈夫だよー」
なんて励ます始末だ。
私達はお化け屋敷に到着し、列に並ぶ。
そんなに待たずに順番がきそうだ。
その間も、彼氏は不安そうにしていた。
「無理そう?」
私がそう聞くと、
「大丈夫。ただ、緊張で・・・」
と言い、深呼吸をしていた。
無理させてる気がして申し訳なくなる。
「もし、無理ならいいんだよ?まだ乗ってないアトラクションいっぱいあるから、そっちに行っても」
「いや、入ろう。せっかくの初デートだし」
「いいの?」
「うん、もちろん」
そんな感じの会話を何度か繰り返し、ついに私達の番になった。
入り口の前で、彼氏は言う。
「あのさ・・・」
やっぱりやめるとでも言うのだろう。
これは、相当な怖がりだ。
「先に行ってもらってもいい?」
「え?」
私は一瞬、固まってしまう。
「俺、後ろでもいいかな?」
「あ、ああ・・・うん」
「ありがとう」
私は、彼氏を嫌いになったのではない。
「よし、行くよ」
私は勇ましくそう声を掛けて、中に入った。
「暗い!」
後ろで、そんな当たり前の感想を言う彼氏。
「ちゃんとついて来てよ?」
自分も怖いはずなのに、怖がりな彼氏のせいで、怖いとは言ってられない私。
「わっ」
私の後ろで声を出す彼氏。
振り返って見てみると、目を細めながら耳を塞いでいた。
「うわーーーーー!」
その叫び声は、お化けが私達を驚かす為に出した声で、厳密に言うとお化け役の人間の声で、ここは作り物の世界なのだと、あまりにも冷静でつまらない境地に達してしまう私。
「うわっ!おー!うおっ」
その叫び声は、私の後ろにいる彼氏の声で、その声に笑ってしまうほど余裕があるのが私。
結局、驚かされるたび、物音がするたびに彼氏は叫び、そんな彼氏を私が笑うというのが繰り返された。
ようやく出口に着き、暗い世界から外に出ると、まさかまさかの・・・
「泣いてるの?」
彼氏は目に涙を浮かべていたのだ。
ああ、これはお父さんに何と報告すればいいんだろう。
「怖くてさ・・・」
お化け屋敷の前にはさっきよりも長い列ができていて、前の方に並ぶ人達が、私の彼氏の事を見てないふりしながら見ていた。
「ごめんね」
私は謝る。
涙を拭い、首を横に振る彼氏。
子供かっ!と突っ込もうかと思ったけど、初デートなのでやめておいた。
すると、顔を上げた彼氏が、
「でも、楽しかった」
と、笑顔でそう言ったのだ。
「楽しかったんかい!」
初デートだとしても、さすがにその言葉は止める事ができなかった。
「真衣子~」
デートが終わり帰宅して、部屋で彼氏と電話しているとお父さんが入って来た。
「ちょっとごめん、後で掛け直す」
私は、彼氏にそう告げて電話を切った。
「ノックしてよ」
「ごめんごめん」
どうせ、結果を聞きに来たのだろう。
「何も教えないよ。そもそも、テストしてないし」
「嘘だー。お化け屋敷行く流れになるだろう、普通」
早く彼氏に電話を掛け直したい。
だから、
「結果教えるから、次から部屋に入る時は、絶対にノックしてね。絶対絶対」
と、条件を付けた。
「分かった。絶対絶対ノックする。何なら、インターホンつけようか?」
また、ふざけている。
「結果は、入る前から何回も怖いって言って、入り口の前から既に私を前に行かせて、中に入っても私の後ろに隠れ続けて、音がすれば叫び続けて、出口を出たら・・・」
涙の事は内緒にするべきだ。
そう判断したものの、
「まだ何かあるんだな?」
と、変なところで勘の鋭いお父さんにバレてしまう。
「明るい外に出たら、目には涙が・・・」
「そんな!」
その結果は、お父さんの想像を越えたところにあったらしい。
「涙っていうのは、結果の例になかったよね?」
私は結果に期待してないものの、前のめりになって聞いてしまう。
「泣く男か・・・」
変なところで勘の鋭いお父さんの血を受け継いだ私は、今、お父さんが考えている事が分かった。
「お父さん。泣くパターンの合否は、考えてもなかったんでしょ?」
「うーん・・・いや、そんなの不合格に決まってるだろ」
娘の彼氏を認めたくないだけの、言い訳だ。
まあでも、初デートのお化け屋敷で泣く男というのは、国民アンケートをとった場合、評価が低いのは想像できる。
「父さんはどのタイプだったか、知りたくないか?」
「別に知らないままでいいよ・・・」
お父さんはどのタイプなのか。
正直、気になる。
でも普通に考えれば、例にあった中で唯一、第一関門を突破できる“堂々としてる男”ではないだろうか?
