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理人Side 4
しおりを挟むこのところの慶さんの吐き気を伴う不調が気になっていた…
慶さんの育った家は生活リズムが整った環境だったんだと思う
平日に家族みんなが各々学校や仕事に出て行って、お母さんが家を守ってくれていた
週末は家族みんなが休みだから、家族が一緒に過ごす日になっていただろう
きっと慶さんにとってみれば普通のことで、俺からしたら夢のような家庭像だ
毎日「行ってらっしゃい」とお母さんが送り出してくれて
外で嫌なことがあった日でも、家に帰ればお母さんが「おかえり」と言ってくれる
…まぁ、ガキの頃ちょっと寂しいと思っただけで
今となれば楽しそうに自分の時間を持っている母ちゃんで良かったと思うけど
それに親父の方針が
「真理子は誰にも出来ない仕事をしているから、本人が続けるうちは応援する」っていう感じだったから
海外出張で2週間家を空けようが、連日夜が遅かろうが、子供たちが寂しかろうが
「お前たちは真理子の仕事を見たか?カッコイイよなぁ~!」と
母親の不在に不満を抱える子供が反抗する気も起きないほど、それを「当たり前」みたいに扱っていた
親父は趣味で車のチューニングショップをやっていたけど、母ちゃんが不在の期間は出来るだけ家に居てくれた
車いじりが好きなスタッフが集まっていて自分がいなくても回ると言った
「いいか、そこが俺と真理子の仕事の違いだ」と、小学生の俺によく言っていた
家族が揃うのは、母ちゃんの仕事がひと段落して次のプロジェクトが動き出すまでの間だけ
その間は家に居てくれたので、その休みの期間に合わせて家族で出かけたり、旅行に行ったりした
日本の文化的に「学校は休まず行く」という空気があったが、俺とエマは平日に3日間も学校を休んで家族旅行に行ったこともあり、クラスメイトに遊んできたと言いづらいという経験もした
母ちゃんに好きなことをさせたいからと、それを全力で応援した親父はカッコイイよ
結婚して子供が出来たら、女性が全部を捨てて家に尽くすなんてひどい考えだもんな
まして母ちゃんの仕事は代わりが居ないわけだし…
と、こんな調子で俺んちは生活リズムが滅茶苦茶だったんだと思う
だから…慶さんの体調不良って結局、俺が心配かけたり振り回したり、病院に行くまではそういうのが原因なんじゃないかと思っていた
滅茶苦茶な環境で育った俺が無意識にそうしてたのかもしれないと…
それが病院でそうじゃなかったと分かって良かった
慶さんが「俺が離れるのが怖い」と言ったけど
俺も慶さんが倒れたのを見て心臓が止まるかと思った
俺も慶さんが居なくなるのは本当に怖い
…それが
内科の診察のあと産婦人科と聞いたとき、そして医師から「妊娠」と聞いたとき
心臓が飛び出るくらいビックリもしたし嬉しかった
俺と慶さんのところに天使が来てくれた
そんなの嬉しくないわけが無い、なんなら泣くのを堪えたくらいだ
今日まで恋人としてお互いを知って関係を深めてきたけれど、天使が降りて来てくれたならきっと家族になれるんだと確信した
でも、そこでふとエマのことが頭をよぎった
エマは最初ものすごく体調が悪くてしんどそうだった
楽しみにしていた美容室の予約を当日の体調でキャンセルしたり、今まで好きだったものが食べられなくなったりと
今までの生活が自分の意思とは関係なく不自由になっていた
もちろんテオは店の営業とエマのフォローで大変だったし、母ちゃんが居る間は実家で過ごしたりもしていた
それが、どれくらいだっただろう…
半年ほどは不調だったと思うけど、もし慶さんもそんな生活を送ることになるんだとしたら…
俺が嬉しくても、慶さんにかかる不便を俺が代わることが出来ないと思うと…なんだかもどかしかった
俺は体調不良も生活の制限もない、仕事だって休まなくていい
天使を宿した慶さんだけが大変な思いを一手に引き受けることになるわけで、そう考えるとなにも出来ない俺が勝手に自分のテンションで喜んでいいことでは無いんだと思った
俺の気持ちは慶さんと一緒に天使を迎えたい
でもそこは慶さんがどうしたいか…それが一番大事だと思った
慶さんは家族になることを選んでくれた
俺もここからは親父がそうしたように慶さんを守っていきたい
でも慶さん、これを言ったら怒るかもしれないけど
俺は慶さんに家に居て欲しいと思ってる
自分が子供の頃「寂しかった」という思いに取りつかれているのかもしれないけれど、俺が時間が許す限り慶さんと一緒に居たい
家庭に入れ!なんて、今どきひどいよね
俺が家に帰るとき、灯りのともった家で慶さんと天使に「おかえり」って言われたい
今は慶さんを見送っている玄関で、俺が「いってらっしゃい」と見送られたい
俺の理想の家庭像…
慶さん嫌がるかな…
だけど話すだけ話してみようと思う
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