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この心を操作するのは誰なのか
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彼はこれまでの私の人生の中で最大のインパクトだった。
彼が私の名前を呼ぶ時、「じん」と私が彼を呼ぶ時。
それだけで十分だった。
この感覚はあらゆる記憶を呼び起こす。
彼に会えずにいた一週間、今まで思い出さなかった記憶がふと蘇った。
「最初から信用できる人はできるし、信用できない人はできない。そもそも、信用しまいとしても信用してしまう人がいる」
中学生の頃、初めて祖父母の家に一人で泊まった時に祖父が本を読んでいた。
「じいちゃん、何読んでるの?」
遠くに住んでいた事もあり、これまで祖父母と会った回数が多くなかった私は、少し緊張していた。
私が聞くと、あまり言葉数の多くない祖父は、私に微笑んでから、その一文を読んだ。
本のタイトルが何だったのか、全く覚えていないけれど、祖父が私に読んだ文を今になってはっきりと思い出す。
思い出そうとすればすぐに思い出せたけれど、別に触れなく良い部分だったから、これまでは考えずにいた記憶。
でも、今の私には必要な言葉だった。
私は彼に出会った瞬間、何の理由もなく彼を信用したのだ。
キスして、私はその場から去り、後悔を小さめの声で叫んだ。
それでも、次の日には結局、彼を信用して食事に行った。
私の心は気付かぬうちに、彼を認めている。
彼と会い、食事に行った事を内心、喜んでいるのかもしれない。
「お疲れ様でした」
私の誕生日から今日でちょうど1週間。
警備のおじさんにいつものように挨拶し、明日の休みをどう過ごすかを考えながら歩いていた。
外は先週よりも随分と寒くなっていて、これほどの寒さを感じずに歩けた秋を懐かしく思う。
彼を見つけるまでは。
私が向かっていたバス停のベンチに彼が座っていた。
ポッケに手を突っ込み、下を向いている。
疲れて眠っているのかと思い、私は何も言わずにベンチに腰掛ける。
だけど何だか違和感を感じ、彼の顔を覗き見ようとしたところで彼が顔を上げた。
「ちょ、ちょっと。どうしたの?」
こっちを見た彼の頬には痣があり、唇の端に血も付いていた。
私は力のない彼の両肩を掴み、彼と視線を合わせようとする。
体は冷え切っている。
「じん?大丈夫?ちょっと、病院行かなきゃ。病院行こう。ね?」
彼の目は睡魔に襲われた時のように、開いたり閉じたりを繰り返している。
彼の肩から手を離し、タクシーを止めようとした時。
彼は私の腕を掴んだ。
「僕を助けてくれませんか?」
彼は今度はしっかりと、私の目を見た。
鋭くも幼い瞳が今は、ただ幼く、私にすがるようだった。
「うん、だから病院行こ?」
「病院は行かない。傷は消毒すれば大丈夫です。だから今は...」
彼は今にも泣きそうだ。
私は助けたい。
お願いだから、泣かないでほしい。
「助けるから。大丈夫だから」
私はタクシーを止め、家に向かう事にした。
タクシーの中で彼と手を繋ぐ。
どちらからともなく、そうなった。
彼の手はやはり冷たかった。
目を閉じていた彼は時々、手を強く握り返し、その度に私はもう片方の手で彼の手を撫でた。
ベッドに彼を寝かせ、傷を消毒する。
苦しそうな顔をするから、病院に行かなかった事を後悔もした。
「じん、やっぱり病院行かない?心配で...」
熱はないようだったけれど、彼がしきりに涙目になるのを見て不安は消えない。
「痛いけど、だいぶ楽になりました」
「でも、涙が...」
彼は涙を必死に堪えているようだったけれど、ついに一粒の涙が彼の頬を伝った。
「やえさん」
「何?何か飲む?」
「優しいですね」
優しいと言われたのは初めてだった。
その言葉がこんなにも心を締め付ける切なさを持つものだとも知らなかった。
