温度

糸

　ドタバタだった週末を乗り越え平穏な平日を過ごしていた

　決まった時間に起き、いつものバスに乗り会社に一番に出社する
   まずはサーバーを立ち上げてからサッと事務所内の掃除を済ませる

　職員のスケジュール表を確認しながら珈琲を落とし、備品の補充等の確認をする
   そのうち職員が出勤してくる時間になり、私も自分のデスクに座り郵便物の内容確認を始める…


　無心でキーボードを叩く時間が好きだ
入力した伝票がずんずん片付いていく気持ち良さ

　かかってきた電話は気持ち良く取り次ぎ、出先の営業さんが欲しいデータを確認して送り、来客があれば応接室に通しお茶を出す…

　昼になれば、百海と一緒にあっちのランチこっちのランチと穴場を探して回る

    
   デスクワークをはじめた当時は、1日座りっぱなしな事が苦痛だった
   でもそれはできる仕事が少なかったからであって、仕事を覚えれば覚えるほど、お使いに出たり社内でも席を立ち動くことが多くなった
　
   とはいえメインはデスクワーク
座っている時間が長いことは確かだ…


   仕事が終われば夕飯の買い物をしてまっすぐ帰る
今週中に部屋を片付けて、土曜には優の引越し予定だ

   …あれから理人からは2.3メッセージが入っていたが放置している
   別に友達なんだから暇があれば返すスタンスでいいのだ

   エマちゃんのカフェも待ち伏せが怖くて寄れないし、まっすぐ帰るに限る…



   私の部屋の片付けなど元々物が少ないので簡単だ

   それにしても、1人部屋でお酒を飲んでいると時間の経過がとても遅く感じる
今まで家に帰ってから何をして過ごしてたんだっけ？

　百海と飲まなければ1人でマスターの店に寄るか
それ以外は早い時間に家に帰ってたはずなんだけどな…
    まぁ、なにかをしたいわけでも無いんだけど

    マスターにも全然会ってないしもう忘れられちゃったかなぁ…
    店の常連さん達も元気にしてるかな…？
 

    理人は今頃何をしているだろう…


    誰かと…話したいなぁ…


    ブー、ブー、ブー、ブー…


　テーブルに置いてあるスマホが鳴った   
　「理人」の表示が目に入った


　
　「…はい」

誰かと話したい、と思ったタイミングでの着信だったので出てしまった

　「慶さん、お酒…なに飲んでるの？」

意外な切り口で吹きそうになった
    そこは普通「なんで返事くれないの？」とかじゃないんかい…


　「なんだと思う～？？」

とメンドクサイ女子のような言い方をした


　「そっち行くから…一緒に飲もうよ…」

そうやって勝手なことを言う理人の声を聞くのも久しぶりだった

　メッセージも放置して、待ち伏せも回避して、好きな店にも行かないで
    自分の部屋で1人で過ごすことに限界を迎えたのかもしれない


　「…早く来て」

さっきまで誰かと話したいと思っていたのに
　理人の声を聞いたら、今度は理人に触れたいと思った…人間とは実に欲深い生き物なのだと思う



　ツー、ツー、ツー…


私の糸と、通話の切れた音