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第六話 穏やかな朝
しおりを挟むそして、日付は変わった次の日の早朝。今度は寝坊することなく目覚めることができたステラは、昨日ルシウスに買ってもらった仕事服に身を包み、屋敷の厨房にて早速主人達の朝食を作っていた。
元々母セイラが料理好きということもあり、ステラもまた、伯爵家の令嬢ながらも料理やお菓子作りは日常茶飯事だったため、その手付きは慣れたものである。
あっという間に三人分の朝食を作り終え、ホッと息をついたところでステラは三人の主人達を呼んでくるべく屋敷の二階へと向かった。
昨日、町から帰ってきた後に屋敷の構造と大体の部屋の位置は確認しておいた。脳内で屋敷の見取り図を思い浮かべながら、ステラは二階東側の突き当たりの扉をノックする。
するとガチャリとドアが開いて、まだ少し眠たそうな目をしたルシウスが顔を出した。
「ステラ……?どうかしたのか?」
「おはようございます。朝食の準備が整いましたのでお知らせにきました」
「ああ……そうか。そうだったな。ありがとう、直ぐに行く」
続いてルシウスの部屋から二つ隣の部屋の扉を叩く。ステラの記憶が正しければ、ここはカイルの部屋だったはずだ。しかし、いくら待ってみても扉が開くことはなかった。
(……もしかしてこの部屋じゃなかったかしら?)
おかしいな、と首を傾げたとき、部屋の中からドタン!という何か重いものが落ちる音がして、ステラは驚いて部屋に飛び込んだ。
「痛ててて……」
そこで目にしたのは、床に大量に転がっている色とりどりの絵の具と沢山のキャンバス、そして部屋の中央に置かれた真っ白なベットの直ぐ隣で、何やら頭を押さえて呻き声を上げているカイルの姿だった。
「カイル様、大丈夫ですか?」
「だいじょうぶ……」
どうやら、寝ぼけてベットから頭から落っこちたらしい。
「カイル様?」
「んー……?」
カイルはかなり寝起きが悪いようで、未だに半分眠っているような顔でぼんやりとステラを見つめている。
「あれ、ステラ……?」
「はい。ステラです」
「ステラ……」
「はい」
ジッと目があったまま三十秒ほど経っただろうか。夢見心地だったカイルの表情が突然ギョッとしたものに変わった。
「え!?ステラ!?なんでここに!?」
「勝手に入ってしまってすみません。朝食の支度が出来たのでお声がけしに来たら、中から大きな音が聞こえたので……」
そう答えると、カイルが顔を赤くして立ち上がり、慌てた様子でステラを廊下へと押しやった。
「ご、ごめん!朝ごはんね!わかった!着替えたら直ぐに行くから!ありがとう!」
そして勢いよく扉を閉められてしまった。
最後にやってきたのは西側の突き当たりの部屋だ。コンコンコンと扉をノックして最後の主人の名を呼ぶ。
「レオン様」
……返事がない。
(いないのかしら……?)
それから五回ほどステラは扉をノックし続けたが、やはり返事はなかった。
諦めて戻ろうとしたその時、わずかに扉が開いて、その隙間から彫像のように美しい美青年が顔を覗かせた。
レオンは、ステラを見て一瞬驚いたように目を見張ったが、直ぐに不機嫌さ全開の表情でステラを睨み付けた。
「……何のようだ」
「レオン様、おはようございます。朝食の準備が整いましたのでお声がけに……」
「必要ない」
「え?」
「自分の分は自分で用意する。だから俺の分の食事は用意しなくていい」
そう言われても、主人に食事を用意することはステラの仕事だ。
「ですが……」
「不要だと言ったら不要だ。何度も同じことを言わせるな」
鋭い言葉と元に、目の前でパタンと扉が閉ざされてしまった。
(……随分と嫌われたものね)
奴隷が作った食事なぞ食べたくもないということなのだろうか。
(そういえば、ルシウス様はレオン様を大の女性嫌いだと言っていたわ)
だからステラの料理を不要だと言ったのだろうか。
「……仕方ないわね」
どう頑張っても性別を変えることは出来ない。
(男性っぽい格好をしたら、この嫌われっぷりも少しはましになるかしら?)
そんなことを考えながら、ステラはくるりと踵を返した。
ステラがダイニングルームに向かうと、すでにルシウスとカイルが席に座って、テーブルの上に並べられた数々の料理を目を丸くして眺めていた。
「すごいな……どれもとても美味しそうだ」
ルシウスの言葉に一礼しつつ、ステラはレオンの分の食事を下げようと皿を持ち上げる。
「あれ、それ片付けちゃうの?」
「はい。レオン様にお声がけしに行ったところ、必要ないとのことでした」
「あー……そっか」
カイルがそっと苦笑を浮かべる。
慌てて着替えてきたのだろう。白いシャツのボタンが一つ掛け違えられていることに気が付いたが、何となくそれには触れない方がいいような気がした。
「というか、それがレオンのならステラの分は?」
「私はパンひとつあれば充分ですので」
「えっ」
「それはだめだ」
突然ルシウスが席を立って、ステラが腕に抱えていた料理の皿をテーブルに戻した。
「私たちの屋敷で働くにあたって、君には健康体でいて貰わなければならない。今の君はあまりにも痩せすぎているからな」
「はぁ……」
「というわけで、これは君が食べなさい」
「え?」
ステラはチラリとテーブルの上に視線を向ける。とてもではないが食べきれる量ではない。
(そもそも、奴隷が主人と一緒に食事を取るなんて……)
すると、カイルも立ち上がってステラの腕を引いて椅子に座らせた。
「そうだよ。せっかく作ったやつを捨てちゃうのも勿体無いし、一緒に食べよう」
「……わかりました」
ステラの返事に、二人が満足そうな顔をして席に戻っていく。
「それでは、頂くとしよう」
ステラは料理を口に運ぶ二人の様子を少し不安げな表情でジッと見つめた。
「わ、これ凄く美味しい!」
「ああ……美味いな」
「……ありがとうございます」
お世辞ではなく、本当に美味しそうな顔をしている二人をみて、ステラはホッと息をついて自分もフォークを手に取った。
若干一名揃っていない主人がいるものの、それなりにゆったりとした空気感が漂う穏やかな朝となった。
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