季節がめぐる片想い

さいこ

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カルーアミルク

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   あれから彼女を見かけていない
   
   ここに越してすぐの頃、あんなに外を探して歩いた時にも会えなかったんだから
   そりゃそうだよな、こないだのは偶然だったんだ


   波多野さんが女性オーナーと一緒に帰った翌日

   「あの人とはベッドも御一緒したんですか?」

   なんとなくそう聞いた

   「…もしかして興味あるの?」

   波多野さんから変な返しがきて少し慌てた

   「波多野さんの生態に興味があるだけです、あの女性の話じゃないですよ」

   「そっか、まぁそうね…ベッドも御一緒しましたよ~」

   波多野さんは素敵な人だから女性も見逃さないだろうな
   俺とは違う、大人の男だから


   
   そうして店は忙しい時間に突入した
   ウチはカジュアルな店だから若い男女が複数人で来店することが多い

   大人の男性がお1人でカウンターに座ることはまず無かった、テーブル席から埋まっていく

   そういう意味ではこちらも気楽に仕事が出来た、お客様といっても20代、30代の若い人たちがメインで、無作法を叱られるような緊張感は無い


   そんな中、店のドアが開く

   「……!」
   
   俺はススッとカウンターの奥へ避難した
   別の先輩が「いらっしゃいませ」と、お客様を案内する

   一瞬、彼女?…に見えて焦って隠れたけどどうだろう?
 しばらくしたら様子を見に出てみよう、と考えていると



   「…いお?お客様が呼んでるよ?」
 
 と、佐々木さんが裏へ逃げた俺を呼びに来た
 お客様にピンクの髪の人、と言われたらしい

   そんなの俺しか居ないので渋々とカウンターに出た


   …やっぱりそこに座っていたのは彼女、赤坂さんだった…

   「いらっしゃいませ…」

   俺はおしぼりを渡した
   なんで…俺…?

   「…いおさん、っていうんですね?お名前」

   まぁ変なあだ名だけど、本名バレするよりはいいかと思った

   「そうですね、先輩方がそう呼んでくださってます」


   彼女はカルーアミルクをオーダーした
   「お願いいたします」と波多野さんにオーダーをパスする

   「そこにファイルあるだろ、それ開いて一緒に見てて…」

   波多野さんはそう言うと、冷えたグラスにリキュールとミルクを注いでステアした

   「次のオーダーがおかわりだったらお前作れよ」

   …味見も出来ないのに作れって…
  
   「…はい」

   

   とりあえず波多野さんに作ってもらったグラスを彼女に出した
   彼女はひと口飲んでから

   「あの…先日はありがとうございました」

   と言った
 なんのお礼?トイレの場所まで案内した記憶しかないが

   「いえ…それはご案内のことですか?」

   心配になって確認してしまった

   「あっ、そうです!あとお水も…嬉しかったので」

   水を出したら後々まで感謝される…どゆこと?