こんな切なさは経験した事がなくて、目の前の彼をただ見つめていたかった。
「やえさん。泣いちゃいました」
彼は恥ずかしそうに、涙を拭った。
その動きだけで傷が痛んだようで、彼は顔をしかめた。
「涙が流れたのは、覚悟ができた証拠だと思います。やえさんに救いを求めた僕の覚悟」
私はベッドの横にしゃがみ、彼を見つめていた。
私から聞くべきなのだろうか。
彼の涙の理由を。
凄く知りたかった。
さっきから彼の声は少し掠れていて、傷だらけの見た目も相まって本当に不安だった。
「とりあえず今日は、寝た方がいいよ」
私は彼の掛けている布団を整え、立ち上がろうとした。
「待ってください」
掠れた声。
彼はまた、そっと私の手を掴んだ。
まだ幼い瞳のままだった。
人は人に弱さを見せる時、ある程度の覚悟が必要だったりする。
その逆に、誰かを救いたい時にも勇気が必要だ。
彼に出会った夜、彼と誕生日を過ごした夜、そして今。
私には勇気があった。
それに、彼は私に初めて、弱さを見せた人だった。
私だけが見る、彼の涙。
「幸せになってほしいって思ってるから。私は、じんを助けたい」
彼は言葉を選びながら、ゆっくり、過去を語った。
私は、一瞬にして熱を帯びた、一生に一度味わえるか分からないほどの気持ちに出会ったようだった。
信じてほしかったし、信じたかった。
それだけだった。
過去を語る彼は、自分を卑下したり、誰かを悪く言ったりはしなかった。
ただ、あった出来事をあくまでも冷静に語る、そんな印象だった。
いや、彼は真実を少し捻じ曲げている可能性もあった。
誰かを悪く言う事に慣れていなくて、自分がよく思っていない人物の罪でさえ、少しだけ軽くして話している気がした。
私はそんな彼にまた、心を動かされた。
彼なりに弱さを見せているつもりだろうけれど、まだまだ隠されている本音があると思う。
もっと本音を知りたくなった。
でも今は、彼が話したいこと、伝えたいことだけ伝えてくれれば、それでいい。
私に同等のものを求める事なく、彼は私に心を見せてくれた。
それだけで良かった。
彼が私の名前を呼ぶ時、「じん」と私が彼を呼ぶ時。
それだけで十分だった。
この感覚はあらゆる記憶を呼び起こす。
彼に会えずにいた一週間、今まで思い出さなかった記憶がふと蘇った。
「最初から信用できる人はできるし、信用できない人はできない。そもそも、信用しまいとしても信用してしまう人がいる」
中学生の頃、初めて祖父母の家に一人で泊まった時に祖父が本を読んでいた。
「じいちゃん、何読んでるの?」
遠くに住んでいた事もあり、これまで祖父母と会った回数が多くなかった私は、少し緊張していた。
私が聞くと、あまり言葉数の多くない祖父は、私に微笑んでから、その一文を読んだ。
本のタイトルが何だったのか、全く覚えていないけれど、祖父が私に読んだ文を今になってはっきりと思い出す。
思い出そうとすればすぐに思い出せたけれど、別に触れなく良い部分だったから、これまでは考えずにいた記憶。
でも、今の私には必要な言葉だった。
私は彼に出会った瞬間、何の理由もなく彼を信用したのだ。
キスして、私はその場から去り、後悔を小さめの声で叫んだ。
それでも、次の日には結局、彼を信用して食事に行った。
私の心は気付かぬうちに、彼を認めている。
彼と会い、食事に行った事を内心、喜んでいるのかもしれない。
「お疲れ様でした」
私の誕生日から今日でちょうど1週間。
警備のおじさんにいつものように挨拶し、明日の休みをどう過ごすかを考えながら歩いていた。
外は先週よりも随分と寒くなっていて、これほどの寒さを感じずに歩けた秋を懐かしく思う。
彼を見つけるまでは。
私が向かっていたバス停のベンチに彼が座っていた。
ポッケに手を突っ込み、下を向いている。
疲れて眠っているのかと思い、私は何も言わずにベンチに腰掛ける。
だけど何だか違和感を感じ、彼の顔を覗き見ようとしたところで彼が顔を上げた。
