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アースクエイク
しおりを挟む「…お前が俺の店と決めた理由を聞かせて」
ここは大事だぞ波多野
俺が腹を決められるだけのプレゼンをしてくれよ…
「はい、自分がバイトをしていたのは騒がしいスポーツバーのような店でした…」
ドリンクのレシピを与えられ簡単な説明を受けるとすぐにシェーカーを持たされた
団体客も普通に来るので、とにかく質よりも早く提供することが求められたようだ
「自分の理想はオーセンティックバーです」
うん、まぁ平たく言えばうちみたいな店ね
静かに酒を楽しむ大人の場だ
「自分の目で見て、ここが理想の店でした」
…うーん、それだけだったら駅のこっち側で3.4軒ある中でうちに絞った理由はなんなんだろうなぁ…
「…ほかの3軒じゃなかった理由は?」
ここは腹を割って話せ
納得出来なければ俺はお前を帰すよ
「ほかのマスターは…失礼ですがあまり熱心じゃありませんでした、それと一条さんがお一人だというのも…タイミングを感じました」
なるほどな?
やる気のないマスターは痛いよな
あとスタッフ、間に噛む人間が多いほど指導にバラつきが生じて面倒くさいということか
うちだったら俺とマンツーだもんな、俺はそういう賢い考え方は嫌いじゃない
それに会話の受け答えも簡潔で好印象だった
ブーブーブー…ブーブーブー…
俺のスマホだ
「ちょっと出るわ」
波多野にそう伝え通話を取った
「…はい」
相手は瀧だった
暇そうなので店に来いと伝えて切った
「じゃあ波多野、カウンター入ってよ」
「…はい?」
「ひとつくらいは覚えてるだろ?」
「…………!!!!!」
ドリンクを作れって言ってんの
バイトを週に何日入ってたか知らないが、3年もやってたんだ、なにかは覚えてるだろ
「…失礼いたします」
波多野も俺が分かってきたようでなによりだ、諦めたような顔でカウンターの中へ回った
手を洗って台の上にある道具をチェックすると、すぐにボトルをピックした
俺はカウンター席から波多野の探し物の場所を教えた
ショートのグラスを用意してシェーカーを振る
オレンジ色の液体をグラスに注いだ
「アースクエイクでございます」
…覚えてたの、これ?
もっとライトなやつもあっただろうに
「じゃ、次ロング」
「あ、はい…」
波多野は次の作業を始める
お前が作った1杯の感想をいただけると思ったのか、現代っ子が…
俺は波多野が出した、飲んだら吹っ飛ぶような度数のカクテルを飲みながら彼を眺めた
続いても嫌な予感しかしない酒をどんどん追加していく波多野…
スライスレモン、チェリーとストローを添えてグラスを出した
「ロングアイランドアイスティーでございます」
…だから覚えてたの、これ?
酒バカの集まる店で働いてたの?
可愛い顔してエグい酒を出してくるという温度差に可笑しくなった
「お前面白いねぇ~」
「あ、ありがとうございます…?」
俺はグラスのストローに口をつけた
カランコロン…
店のドアが開いた
瀧がドアにかかっていた「CLOSE」を見たからか、入っていいのか不安そうな顔で入ってきた
「おい!お前も飲めよ」
瀧はカウンター席に座る俺と、カウンターに立つ波多野を見て不思議そうな顔をする
「…は?今日休みでしょ?なにやってんの?」
そう言いながら俺の横に座る瀧
「波多野、インペリアルフィズ」
俺は瀧のオーダーを勝手にする
「は…マスター、ウイスキーどれ使ってます?」
…俺の店で若いのが酒を出す姿が妙に新鮮というか、なんかこういうのもアリだなと思った
丸3年1人でやってきて俺も歳を取ったということか…仲間が居るのもいいと今日の俺は思った
「なぁ、飲み行かねぇ?」
横で波多野の作ったインペリアルフィズを2口で飲んだ瀧に言う
「今の時間ならどこでも開いてるよ」
瀧はOKだ
「お前は時間あんの?シフトの話とか…」
波多野にも確認をする
「えっ…じゃあお世話に…勉強させて頂けるということですか?!」
「…とりあえず試用期間だけね、その後はそれから決めます」
「ありがとうございます!!」
こうして男3人で飲みに行くことになった
瀧33歳、波多野27歳(見た目は20歳)
で、俺は39歳…30代も最後の立派な大人だ
それでも瀧は友達だし、波多野は教え子?になる予定の可愛いツラした後輩だ
俺はお供を連れた桃太郎のようにいい気分だった
波多野の話を聞いていて思い出した
俺もここで店を出そうと考えた当時は付近のバーを回った
1人だけ「カッコイイな」と思う年配のマスターが居たが、彼も1人で店に立っていた
彼はどうしているだろうか…
俺はその店へ向かった
「波多野は行ったんだよな?」
「ええ、今週」
俺は3年ぶりにその店のドアを開ける
中に入ると狭い通路しかなく片側にバーカウンターがある
昔の造りの内装が照明と相まってそこに流れるジャズ
視覚と聴覚でアンティークな空気を感じる
マスターは椅子に腰をかけていた
「あぁ、いらっしゃい」
最初のオーダー前にマスターが言った
「シェイクのものは少し待ってくださいね、今息子が戻ると思いますから…」
マスターはもうやらないということか
「じゃあジントニック3つください」
俺は勝手に全員分を頼んだ
「はい、ただいま」
マスターはグラスを用意すると手際よく酒を注いでいく
「私も高齢でね、ここは年内に閉めることに決めました…」
「えっ、やめちゃうんですか…」
今マスターが自分でそう言ったのに、慌てると人はそこを聞き返してしまうのかもしれない
「私の我儘で息子にはそれまで手伝いをさせてます」
息子さんが戻る前だったが最初の1杯で店を出た
「じゃあマスターお元気で」
俺はへこんだ…
明日は我が身と悲観したわけじゃない
あんなにカッコよかったマスターがひっそりと店を閉めると言ったのがショックだったのかもしれない
3年の間には色々あるだろうが…
「お前が行ったとき息子さん居た?」
波多野に聞いてみる
「はい、でも嫌々なのが見えてまして…その、会わなくて良かったと思います」
「そっかぁ」
それは悲しいなぁ…
こんなときは藤原の店に行こう
あのバカみたいに騒がしい店の存在理由が少し分かった気がした
「わぁ…ここですか?」
ビルの入り口であからさまな態度になる波多野
「なによ?お前もバカになれ波多野!」
そう言って意味の分かっていない瀧に説明もせずにドアを開ける
「いらっしゃいませぇ~い!」
…声デカ
「3名様カウンターにどうぞ!」
若いスタッフに案内され俺たちはカウンター席に座る
奥から藤原が出てきた
「あれ?あれれ??一条さん!」
…うるさっ
スタッフの声がデカイのは店内BGMがギャンギャンだからだ…
BGMのボリュームさえ落とせばそんなに声を張らなくていいのに、バカだから分からないんだこいつらは
隣に座る波多野や瀧との会話にも苦労したが、たまにはこんな空気に触れるのも悪くない
2.3杯飲んで店を出るも、その後耳がしばらくおかしかった
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