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壁の向こう
しおりを挟むあの日の貸し切りは美容系の店舗を運営している会社だった
後日先輩の1人が
自分が世話になっている美容師さんに店を使ってくれるよう営業をかけていたと言っていた
おそらく彼女も新人美容師として仕事を始めたところなんだろうな
俺もちゃんと卒業して早く立派な社会人になろう…
彼女をどうするかと考えるのは置いといても
彼女に恥ずかしくない自分で居たいと思った
「なぁ、あれから連絡とかあった?」
波多野さんにそう聞かれた
「いえ、連絡先とか交換してないですよ」
連絡もなにも…
俺だって彼女が名前を呼ばれなかったら、あの時思い出せたかどうか分からなかった
…ん?
てゆーか彼女は俺に気が付いてない…?
気が付いてないっていうよりそもそも覚えていない…??
ちょっとショックだなぁ
俺だけかよ
25:00でバイトをあがり、俺はコンビニの珈琲を飲みながら家まで歩く
賑やかな駅前から離れどんどん静かな住宅街へ
細い路地を入った突き当りに俺の住む賃貸マンションがある
建物自体は立派なんだよな、部屋が狭いだけで
それでもこの立地と、風呂とトイレが別で洗面台もあるので満足度は高い
ワンルームの部屋にはベッドと小さいデスクがあるだけ
デスク上のPCとベッドに置いてあるタブレット、持ち歩いているスマホで必要な情報は入る
あとは洋服ばっかりだけど、寝に帰る分には十分だ
俺は風呂に入ってパンイチでベッドに転がった
アラームをセットしたら、タブレットで映画を観る
そして映画の途中で眠りに落ちる…
新生活を始めてからは女っ気が無い、ゼロだ
今は忙しくしてるけどそれでも夜になると人肌が恋しい
俺が富豪だったら家で待ってるだけの女性を雇うのに…
「おかえり」って迎えてもらって
風呂に入ってセックスしてから一緒に寝る
タブレットで映画なんか眺めなくたって、ツルスベお肌を撫でているうちにぐっすり安眠だろうなぁ
男のロマンだ…
きっと男なんて、いつまで経っても女性に面倒を見てもらわないと生きていかれない生き物なんだと思う
ーーー
俺は講義で見かける顔の女子には話しかけるようになった
正直彼女なんて出来ても会ってる時間もないし、デートに連れていく余裕も無い
それでも最悪1回くらいはセックスチャンスがあるかもしれないじゃん
それを渡り歩くくらいしか、今の俺には女子にありつける手段が思いつかなかった
そして夜はバイトに精を出す
生活費のための仕事とはいえ、ここのメンバーは本当にみんな良い人で家族みたいだった
俺も先輩方の役に立てるようになりたい
「いお、今日あがったら飲み行かねぇ?」
波多野さんに誘われた
明日は講義もないし俺は暇だった
「…酒飲めないですけど大丈夫ですか?」
「ウーロン茶でも飲んでろよ」
「はい…」
波多野さんは相手が飲んでなくても大丈夫なんだ
だいたい飲みに誘う人って、酒が飲めないと申告している人間にもアルコールを飲ませるもんだと思ってたけど
そうして25:00になると波多野さんと一緒にバイトをあがった
こんな時間でも人が集まっている繁華街を歩いた
波多野さんが歩く後ろをぼんやりとただついて行く
進行方向の少し先に人の塊が見えた
店から外に出たところか、あるいはこれから店に入るところか、店の前で立ち話をしているグループがいた
「…あ」
そこには彼女の姿があった
赤坂さんだ
…あんな、半分以上も男のグループと飲み歩いてんのか
「いお…?」
俺は少し早歩きでそこを通り過ぎた
賑やかな通りを過ぎて、少し落ち着いた辺りの路地を入ったところに波多野さんの言う店はあった
「…バーですか?」
「そうだよ、女の子だけの」
「え?…俺たち入っていいんですか?」
波多野さんが普通にドアを開けて中に入るので、俺も続いた
「いらっしゃいませぇ~」
カウンター席のみのシンプルな作り
波多野さんがカウンターの真ん中に座った
カウンターの中には女性のバーテンダーが2人
キチッと襟付きのシャツを着ている、いやらしいコンセプトバーでは無さそうだった
従業員が女の子だけ、ってことか
女の子しか入っちゃダメなのかと思ったじゃん
「連れが飲めないから、おすすめのモクテルもらっていい?」
「はい、お作りします」
波多野さんはジンリッキー、俺はシャーリーテンプルブラックのグラスを出された
「はい、じゃあお疲れ~!」
居酒屋の乾杯のようにグラスはぶつけないのがバーの楽しみ方
女性はすぐにほかの客の方へ移動していった
「さっきいおが避けたの、こないだの子だったよね?」
波多野さん…目ざといって…
「…そうですね」
俺はとっさに彼女を避けた
でも、ほかにどうすれば良かったのか分からない
「泣くほど会いたかったのに…もうそれでいいのかよ?」
そんなわけない
ずっと会いたくて追いかけてここに来たんだ、すぐにでも「俺だよ」って話したいよ
「いいですよ、だって無理に声掛けて、ものすごい性格ブスだったりしたらそんなの知りたくないし…」
話したいけど、俺はそれが1番怖いんだ
「いおはロマンチストなんだなぁ~」
「お気遣いありがとうございます、ただのヘタレなんですよ俺は」
波多野さんはどこか、男として余裕があるというか包容力がある
きっと可愛い顔も上手く使って、女には困ってないんだろうと思う
そうして男2人でお喋りをした
26:30頃、ビシッとセットアップを決めた大人の女性が入ってきた
バーテンダーの女の子たちが「お疲れ様です」と声を掛けて、その女性はカウンターの中を通り奥へと入っていった
オーナーさんかな?そんなふうに見えた
少しすると、そのオーナーは奥からカウンターに出てきて
「波多野くん、そのお連れ様は?」と波多野さんに声をかけた
「バイトの新入りで、いおくんです!」
「まぁ可愛い後輩ねぇ、いおくんよろしくね」
この2人は知り合いなんだ
俺は「…っす」とオーナーさんに会釈をした
「波多野くん、帰り乗ってく?」
「やった~!お願いしま~す」
帰り乗ってく?って…
なんだ、波多野さんコレが目当てだったのかよ
車に乗るってそーゆー意味だよな?
大人の女と…その、緊張しないのかな?
かっこいいよ波多野さん!
こうして27:00にはバーで解散した
俺は1人徒歩で帰る
コンビニでホットのカフェラテを買った
この朝まで眠らない街を歩きながら、俺はまだ子供なのだと感じた
20歳の波多野さんと未成年の俺には「成人」という大きな隔たりがある
波多野さんは壁の向こうの世界、俺は壁のこっちの世界で生きている気がした
選挙権が与えられ深夜まで働く権利は得ても、まだ酒や煙草は許されないし、親に面倒を見てもらって学校に通っている…
吐くほど飲んで道端で寝ている人だって、きっと自分の力で生きている人たちだ
…彼女も成人かぁ
きっと壁の向こうの世界で、俺の知らないようなことが沢山あるんだろうな
自分が子供であることに
なんだか苛立ちを覚えた
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