   
   「…そんなに感謝していただけるとは思いませんでした」

   彼女は「俺」に全然気がついてない
   俺は知らない誰かを演じることにした

   「あの…私、赤坂って言います」

   知ってます、ガキの頃からね…

   「赤坂様ですね…」

   「はい、先輩方と飲むのも気を張っちゃうので、たまに1人で来ますね!」

   そう言って彼女は可愛い顔で笑った
 笑ったら、なんかガキの頃の面影あるなぁ   



   「そういえば、自分を呼んでくださったようでしたが、なにか御用がありましたか?」

   「えっ?…あっ、その大丈夫です…また何かあったらお話させてください!」

   少し気まずそうにした彼女は、お会計をして帰って行った

   本当はなにか話したいことがあったんじゃないか?
   じゃなきゃわざわざ俺を呼ばないよなぁ…



   彼女の出ていったドアをボーッと見つめる

   「おい!やるじゃん色男!」

   さっき彼女をご案内してくれた佐々木さんが冷やかしに来た

   「先輩好き…」

   俺は小柄な佐々木さんをがっちりハグした

   「ちょ!ママぁ~、赤ちゃん何とかして!」

   俺はすっかり赤ちゃん認定だ
   そして波多野さんもすっかりママになった

   
   「佐々木のことが好きだって言ったろ?すこし遊んであげろってw」

   ママは面白がっていた

   この日もあっという間に25:00を迎え、俺はコンビニの珈琲を飲みながら帰り道を歩く



   赤坂さん、なんで俺を呼んだんだろう
   彼女が帰ってからずっとそればかりが気になっていた

   分かっていることは俺を覚えてないってことだけだった

   だからつまり、見ず知らずの俺に?
   よく知らない人になんの話があるんだろう
   まったく想像がつかない

   せっかく会えたのにモヤモヤするなぁ…




   ーーー

 


   それから数日後
   また店に顔を出した…赤坂さんが…

   俺は反射で奥に隠れたが、今回も波多野さんに「いお、ご指名だよ」と言われてしまった

   ホストクラブでもないのに指名ってなんだよ
   そんなシステム無いんだけど…


   「…いらっしゃいませ」

   俺は仕方なくカウンターに出た
   
   「あ、こんばんは…カルーアミルクをください」
     
   「かしこまりました」


   俺は先日覚えたカルーアミルクを作って出した
   彼女はそれに口をつける

   俺を呼びつけて何なんだよ…
   と心の中で悪態をついた
   それでも本人にそうとは言えなかった
   
 

 「あの、いおさんはこのお仕事もう長いんですか?」   
 
 ただのバイト小僧です

 「いいえ、自分は学生でして、ここはバイトでお世話になっています」

 「え?学生さんなんですか…もっと年上のお兄さんかと…」

 なによ、年上の男だと思ったから声を掛けたのかよ


 「あ…私は今年21歳になります、この春からネイリストとして働き始めたところです」

 へ~美容師じゃないんだ、ネイルサロンの人なんだ

 「それで今ちょっと忙しくて…」

 
 
 赤坂さんは、仕事に慣れることで今は手一杯だと言った
 それでもこうして1人でここへ来て、仕事から離れる時間がとても癒しなのだと

 ちょっとした悩みや職場の仲間に話せない事を誰かに話したいけど
 自分の友人たちも今は同じような境遇で言いづらいと…

 なんだか、彼女のこういう話を聞くのって初めてだなぁって少し感動した

 こういう話もなにも、話したことも無かったんだけどね今までは



 「そういうの、良かったら俺が聞きましょうか?」

 まったく自分でも何を言ってるんだと思ったが、口が勝手にナンパし始めた

 「えっ?その…どういう…?」

 ちょっと赤坂さん怪しんでるか?

 「俺なら職場も関係ないし、なんでも愚痴ってくれたら聞くんで…それなら気が楽でしょ?」

 …膝はガクガクしてるのに、俺の脳がチャンスを逃すまいとフル回転していた
 そして自分のスマホを出して連絡先の交換をした


 「あの…嬉しいです」

 そう言って赤坂さんは帰っていった…



 「いお~、お前けっこうパワータイプなんだな」

 一部始終を見られていたようで、波多野さんにそう言われた

 「…震えが止まらないんですけど」

 心臓も飛び出そうだった
 これから何かしらの付き合いが始まれば、嫌でも彼女の内面を見ることになるだろう

 俺はそう考えてちょっとだけ後悔した


 「お~ヨシヨシ、頑張ったねぇ~」

 こんなことでママになだめられて、俺は本当に赤ちゃんなんだと思った


 
 その日は家に帰ると、寝る前に彼女にメッセージでも送ろうと
 考えてはちょっと違うか…を繰り返すうちに寝た
 結果としてメッセージは送れていなかった



 翌朝…
 
 「昨日はありがとう、俺にはなんでも話してね!」

 という訳の分からない軽いメッセージを送信した

 まぁジメジメした感じは無いからまだいいだろう、意味は分からないが…
 
 
 





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