「父さんは、お化け屋敷に入らないタイプだ」
「え?」
「いやだ、の3文字だけ言って、絶対に入らないタイプ」
「それって、失格なんじゃ?」
「それは、自分の意志を貫く男という枠に入るから合格」
何と自分勝手な合否判定なんだろう。
「頑固なだけじゃん。それに比べて私の彼氏は、怖くても私のために一緒に入ってくれたんだよ?だから、いいんじゃない?合格まではいかないにしても第一関門突破くらい」
「うーん。どうせ入るなら、怖いとか言わずに入る方が良くないか?文句言った上で、従うっていうのは・・・」
「でも!」
私はさっきよりも声のボリュームをあげて言った。
怒っているわけではなく、反抗しているわけでもなく、彼氏への愛をなぜかお父さんに浴びせようとしているだけだった。
「でも、私は好きなの!私は、私のお望みなら頑張ってお化け屋敷入るぞ!って思ってくれる人が好きなの!怖くて泣いちゃう人が好きなの!人前で泣いちゃう人が好きなの!可愛いって思っちゃったの!母性本能くすぐられちゃったの!初デートで泣けるって、私に相当心開いてるじゃん!」
お父さんは一時停止状態。
私の方だけ再生されているみたいだ。
「お父さんの望むような人じゃないかも知れないけど、頼りない感じもあるけど、そこも好きなの!むしろ、そこがなかったら嫌だ!」
一時停止状態のままのお父さん。
でも、瞬きだけは確認できた。
本当に停止しているわけではないようだ。
私の勢いは止まらない。
「分かった事は、好きな人の涙なら大歓迎!好きな人に頼られるなら、男女関係なく、そこには喜びが存在する!はい、以上!」
ああ、こういう、自分の気持ちを一気にバッと吐き出しちゃう感じ。
こういうところ、お父さん似なんだろうな、と思う。
それに、恥ずかしげもなく、愛を叫んじゃう感じ。
付き合うためにかなり積極的にアピールした感じも、多分、お父さん似なんだろうな・・・
そんな事を考えていたら、お父さんが動いた。
「お父さんとは違うタイプの男を選んだって事だな・・・」
ようやく放ったその一言は、部屋の中で、お父さんの寂しさとして宙を舞った。
何だか一時停止後に、お父さんはさっきよりも小さくなってしまった気がする。
「別にわざと選んだっていうわけではなくて・・・」
急に、お父さんが可哀想に思えてきた。
この感情は同情なんだろうか?
「反面教師ってやつか・・・」
「違うって」
落ち込むお父さんは、これはこれで面倒だ。
本当に、娘に嫌われる恐怖はないのだろうか。
「でも、娘がそんなに好きって言うんだ。応援しよう・・・」
「お父さん・・・」
これは感動のシーンなのか?
しんみりしている。
「じゃあ、おやすみ」
お父さんは小さくなった背中を私に向けた。
こんなに、あからさまに落ち込まれるなんて。
私が何か言おうと思った時、お父さんは振り返った。
「で、次のデートはいつなの?どこ行くの?場所によってはまた、いい事教えてやろうか?」
「え」
「まだ場所決めてない?それなら父さんがおすすめのデートスポットを・・・」
「教えなくていい!」
「そうなの?ふーん。じゃあ、おやすみー」
いやいや、さっきまでの、悲しい感じは何だったの?
