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情
しおりを挟む部屋へ戻り風呂に入った
俺の体に残された彼女の香りも水に溶けて流れていった
さっきまでの情事が夢だったように
こうしていざ終わりが来るとなんだかなぁ…
バッグから封筒を出すと中には帯が2つ入っていた
「…金の使い方バグってんなぁ~」
あんなに美しい人の、ぶっ壊れた金銭感覚に可笑しくなってしばらく笑った
俺は押してしまった時間を気にしながら買い出しを済ませ店へ向かった
「あ、おはようございます」
「はいおはよう~」
波多野をベンチで待たせてしまった
ーーーその夜
俺は少々ぼんやりしていたが、波多野のいる日で助かったぁぁぁ
なんとか無事に1日を乗り切った…
波多野は0:00で帰した
深夜1:00になると一旦客がゼロになった
やれやれもう今日は閉めよう…と帰る気になっているところ
カランコロン…
「いらっしゃいませ」
…また!…またお前か?!
「今日は…あの女とヤッてきたんです?」
そういう言い方はして欲しくない
まぁ実際向こうは不倫で俺は愛人みたいなもんだったけどさ
…にしても、ふてぶてしい態度だな
まったく可愛げが無い…
「なんだよ?欲求不満なの?!」
「まぁそうですねぇ、こっちは独り寂しく一条さんで抜いてるんで…」
そういう言い方はして欲しくない(切実)
「…で、なによ?ヤらせてくれないから嫌がらせかぁ?」
もうお前のそういうの慣れてきたよ
「あの人のことが…好きなんですか…?」
最初は金持ち相手の小遣い稼ぎと思っていたけど
この複雑な気持ちはきっと「情」だ
その時間だけは恋人だと思って彼女を抱いた
何度も会っていれば彼女の可愛いところも見えてしまう
だから好きだった…のかもしれない
「まぁ気に入ってはいたけど、旦那のところに帰っちゃったわ…」
「…もう会わない、ってこと?」
「そうだなぁ…もう来ないって言われたんだから、会えねぇだろ」
なんかこう「女性に切られた男」って構図が物悲しいよな
「ふ~ん、ずいぶん大人ぶってるけど顔が死んでるよ?」
おいおいおい、嫌がらせにも程があるだろ?
傷心のオッサンには優しい言葉をかけろってんだ…煽ってもさらにへこむだけだからな
「なぁ…俺との最後のセックスをいくらで買ってくれたと思う?」
「はぁ?!…金取ってたの?」
「だから、いくらだと思うって?」
「ん~50万とか?…分かんないけど…」
「これだからガキは仕方ねぇな~」
「いや、正解は…?」
「正解は……200万でした!」
「やっばぁ!ぎゃはははは…!!」
瀧は爆笑した
いやほんとにバカみたいな金額が転がってるんだ、面白すぎるよな
今までの小遣いとは違う最後の謝礼金か、もしくは「手切れ金」だ
「ヒィィ…腹痛い!…てか仕事しなくていいけど水くらい飲ましてよ」
…気付けば俺は、瀧になぁ~んにも出していなかった…
今日の俺が特別腑抜けなのと
瀧にはどうも仕事の意識が働かない
「なんか…お前の顔見たら腹減っちゃったなぁ」
しかしこうして毎回遅い時間にやってくるこいつは、朝からの仕事じゃないんだろうか?
「どっか飯食いに行きます?」
「うん、俺はいいけどお前朝から仕事じゃないの?ニートなの?」
「女と切れたから俺に興味出てきたんだ?」
何とでも言えよ、この減らず口が…
ひとまず朝まで開いている店に移動した
瀧の勤めるブライダルフォトの撮影スタジオは
11:00~19:00が営業時間となっている、とのこと
しかしメインの仕事は花嫁のヘアメイクとなるため女性スタッフが担当することが多い
男性のスタッフも数人いるが新郎をちょちょっといじって終了という感じらしい
たまに男性スタッフでもいいという人にはヘアメイクはするが、着替えに女性スタッフと変わってもらわなきゃいけないのでメンドクサイのだとか…
「…だから外の仕事に出ることが多くて、基本時間は不規則かな」
「おい待てよ、だから外の仕事、って文脈がオカシイだろ?なんなんだよ、外の仕事って」
ヘアメイクの派遣と考えてもらえれば分かりやすいと瀧は言った
雑誌に使う写真の撮影でヘアメイクが必要だったり、イベントの準備でヘアメイクが呼ばれたりと、そういう派遣の仕事を受けているのだそうだ
「だからキャリーに道具突っ込んで持ち歩いてて」
ああ、最初に会ったとき確かにスーツケースを転がしてたな
しかも仕事の話も少し聞いたような…だんだん思い出してきた
「まぁそんな感じで現場の進行に付き合う形になるんで、終わりの時間がまちまちで」
「へぇ~?じゃあ予定とか立てらんないじゃん、行きたいライブとかあったらどうすんの?」
そこはスタッフが一丸となり「推し休暇」なるものを取れるように協力して出勤するそうだ
「一応仕事してんだな…」
「一応ってなに?俺の仕事、駅前のデカい広告で見といてよ…」
「え?」
確か前にそんなメッセージを寄越してたよな、と思い出した
「…じゃあ帰るか」
飯を食べた俺は眠すぎて起きているのがやっとだった
「ダーツは?…俺せっかく明日休みなのに…」
お前は勝手に休めよ、俺はまた明日も仕事だ
「とりあえず広告見ないと…」
そう言って店から脱出した
2人で駅に向かって歩く
普段電車を使わないから「駅」をちゃんと見るのも久しぶりだった
「おい、どこら辺にあんの?」
「まだ!ちゃんと駅まで歩いてよ」
そうしてまだ薄暗い早朝4:00の駅前に到着した
「そこが駅の出口でしょ?…で、こうして駅前通りのほうに歩くと…ほらそれ」
瀧の指さす方向を見上げると…
下から見ているとそれが何サイズなのかは全く分からないが、周囲の広告と比べてもそれが一番大きいことが分かった
男性モデルがスッケスケの女性用下着を指に引っ掛けている広告…?女性用下着の広告か…
「ね?カッコイイっしょ?」
どこに対しての「ね?」だろう
確かに女性用アイテムの広告に男性モデルを使うことはあると思うが、よくこんな絵面が通ったな…
しかもこのモデル…
なんか知っている気がする…
「この広告でのお前の仕事はどれだ?」
「はぁ?モデルの髪の毛とメイクだよ?ちゃんと見て」
「このモデルは知り合いか?」
「いや…下着作ってる人の息子さんって言ってたけど、別に知らない」
なるほど…瀧の仕事は理解した
ただそのモデルの理人のほうが俺には衝撃だった…
「まぁこうして形が残る仕事はいいな」
「まぁね、残るからいい加減にも出来ないし」
お前の口からもそんな言葉が出るんだなぁ…と感心したよ俺は
「じゃあ俺もう寝るからまたな」
と、家の方へ歩き出す
「また…こうして普通に飯行こうね…おやすみ」
背中で聞いた瀧の声は寂しそうだった
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