愛してると伝えるから

さいこ

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愛人

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 時間になれば俺は何食わぬ顔で店を開ける

 ここに立つ間はマスターの顔をして
 毎日ここに人が訪れては各々の時間を過ごして行くのを眺める



 俺が会いに行ったのは「洋子さん」という女性 
 ご主人が有名な方で、全国を回る出張などに同行している奥様だ

 …ところが、ご主人はおそらくビジネスの付き合いも多いのだろう
 家では女としての欲求を満たせないパターンだ、だから外で遊ぶ

 
 初めて俺の店にやってきた洋子さんは
 「水割りをください」と、良いウイスキーを静かに飲んで帰っていった
 
 それからは毎日顔を出した
 毎日水割りを1杯だけ静かに飲んで帰った

 ある時、日付も変わり遅い時間にやってきた
 もちろん彼女の頼むものは分かっているので何も聞かずに用意した
 
 ただ、いつもと違ったのは俺が彼女に話しかけたこと

 
 「…今日はお会いできないのかと思いました、いつものお時間にいらっしゃらなかったので」

 客の少ない時間だったし、ただの世間話のつもりで話した

 「あなた、ご結婚は?」

 彼女にそう聞かれた

 「いいえ、こんな仕事をしているものですから…」

 「そうよねぇ…こんなに素敵な方と連れ添っても、夜は毎日1人で寝ることになるんですもの…」

 彼女は寂しそうにそう言った
 まさに自分がそういう経験をしているような顔をしていた
  
 
 そんな話をしているうち、店には彼女と俺だけになった
 いつも30分程でサッと帰る彼女もこの日はもう少し長居していたと思う

 「もしご迷惑でなければ、私に一晩お付き合いいただけませんか?」

 彼女はそう言い出した

 普通の女なら即断るものを、彼女は凛としていてどこか儚げで…
 俺は言葉に迷ってしばし黙っていた
 

 「もちろん、あなたを大人と見込んでのお話しです…お付き合いいただいた報酬は…ねぇ?」

 報酬を支払う意味は「その場限りの事」、終われば「無かったこと」とする、そういうことだ
 これが決定打となり俺は彼女のベッドに付き合うことにした


 彼女は立場のある夫を持つ人妻
 一緒に外を移動するなどはあり得ないことだった

 俺は指定されたホテルの部屋を訪ねた
 そして部屋の中で全てを済ませ、また1人で帰るだけ

 レンタル彼氏みたいに、デートや買い物という怠い時間に付き合わされなくていいという利点があった


 彼女から、俺を落とすために毎日30分と決めて顔を出していたと聞いたとき、狂気も感じたがそれ以上に本気も感じた

 「遊び」とは本気で楽しむから面白いもので
 気のない遊びほど空しいものは無い

 「…だから私、あなたに話しかけられたとき、もう胸がドキドキして…本当に恋をしたのかもしれないと思ったの」

 そんなことを言っていた
 彼女にはそういう純粋な情熱があるんだなと可愛くさえ思った
 

 別れ際に彼女は「素敵な時間をありがとう」と封筒を俺に渡す
 最初はその額にちょっとビビった…


 そうして彼女との付き合いが始まり、少なければ月2回、多ければ5回なんてときもある

 俺は彼女がたくさん抱える愛人の中の1人なのかもしれないが、そこはあまり気にしていない

 そんな関係をもう2年も続けていた… 


 少し前からうちに出入りするホストが「この辺りのクラブで派手に遊ぶおばさんがいる」と言っていた
 
 それが洋子さんかどうかは確認していないが、俺はそんな気がしている
 そのうち若いのに取って代わられるのかもしれないなぁ~

 そういう意味で彼女は俺のというわけ
 たまに店にも顔を出すが、いつでも水割りを1杯だけで帰っていく

 そういう変わらない姿がかっこいい人だ


 
 カランコロン…

 「いらっしゃいませ」

 珍しく若い小僧が1人で入ってきた

 「こちらへどうぞ」

 俺はカウンター席へ案内する
 成人…はしてるよな?…ただの童顔?

 「あ、あの、とっくに成人ですのでご心配なく…」


 やっぱよく疑われてんじゃん、疑われ慣れてるもん…
 
 「失礼いたしました」

 気を取り直して…初めてだと言うので料金システムの説明をした
 そして最初のオーダーを聞く
 
 「ジンリッキーをいただけますか」

 「かしこまりました」

 
 そんな女子にキャーキャー騒がれそうな可愛い顔をして辛口がお好みなのかぁ?
 え、まさかカロリーとかを気にしてる系?…ダルいわぁ~

 …脳内ではそんなことを考えながら、俺はカットしたライムを添えてフレッシュな香りに包まれたグラスを出した

 「ジンリッキーでございます」

 
 小僧は爽やかな香りを吸い込むとグラスに口を付けた

 「…おいしい、です」

 ほかのお客様に呼ばれて小僧の席を離れる

 「…失礼いたします」



 その後も小僧はダイキリやソルティードッグなどいくつか飲むと

 「アシスタントの方はいらっしゃらないんですか?」

 などと世間話をして帰っていった
 酒が好きそうな小僧だったな、また店に顔出すかな…

 

 そうしてこの日も無事に営業を終えた

 早起きで肉体労働があったから眠い
 店の戸締りをして階段をあがる、看板を消灯して部屋に帰った
 
 冷蔵庫から小瓶の酒を出して飲む
 そのままベランダへ出て煙草に火をつけた

 
 この深夜の静かな空気が好きだ
 街が眠っている時間が俺の時間…

 ぼーっとしたらここで寝てしまいそうだった
 もう今日は寝ることにしようと風呂に入った




 ーーー翌日


 アラーム前に目が覚めた
 そりゃそうか、疲れてすぐ寝ちゃったもんな

 時計を確認すると8時間は寝たことになる…
 
 キッチンで珈琲を入れた
 甘いものが欲しくてシュガーとミルクも入れた
 
 
 寝室に置きっ放しだったスマホを持ってきてベランダに出る
 煙草を吸いながら今日のスケジュールをチェックした

 …新着メッセージがある

 瀧からだった

 店が終わったら飯でもどうか、ってお誘いだった
 今日は睡眠もバッチリだから付き合ってやるかぁ

 
 そうして支度をして外に出た

 まずは車で買い出しに行く
 フルーツやチャームで出すもの、珈琲を調達した

 店を出たところで見た顔と入れ違いになる


 「あ、一条さんも買い出しです?」

 それ以外にここに用はねぇだろうよ…
 
 こいつは近所の同業の藤原だ
 うちの倍ほども広い店を構えてオープンから半年、まだもっている

 「…若いのにやらせろよ、お使いくらい」

 若い従業員が何人もいるはずだ

 「あいつらが掃除してるんで、俺はここのお姉さんとお喋りしに参りました!」

 「あ~そ、じゃあな」


 俺は車に乗り込んで店に向かった


 
 
  



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