でも・・・
お父さんが寂しさを感じたのはきっと事実で、私がさっき感じていたのも同情ではなくて、私の寂しさなんだろう。
こうやって、少しずつ成長していき、どうしても少しずつ少しずつ、お父さんと離れていのだ。
あんなテストを教えてきたり、ふざけてばかりのお父さんだけど、そんなお父さんだからこそ、こういう私なのだ。
お父さん。
お父さんと違うタイプを選んだのは、私がお父さんと似ているからで。
もしかしたら、私の彼氏は結構お母さんに似た性格なのかもしれない。
もちろん、まだまだ知らない事も多いけど、そんな風に思ったの。
そして、さっきお父さんがこの部屋に残した寂しさが、私の寂しさに似ている事にも気付いたよ。
でも、これからは、どんなテストを教えられても、ただ笑って受け流すね。
私の基準で、私の彼氏を見つめるから。
初彼氏という特別な存在と、楽しいデートを続けていくから。
高校一年になり、人生で初めての彼氏とのデート。
そんな最高に楽しい状況なのに、私は変な知識を入れられたせいで、初デートを完全純粋100パーセントには楽しめなくなっている。
そのきっかけは、私の初デートについて、お母さんがお父さんに、バラした事だった。
「真衣子~ちょっと良いか~」
デート前日の夜。
部屋でデートに着て行く服の最終チェックをしていたら、お父さんがやって来た。
「何?忙しいんだけど」
「ちょっとでいいから~話を聞いておくれ~」
おふざけモードのお父さんとなると、何か真剣な話をしてくるか、どうしても聞きたい事があるかのどちらかだろう。
「何の話?」
私は別に反抗期ではない。
ただ、デートの事がバレそうでハラハラしていただけだった。
「明日、デートなんだって?」
もう既に、バレていた。
「何で知ってるの?」
バラせるのはお母さんしかいないと分かっていたけど、何となく時間を稼ぎたくて聞いたみた。
「お母さんには内緒だよ。お母さんがこっそりと教えてくれた」
私の両親はどちらも口が軽いようだ。
今、私がお父さんにここだけの話をしたら、すぐお母さんに伝わると思う。
「別に隠す気もなかったんだけど、まあ、そういう事」
本当は、隠す気しかなかった。
お父さんに初デートの事を知られたら、どんな顔でいればいいのか分からないから。
だから今、どんな顔をしたらいいのか全く分からないでいる。
「同じ高校の人なのか?クラスメイト?」
「クラスは違うけど、同じ高校」
「そうか」
こういうところから始まって、徐々に情報を聞き出そうとしているのだろう。
最後には、家族構成なんかも聞かれそうで怖い。
私もまだ、家族構成までは知らないのに。
「部活とか、入ってるのか?」
「ううん。帰宅部」
「ふーん」
その答えは気に入らなかったようだ。
「イケメンなのか?」
「うん。イケメン」
「ふーん」
この答えも気に入らなかったようだ。
「何系イケメンか?ソース顔?しょうゆ顔?塩顔?」
その基準で初めの彼氏の顔を見た事がなかったけど、
「強いて言えば、しょうゆ?」
と答える。
「そうか。父さんと一緒だな」
と、次は満足そうな顔をしていた。
お父さんはしょうゆ顔ではない気がするけど。
「向こうから告白してきたのか?」
さすがに、そろそろやめてもらいたい。
娘に嫌われる恐怖というものがないのだろうか。
「私から告白した」
「マジ?」
急に若者っぽく聞いてくる。
「マジだけど」
「マジか~」
別に告白はどっちからでも良いと思う。
「マジか~」
2回も、マジか~と言われるほどの事でもないとも思った。
「ねえ、もういい?早く寝たいんだけど」
「あっ、もう1つだけ。明日、遊園地行くんだろ?だから、いい事教えてやるよ」
これが本題のようだ。