「ちょ、ちょっと。どうしたの?」
こっちを見た彼の頬には痣があり、唇の端に血も付いていた。
私は力のない彼の両肩を掴み、彼と視線を合わせようとする。
体は冷え切っている。
「じん?大丈夫?ちょっと、病院行かなきゃ。病院行こう。ね?」
彼の目は睡魔に襲われた時のように、開いたり閉じたりを繰り返している。
彼の肩から手を離し、タクシーを止めようとした時。
彼は私の腕を掴んだ。
「僕を助けてくれませんか?」
彼は今度はしっかりと、私の目を見た。
鋭くも幼い瞳が今は、ただ幼く、私にすがるようだった。
「うん、だから病院行こ?」
「病院は行かない。傷は消毒すれば大丈夫です。だから今は...」
彼は今にも泣きそうだ。
私は助けたい。
お願いだから、泣かないでほしい。
「助けるから。大丈夫だから」
私はタクシーを止め、家に向かう事にした。
タクシーの中で彼と手を繋ぐ。
どちらからともなく、そうなった。
彼の手はやはり冷たかった。
目を閉じていた彼は時々、手を強く握り返し、その度に私はもう片方の手で彼の手を撫でた。
ベッドに彼を寝かせ、傷を消毒する。
苦しそうな顔をするから、病院に行かなかった事を後悔もした。
「じん、やっぱり病院行かない?心配で...」
熱はないようだったけれど、彼がしきりに涙目になるのを見て不安は消えない。
「痛いけど、だいぶ楽になりました」
「でも、涙が...」
彼は涙を必死に堪えているようだったけれど、ついに一粒の涙が彼の頬を伝った。
「やえさん」
「何?何か飲む?」
「優しいですね」
優しいと言われたのは初めてだった。
その言葉がこんなにも心を締め付ける切なさを持つものだとも知らなかった。
こんな切なさは経験した事がなくて、目の前の彼をただ見つめていたかった。
「やえさん。泣いちゃいました」
彼は恥ずかしそうに、涙を拭った。
その動きだけで傷が痛んだようで、彼は顔をしかめた。
「涙が流れたのは、覚悟ができた証拠だと思います。やえさんに救いを求めた僕の覚悟」
私はベッドの横にしゃがみ、彼を見つめていた。
私から聞くべきなのだろうか。
彼の涙の理由を。
凄く知りたかった。
さっきから彼の声は少し掠れていて、傷だらけの見た目も相まって本当に不安だった。
「とりあえず今日は、寝た方がいいよ」
私は彼の掛けている布団を整え、立ち上がろうとした。
「待ってください」
掠れた声。
彼はまた、そっと私の手を掴んだ。
まだ幼い瞳のままだった。
人は人に弱さを見せる時、ある程度の覚悟が必要だったりする。
その逆に、誰かを救いたい時にも勇気が必要だ。
彼に出会った夜、彼と誕生日を過ごした夜、そして今。
私には勇気があった。
それに、彼は私に初めて、弱さを見せた人だった。
私だけが見る、彼の涙。
「幸せになってほしいって思ってるから。私は、じんを助けたい」
彼は言葉を選びながら、ゆっくり、過去を語った。
私は、一瞬にして熱を帯びた、一生に一度味わえるか分からないほどの気持ちに出会ったようだった。
信じてほしかったし、信じたかった。
それだけだった。
過去を語る彼は、自分を卑下したり、誰かを悪く言ったりはしなかった。
ただ、あった出来事をあくまでも冷静に語る、そんな印象だった。
いや、彼は真実を少し捻じ曲げている可能性もあった。
誰かを悪く言う事に慣れていなくて、自分がよく思っていない人物の罪でさえ、少しだけ軽くして話している気がした。
私はそんな彼にまた、心を動かされた。
彼なりに弱さを見せているつもりだろうけれど、まだまだ隠されている本音があると思う。
もっと本音を知りたくなった。
でも今は、彼が話したいこと、伝えたいことだけ伝えてくれれば、それでいい。
私に同等のものを求める事なく、彼は私に心を見せてくれた。
それだけで良かった。
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