でも、何だろう。
「別に聞きたくない」
「いいからいいから」
お父さんはかなりの目力で、話し始めた。
「いいか。絶対にお化け屋敷に入れ。そして、そいつの本当の姿を知るんだ。自分の事を大切にしてくれる相手なのかテストするんだよ」
そいつ呼ばわりだし、お化け屋敷で本当の姿を知れるわけがないと思う。
「堂々としてる男なら第一関門クリア。お化けを逆に驚かせてやろうとする馬鹿なら失格。あと、お化けに挨拶したり話し掛けるタイプも失格。あとは、入る前から怖いとかずっと言ってる人もダメだし、入った後で真衣子の後ろに隠れているような男。それも失格だ」
「そんなので判断するのは良くないんじゃない?でもまあ正直、2つ目のお化けを逆に驚かせてやろうとするのは嫌かも。その段階でちょっと嫌いになりそう」
「だろ?お化け屋敷は、良いテストの場なんだよ。いいか?絶対に行くんだぞ」
「分かったよ・・・」
分かったと言わないと出て行ってくれなさそうだったから、仕方なく承諾した。
「よし。じゃあおやすみ。明日の結果、楽しみにしてるぞー」
そんなの楽しみにしないでほしい。
本当に迷惑だ・・・
そういうわけで私は、初デート中に何度も、テストの事と結果を楽しみにしているお父さんの事を思い出してしまっている状態なのだ。
私はお父さんに言われなくても、お化け屋敷は絶対に行きたいと思っていた。
それはもちろん、テストのためなんかじゃない。
ただ、くっついたりできるんじゃないかって、そういう期待をしていたから。
でもこうなったら、くっついたりできるんじゃないかという期待はなかった事にする。
だから運よく、お化け屋敷の点検日とか、お化け不足とか、そんな事になっていればいいと思ったものの、お化け屋敷は当然、通常通りの営業だった。
彼氏が何も言わなければ、そのままスルーするのもありかと思っていた。
でも、空中サイクリングをしている時、
「あ、お化け屋敷あるね」
と、彼氏の方から言ってきたのだ。
そして、まさかの
「俺、怖いから入れないかも」
という発言。
いきなり、自動的に、あのテストが始まってしまったのだ。
お父さんの言う通りなら、もう失格だ。
「そうなの?お化け屋敷行きたかったな」
私は例えテストのためではないにしても、まるでテストのためかのように、そう言った。
「行きたい?」
彼氏が真剣に聞いてくる。
「行きたい」
私は真剣に答える。
そして、真剣に悩む彼氏。
お化け屋敷に入るかどうかを、そんなに真剣に悩むとは。
「よし、分かった。怖いけど行こう」
彼氏は何か、重苦しい決断を下したかのように険しい顔をした。
お父さん。
お父さんの基準だとこれは、即失格のレベルだよね?
お化け屋敷に向かうまでの間、
「やっぱり無理かも」
とか、
「ここのお化け屋敷すごい怖いって聞いた事あるんだよね」
とか、私ではなく、彼氏が言っていた。
「私も!」
と、同調する感じにもなれず、私も怖いのに
「大丈夫だよー」
なんて励ます始末だ。
私達はお化け屋敷に到着し、列に並ぶ。
そんなに待たずに順番がきそうだ。
その間も、彼氏は不安そうにしていた。
「無理そう?」
私がそう聞くと、
「大丈夫。ただ、緊張で・・・」
と言い、深呼吸をしていた。
無理させてる気がして申し訳なくなる。
「もし、無理ならいいんだよ?まだ乗ってないアトラクションいっぱいあるから、そっちに行っても」
「いや、入ろう。せっかくの初デートだし」
「いいの?」
「うん、もちろん」
そんな感じの会話を何度か繰り返し、ついに私達の番になった。
入り口の前で、彼氏は言う。
「あのさ・・・」
やっぱりやめるとでも言うのだろう。
これは、相当な怖がりだ。
「先に行ってもらってもいい?」
「え?」
私は一瞬、固まってしまう。
「俺、後ろでもいいかな?」
「あ、ああ・・・うん」
「ありがとう」
私は、彼氏を嫌いになったのではない。
「よし、行くよ」
私は勇ましくそう声を掛けて、中に入った。
「暗い!」
後ろで、そんな当たり前の感想を言う彼氏。
「ちゃんとついて来てよ?」
自分も怖いはずなのに、怖がりな彼氏のせいで、怖いとは言ってられない私。
「わっ」
私の後ろで声を出す彼氏。
振り返って見てみると、目を細めながら耳を塞いでいた。
「うわーーーーー!」
その叫び声は、お化けが私達を驚かす為に出した声で、厳密に言うとお化け役の人間の声で、ここは作り物の世界なのだと、あまりにも冷静でつまらない境地に達してしまう私。
「うわっ!おー!うおっ」
その叫び声は、私の後ろにいる彼氏の声で、その声に笑ってしまうほど余裕があるのが私。
結局、驚かされるたび、物音がするたびに彼氏は叫び、そんな彼氏を私が笑うというのが繰り返された。
ようやく出口に着き、暗い世界から外に出ると、まさかまさかの・・・
「泣いてるの?」
彼氏は目に涙を浮かべていたのだ。
ああ、これはお父さんに何と報告すればいいんだろう。
「怖くてさ・・・」
お化け屋敷の前にはさっきよりも長い列ができていて、前の方に並ぶ人達が、私の彼氏の事を見てないふりしながら見ていた。
「ごめんね」
私は謝る。
涙を拭い、首を横に振る彼氏。
子供かっ!と突っ込もうかと思ったけど、初デートなのでやめておいた。
すると、顔を上げた彼氏が、
「でも、楽しかった」
と、笑顔でそう言ったのだ。
「楽しかったんかい!」
初デートだとしても、さすがにその言葉は止める事ができなかった。
「真衣子~」
デートが終わり帰宅して、部屋で彼氏と電話しているとお父さんが入って来た。
「ちょっとごめん、後で掛け直す」
私は、彼氏にそう告げて電話を切った。
「ノックしてよ」
「ごめんごめん」
どうせ、結果を聞きに来たのだろう。
「何も教えないよ。そもそも、テストしてないし」
「嘘だー。お化け屋敷行く流れになるだろう、普通」
早く彼氏に電話を掛け直したい。
だから、
「結果教えるから、次から部屋に入る時は、絶対にノックしてね。絶対絶対」
と、条件を付けた。
「分かった。絶対絶対ノックする。何なら、インターホンつけようか?」
また、ふざけている。
「結果は、入る前から何回も怖いって言って、入り口の前から既に私を前に行かせて、中に入っても私の後ろに隠れ続けて、音がすれば叫び続けて、出口を出たら・・・」
涙の事は内緒にするべきだ。
そう判断したものの、
「まだ何かあるんだな?」
と、変なところで勘の鋭いお父さんにバレてしまう。
「明るい外に出たら、目には涙が・・・」
「そんな!」
その結果は、お父さんの想像を越えたところにあったらしい。
「涙っていうのは、結果の例になかったよね?」
私は結果に期待してないものの、前のめりになって聞いてしまう。
「泣く男か・・・」
変なところで勘の鋭いお父さんの血を受け継いだ私は、今、お父さんが考えている事が分かった。
「お父さん。泣くパターンの合否は、考えてもなかったんでしょ?」
「うーん・・・いや、そんなの不合格に決まってるだろ」
娘の彼氏を認めたくないだけの、言い訳だ。
まあでも、初デートのお化け屋敷で泣く男というのは、国民アンケートをとった場合、評価が低いのは想像できる。
「父さんはどのタイプだったか、知りたくないか?」
「別に知らないままでいいよ・・・」
お父さんはどのタイプなのか。
正直、気になる。
でも普通に考えれば、例にあった中で唯一、第一関門を突破できる“堂々としてる男”ではないだろうか?
「父さんは、お化け屋敷に入らないタイプだ」
「え?」
「いやだ、の3文字だけ言って、絶対に入らないタイプ」
「それって、失格なんじゃ?」
「それは、自分の意志を貫く男という枠に入るから合格」
何と自分勝手な合否判定なんだろう。
「頑固なだけじゃん。それに比べて私の彼氏は、怖くても私のために一緒に入ってくれたんだよ?だから、いいんじゃない?合格まではいかないにしても第一関門突破くらい」
「うーん。どうせ入るなら、怖いとか言わずに入る方が良くないか?文句言った上で、従うっていうのは・・・」
「でも!」
私はさっきよりも声のボリュームをあげて言った。
怒っているわけではなく、反抗しているわけでもなく、彼氏への愛をなぜかお父さんに浴びせようとしているだけだった。
「でも、私は好きなの!私は、私のお望みなら頑張ってお化け屋敷入るぞ!って思ってくれる人が好きなの!怖くて泣いちゃう人が好きなの!人前で泣いちゃう人が好きなの!可愛いって思っちゃったの!母性本能くすぐられちゃったの!初デートで泣けるって、私に相当心開いてるじゃん!」
お父さんは一時停止状態。
私の方だけ再生されているみたいだ。
「お父さんの望むような人じゃないかも知れないけど、頼りない感じもあるけど、そこも好きなの!むしろ、そこがなかったら嫌だ!」
一時停止状態のままのお父さん。
でも、瞬きだけは確認できた。
本当に停止しているわけではないようだ。
私の勢いは止まらない。
「分かった事は、好きな人の涙なら大歓迎!好きな人に頼られるなら、男女関係なく、そこには喜びが存在する!はい、以上!」
ああ、こういう、自分の気持ちを一気にバッと吐き出しちゃう感じ。
こういうところ、お父さん似なんだろうな、と思う。
それに、恥ずかしげもなく、愛を叫んじゃう感じ。
付き合うためにかなり積極的にアピールした感じも、多分、お父さん似なんだろうな・・・
そんな事を考えていたら、お父さんが動いた。
「お父さんとは違うタイプの男を選んだって事だな・・・」
ようやく放ったその一言は、部屋の中で、お父さんの寂しさとして宙を舞った。
何だか一時停止後に、お父さんはさっきよりも小さくなってしまった気がする。
「別にわざと選んだっていうわけではなくて・・・」
急に、お父さんが可哀想に思えてきた。
この感情は同情なんだろうか?
「反面教師ってやつか・・・」
「違うって」
落ち込むお父さんは、これはこれで面倒だ。
本当に、娘に嫌われる恐怖はないのだろうか。
「でも、娘がそんなに好きって言うんだ。応援しよう・・・」
「お父さん・・・」
これは感動のシーンなのか?
しんみりしている。
「じゃあ、おやすみ」
お父さんは小さくなった背中を私に向けた。
こんなに、あからさまに落ち込まれるなんて。
私が何か言おうと思った時、お父さんは振り返った。
「で、次のデートはいつなの?どこ行くの?場所によってはまた、いい事教えてやろうか?」
「え」
「まだ場所決めてない?それなら父さんがおすすめのデートスポットを・・・」
「教えなくていい!」
「そうなの?ふーん。じゃあ、おやすみー」
いやいや、さっきまでの、悲しい感じは何だったの?
でも・・・
お父さんが寂しさを感じたのはきっと事実で、私がさっき感じていたのも同情ではなくて、私の寂しさなんだろう。
こうやって、少しずつ成長していき、どうしても少しずつ少しずつ、お父さんと離れていのだ。
あんなテストを教えてきたり、ふざけてばかりのお父さんだけど、そんなお父さんだからこそ、こういう私なのだ。
お父さん。
お父さんと違うタイプを選んだのは、私がお父さんと似ているからで。
もしかしたら、私の彼氏は結構お母さんに似た性格なのかもしれない。
もちろん、まだまだ知らない事も多いけど、そんな風に思ったの。
そして、さっきお父さんがこの部屋に残した寂しさが、私の寂しさに似ている事にも気付いたよ。
でも、これからは、どんなテストを教えられても、ただ笑って受け流すね。
私の基準で、私の彼氏を見つめるから。
初彼氏という特別な存在と、楽しいデートを続けていくから。
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嫉妬、自己顕示欲、愛情不足、孤立、虚言……
現代に溢れる人間の醜い部分を自覚する者と自覚せずに目を背ける者…。
彼らの運命は、主人公・醍醐隼に翻弄される中で確実に分かれていく。
※なお、筆者の拙作『あんなに堅物だった俺を、解してくれたお前の腕が』に出てくる人物たちがこの作品でもメインになります。ご興味があれば、そちらも是非!
※長い作品ですが、1話が300〜1500字程度です。少しずつ読んで頂くことも可能です!
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►Attention
※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです)
※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。
※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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